055 七歳 その20


「なかなかうまくいったんじゃないかこれは?」

 手のひらでふるふると胎動するレアメタルを私は鑑定ゴーグルで調べた。


 名前:ゴーグル素材

 種族:レアメタル

 レベル:1

 スキル:『機械寄生』


 酸で溶けかけた『レアメタル』に私は隷属の巻物を使ったのだ。

 レベル差もあってそれほど数は使わなかったが、失敗したときはやはりダメかと少し不安にさせられたがこうして成功すると小さな満足感が胸にあふれてくる。

 ポーションをぶっかけて、素材くんのHPを回復しながら私は考える。

「『機械寄生』ってことは、寄生させる必要があるのか。ふむ、偵察鼠でいいのか?」

 少し不安だな。攻撃的な能力を持たない偵察鼠では敵を倒せないし、たぶんそこまで強くなれない。

 偵察鼠にこだわらなくてもいいか。

 スライムたちが進化したレベル20まで育てられればいいのだ。

「そうだ。あれならどうだ?」

 私はアイテム用に作ってある倉庫からマジックターミナルを持ってくるとレアメタルをちょん、と乗せてみる。

 ボス部屋で手に入れた『マジックターミナル弐』だ。セット可能な魔法の数が二つに増え、魔法も三発撃てるようになっている。

(うお……マジで動いてる)

 果たしてマジックターミナルに乗せたレアメタルはうぞうぞとアメーバのようにマジックターミナルに染み込んでいくと、端末に根を張るように身体を伸ばしていく。

(寄生してるのか? これは?)

 通常の機械モンスターはこんなふうになっている? いや、どうかな。亡霊戦車リビングタンクは悪霊だった。

(人を殺すためにいるモンスター、ってわけじゃなくて背景があるのか?)

 たとえばこのレアメタルのように?

 もともとはただの機械だったものに、何かが棲み着いているから凶暴になっている。

 そのことを考え、ふと何かを思いつきそうになったが私は端末に目を落とした。

 マジックターミナルを鑑定ゴーグルで調べるとマジックターミナルの名前が『ゴーグル素材』に変わっている。

 マジックターミナルは完全に寄生されていた。

「面白いな、これ」

 何体か作ってみるか。

 寄生させたレアメタルによって、マジックターミナルの強化ができるなら、私自身の対応力もあがる。

 それに少し興味もあった。

「進化の仕方によってはこれの分類も変化するかもしれない」

 面白いな、これ。

 この状態、私の隷属モンスターであるこいつは勝手に魔法を撃つことがない。やってみなければわからないが、私の指示に従って魔法を撃つんだろう。

 それは一体、マジックターミナルとどう違う?

 だがこいつは、マジックターミナルじゃない。レアメタルになっている。

 寄生の有無で主体が変わるなら、主体を変える方法もあるんじゃないか?

「それはまさしく私が求めている方法に近づくものかもしれないな」

 これがユニットの認識方法の鍵を握っているのだろうか。

 私はうきうきとした気分で魔法チップを還元してレアメタルを手に入れていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


「へぇぇぇ、すごいな。これ」

 下水道ダンジョンに降りて、数戦したあとに私は使用したSPを自動でチャージしていく『ゴーグル素材』を眺めた。

 複数持っていけば歩いているうちに魔法をチャージしてくれるから私がチャージすることなく魔法を撃てるようになっている。

「だがレベルアップ速度が遅いな」

 便利だが、レベルアップにはスライムと違って私が手に持って倒す必要がある。

 放置しておいても敵を勝手に探して倒して、レベルが勝手に上がるわけではないのだ。

 ドロップアイテムを私が手に入れられるようになったという利点もあるが……。目的としてはこれのレベルアップと進化が最優先だ。

 私は鉄橋に落ちているドロップしたワニ肉を護衛代わりに連れ歩いている四十号スライムの身体に投げ込む。

 連れ歩いていると食べられないからな。こうして与えないと飢えて機嫌が悪くなる。

 次の敵を探すために探索を続ける。

「効率が悪いな。二階に降りてみるか?」

 まだ二階は見ていない。

 神国の軍が二階層で敗退したから、というのもあるが、脱獄用の地図がまだできていないのだ。

 考える。レアメタルのレベルアップを優先するか、地図の作成を優先するか。

(一日に移動できる距離が限られてるからな……どうしても地図は難しい)

 正確な地図を作るには、私が歩数を数え地図に記入する必要があった。

 最近はアイテム回収やボス部屋巡り、スライム育成ばっかりにかまけていて、地図作りは進んでいない。

(最悪、地上に向かって掘り進めばいいだけだが)

 闇雲に地上に出てどうするのか、という難点はあるが地上に出るだけならそれでいい。

 もちろん政庁を探す必要がある。だから、インターフェースで見た神国地図から政庁地下を私は目指しているわけだが……。

(めんどくさいな……)

 なんだか思考がぐるぐるしてるが、現状、スライムを隷属させた時点で脱獄だけならどうとでもなってしまっているのが悪いのかもしれない。

(それに、脱獄の必要がなくなっているのもな。ユニットに認識されることを調べるためには、こうして自由に動ける環境の方が望ましい)

 精神的な苦痛は多いが、脱獄は最優先ではないし、そもそも牢に入ったままの方が楽なのだ。

 では、もう牢から出て、ダンジョン内でずっと活動した方がいいのかと言えばそうでもない。

(神国での生活に戻るためには牢に入れられていたという事実が必要だ)

 触ると溶けるスライムと一生を過ごすとか本当に嫌だからな。

「んん? ああ、そうか」

 難しく考えすぎていた。ユニット認識さえできればそれでいいのか。

 私がインターフェースから干渉できない子供ではなく、ユニットの一つとしてインターフェースから認識されればその時点であの処女宮ヴァルゴ様が私を即座に使徒に任命するだろう。

 いくつか権限さえ委譲してもらえば、そのまま地上に出るだけでいい。

 私は晴れて自由の身だ。

(難点は、その場合は処女宮様の使徒というところだが……)

 選ぶ自由があればいいが、贅沢は言っていられないか。

「ふむ、今日はボス部屋の回収だけやって、明日から二階層に進んでみるか」

 やはり優先すべきはレアメタルの強化だ。まずはゴーグルを強化するべきだろう。

 不安な二階層も、スライムの護衛を増やせば生きて下を見るだけならできる、と思う。

 私はダンジョン内部に散らばっているスライムを四、五匹ほど集めると、新しく発生しているだろう巨大ワニを倒しに向かうのだった。


                ◇◆◇◆◇


「……これ、は……い、いや、そういうことか!!」

 二階層に降りて見た光景に私は口を開くしかできなかった。

 スライムは五十匹全て連れてきている。何があってもおかしくないから装備も万全だ。

 だが、これを突破できるか? この光景。これは、これは……。

「大規模襲撃の残党か……!!」

 通路に溢れるように存在する自衛隊員ゾンビたち。なんだ、見たことがない奴が混じっている?

 鑑定ゴーグルは間に合わなかった。

 奴らはうつろな目を私に向け、銃や火炎放射器を階段から降りてきた私に向けた。

「スライム!!」

 指示に従い、強酸スライムと汚染スライムたちが私の前に出る。

 物理攻撃に強いスライムたちは、銃弾を受け、手榴弾に耐えるも火炎放射器によって体力の多くを失っていく。

「くそッ、火炎放射器持ちを倒せ!!」

 不安だが、スライムは五十匹もいるのだ。二十を超える自衛隊員ゾンビたちに立ち向かうスライムは片っ端から敵を溶かし尽くしていく。

「体力の減った奴は下がってこい!!」

 私は指示を出すと、ボス部屋で拾った回復魔法のチップをセットしたマジックターミナルをベルトから複数引き抜き、下がってきたスライムたちの回復を行う。

 ついでに周囲を見回した。

 一階層から降りてきた下水道ダンジョンの二階層目は、土管のような円形の通路構造だった。

 かつて神国が探索したときの情報によると、出現モンスターはトンネル採掘に使われるシールドマシンのような蚯蚓型のモンスターや、巨大な人食い蛙やスライムたちらしい。


 ――自衛隊員ゾンビは出現しない。


「それがここにこれだけいるってことは……」

 一階層に出てくる奴らはここからはぐれた個体か。それとも偵察要員か。

 とにかくこいつらを倒して――くそッ!! なんだあれは!!

「下がれ! 下がれ下がれ下がれ!! 撤退しろ!!」

 少し毛色の違う自衛隊員ゾンビが奥から続々とやってくる。最初の群れに数体混ざっていた奴と同じもの。

 手に持っている装備は私が今まで相手にしてきた個体が持っているものとは違う。あからさまに艶が濃い。強い武器に見える。

 鑑定ゴーグルで調べれば個体名が変わっている。精鋭、という文字がついていた。全然違う個体になっていた。

 『進化』したんだ! あいつらも、ここのモンスターどもと戦って!!

「な、なんだ? どれだけいるんだ……こ、こいつらが地上に溢れたら」

 奥から奥から自衛隊員ゾンビが溢れてくる。その数は限りがないように見える。

 大規模襲撃のときは、事前に襲撃の日程がわかっていたから軍を残しておけたんだ。

 今の地上はどうなってる? こいつらが突発的に地上に溢れたらどうなる?


 ――都市には、誰も残らないかもしれない。


 学舎の仲間も、キリルも。

 じゃあ、どうするんだ?

「まさか、私か?」

 この異常事態を双児宮様に相談する、という選択肢はない。

 あれこれ言ったところで、あの子供が聞いてくれるとは思わない。

 牢から出るために嘘をついているのかも、と疑われ、さらなる拘束をされる恐れがある以上、むしろ言ってはならなかった。

 じゃあ、私がやるのか?

 また私か?

「だが……だが……そんな……」

 這々の体で一階へ戻る。スライムの数は減ったのかわからない。

 だが、自衛隊員ゾンビたちはそれ以上追っかけてはこなかった。

 ボス部屋から外へ出て、ボス部屋の扉を念入りに錬金術で封じながら私はどうすべきかを考え続けるのだった。


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