056 七歳 その21


「……やると決めたらやるが……」

 下準備が必要だった。まずは二階層を攻めるときに、背後を取られないようにしなければならなかった。

 私は数日をかけて、各地のボス部屋にある二階層への階段を崩落させ、その上から錬金した鉄とコンクリートで蓋をする。

 ボス部屋自体は残しておく。先日は恐怖のあまりに封じてしまったが、ボス部屋の稼ぎはおいしい。二階層の迎撃ついでにドロップアイテムなどの回収をしたかった。

「軍は錬金術師をもう少し増やした方がいいな」

 自分でも思うがこのスキルの使い勝手は良い。

 もちろん万能というわけではない。一つのことを任せるならもちろん専門の職に任せた方がいい。

 だが、戦場やダンジョンにぞろぞろと鍛冶師や薬剤師を連れてくるよりもこうして錬金術師一人に任せた方がに思えるのだ。

 ただ、人材の供給は難しいだろう。

「縄張り争いが問題だな」

 処女宮ヴァルゴ様と宝瓶宮アクエリウス様、二人の枢機卿とSNSで通じてわかったが、宝瓶宮アクエリウス様はあれで強い・・

 宝瓶宮様は私に情けない相談ばかりしてくるが、処女宮様からの評を聞くと、けして彼女は無能なわけではないことがわかる。

 神国の流通は白羊宮アリエス様が支配しているが、その大本、アイテムの管理の多くを担当しているのは宝瓶宮様だ。

 彼女が流さなければ、そもそも国内にアイテムは流通しない。

 その強みをもって、宝瓶宮様は、国内の錬金術スキル持ちをはじめとした、鍛冶、調剤、縫製関係者を独占している。

 軍に流れるのは宝瓶宮様も拾わない落ちこぼれぐらいのものだった。

(だから彼女は私に宝瓶宮を継がせたあとは、部屋の隅にでも置いてくれればいいと言ったわけだ)

 仮に私が宝瓶宮になったとしても、宝瓶宮の業務を引き継ぐにあたって、人材の全てを管理していた彼女を手放すことは政治的な意味での死亡を意味する。

 彼女がいなければまず仕事を把握するところから始めなければならない。

 いずれできるようになるかもしれなくても、だ。

 最初の数年は彼女が掌握していた人材を私が掌握しなおすところから始めることになる。

 それは時間の損失ロスだ。

 私がそういう未来に進んだとして、宝瓶宮様を手放すかと言えば絶対にしないだろう。

「なかなかしたたかだな……」

 権力の座から降りたとしても、影響力は残しておく。宝瓶宮様はそういうことができる人間というわけだ。


 ――私も取り込まれないように気をつけなければな。


「さて、こんなものか」

 私は、私が把握している限りの階段を一つ残して封じおわったことを確認すると、よし、と呟き、スライムたちと共に移動する。

 目指すは残しておいた階段だ。

 今日から二階層をアタックする。神国の敵を殲滅する。

 もはや自分が何をしたいのかもわからないが、この国で頑張ると決めたのだ。

 ギリギリまで、せめて自分が折れる直前まではやると決めたのだ。


                ◇◆◇◆◇


 名前:十六号スライム

 種族:硫酸スライム

 レベル:40

 スキル:酸の身体 酸強化 火炎耐性 物理無効


 名前:ゴーグル素材

 種族:ハイレアメタル

 レベル:20

 スキル:機械寄生 寄生強化 魔法強化


 ビクビクと震えた直後に液状部分が膨らみ、変色する。強酸スライムから硫酸スライムへと進化した十六号スライムは通路奥から出てきた精鋭自衛隊員ゾンビの銃撃を受けながらもそれらを飲み込み――「馬鹿! 下がれ下がれ下がれ!!」――マジックターミナルを装備した精鋭自衛隊員ゾンビたちからの氷の矢の一斉射撃を受けて崩壊して死んだ。

 私のスライムを殺した精鋭自衛隊員ゾンビのレベルが上昇した。40レベルを殺せば相応の経験値を奪われる。

「くそッ、また・・やられた!!」

 私は防壁の後ろに隠れながらマジックターミナルから魔法を連射して他のスライムが逃げる時間を稼ぐ。

 私のスライムを殺した精鋭ゾンビたちは他のゾンビたちにまぎれて、ダンジョンの奥に戻っていく・・・・・

「畜生! 数が多いッ!!」

 思わず罵ってしまう。うまくいかない。うまくいってない。

 私が二階層のアタックを始めてから五日が経っていた。

 レアメタルのレベリングは捗るものの、育てたスライムがどんどん殺されていく。

 階段の封鎖と同時に新たにスライムを五十匹ほど隷属させて育成を始めているが、このペースでは全然追いつかない。

 もっと隷属させてスライムの供給体制を作らなければ。

「あいつら、なんでこんなに対応が早い」

 モンスターがマジックターミナルを使うなよ。自前の銃に火炎放射器があるじゃないか。なんでこんな、こんな計画的に襲撃に対応してくる。

 大規模襲撃よりよっぽど相手は強敵だった。

 最初は割と舐めてかかっていた私も、何匹も進化したスライムを殺され、本腰を入れてこの状況に対処し始めていた。

「だが、相手の強さ。まさか、司令塔・・・がいるのか?」

 そうとしか考えられない。

 自衛隊員ゾンビたちを操作している奴がいる。私のスライムを殺して経験値を手に入れ、進化した個体は狙った自衛隊員ゾンビに殺させて、そいつらは極力被害が大きい戦闘には出さない。そういうことをしている奴らがいる。

 初期には火炎放射器しか使ってこないのも、火炎耐性だけ取らせて、他の属性魔法で殺すためなのか?

「これは、スライムだけじゃだめだな」

 対策を取られるのは私が単純すぎるせいだ。一階層を蹂躙したスライム戦術、それだけしかできていないからだ。

 スライムは物理的には強い。銃を防げるのは強みだし、一度取りつけば継続ダメージで相手を死に至らしめることができる。

 私もやられっぱなしじゃない。こちらのスライムが減らされる以上に自衛隊員ゾンビを倒せている。


 ――だが、弱い・・


 物理には強いが、魔法に弱すぎる。足も遅い。レベルが上がった結果、移動速度は上がっているが、生来の感知器官の弱さも相まって反応の鈍さは補えていない。

 ダンジョン一階層のモンスターを暗殺者のように殺しつくすことはできても、二階層のモンスターを正面から倒すことはできないのだ。

「そうだ。ワニも育ててみるか?」

 ボス部屋のワニの卵、あれから孵った個体を育ててみるのはどうだ?

 ワニの足は意外にも速い。レベリングすれば自衛隊員ゾンビを一撃で噛み殺す凶暴な奴だって作れるかもしれない。

 銃は……銃か。スライム以外だと銃がネックになる。

 ワニ、スライム、ワニ、スライム、ワニ、スライム……そうだ。

「あれをやってみるか?」

 レアメタルを寄生させた鑑定ゴーグルと、回復魔法をセットしたレアメタル付きのマジックターミナルをワニの体内に埋め込む。で、スライムを纏わせてみるってのはどうだ?

 スライムの酸で体力を削られてもHPの減少を鑑定ゴーグルで感知したマジックターミナルが回復魔法で癒やす。

 複数埋め込めばチャージの時間も稼げる。

 二階層へのアタックを始めて理解したが、進化で獲得できるスキルには環境依存のものが多い。酸でダメージを受け続けたワニが進化して獲得できるのはきっと酸耐性だ。

 そうすれば物理耐性を持ったスライムを纏った巨大ワニが完成する。そいつを自衛隊員ゾンビどもの中に突っ込ませれば勝利間違いなし!

「いいぞ。いける。いけ――」

 私は立ち止まった。

 ボスのワニ革で作ったブーツが、革越しに鉄橋の硬い感触を私に伝えてくる。

「なんだ?」

 下水が流れる轟々とした音に混ざって金属と金属が当たる硬い音が聞こえる。ダンジョンでは初めて聞く音だった。

 ワニでもスライムでもない。もちろん自衛隊員ゾンビでもない。

 それはあんまりな現実で、浮かれた妄想に逃避していた私に現実感を取り戻させた。

(金属と金属がぶつかる音、殺人機械か?)

 だが金属音とは別に聞こえる音には聞き覚えがあった。低く唸るように下水道を反響している音。エンジン音・・・・・だ。

「スライムども、私の前に――いや、待て。下がれ。お前達が前にいると相手を警戒させる」

 薄暗い下水を照らすためか、照明魔法をスマホで放っている彼らに私は見覚えがあった。


 ――機動鎧を着た神国の兵。


 私が気づいたように、彼らも私に気づき、立ち止まる。

 私は両手を上げ、無抵抗であることを示した。

 スライムたちにも動かないように再度、指示を出す。

 三人の神国兵が、スライムを従える私に対してスマホを向けるも、一人が何かに気づいたのか、手を上げて他の二人の行動を止めた。

「攻撃はやめてください。彼には見覚えがあります」

「ですが、このスライムの量は……!!」

「私は攻撃をやめろと言いました」

「は、はい」

 鑑定ゴーグルが彼らが着ているものが、私の作った機動鎧であることを教えてくれる。

 機動鎧のヘルメット部分が持ち上がり、中から成人男性の顔が現れた。

「君には見覚えがあるね」

 私の背後のスライムを警戒しながらも、彼は私を見て、にっこりと笑ってみせた。

「はい。私も」

 私は両手を上げたまま、ゆっくりと地面に跪いてみせる。

「ローレル村のユーリです」

 お久しぶりです。巨蟹宮キャンサー様、と私は土下座してみせた。

 土下座という文化があるのかは知らないけれど。

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