041 キリルの怒り


「……つまんない……」

 錬金術のスキルを持ち、ユーリの同級生である七歳児、アガット村のキリルはスマホ片手にため息をついた。

 中庭のベンチに座り、空を睨むように見る。

 少し肌寒いものの、雲ひとつない真っ青な空が広がっている。


 ――ユーリが消えて二週間ほどが経過していた。


 捜索は行われていない。

 神官様たちから行方不明になったという連絡が一度あっただけで、あとは忘れられたようにユーリの存在は学舎では語られなくなった。

 優秀な生徒の価値は百の金塊にも勝る。

 仮にも知能学習やスキル学習で一位を取り続け、使徒にまでなった天才少年に対してとっていい行動ではなかった。

 キリルは神官様たちのそういった部分に納得ができなかった。

 だが抗議をして減点をされると行動が取りにくくなる。

 大規模襲撃の際に優秀な働きを見せたことで、ようやくスキル学習初日に受けた減点を取り戻したのだ。

 だからキリルは外部にこの情報を漏らした。

 スマホに連絡先がある、この神国アマチカの最高権威たる十二天座の一人、処女宮ヴァルゴへだ。

「……でも、連絡、ないし……」

 何かわかったら連絡をしてくれ、という返信を貰って以降は処女宮からは何も連絡が来ていない。

 キリルは唇を噛み締めた。

 もしかしてユーリは幻だったのではないかというぐらいに周囲の反応は薄い。

「ユーリは、誰とも交流しなかったから……」

 孤高の一位、とまで言われていた少年だ。だから消えたところで騒ぐ人間は誰もいない。

 むしろこれで知能学習一位になれると喜ぶ生徒もいるぐらいだった。

 それが嫌でキリルが今は一位を取り続けている。錬金術の学習でもだ。

 すべてはアマチカを必要としなくなったユーリが快く教えてくれた方法で、だったが。

 もっとも一位をとればとるほどに、スマホに入っている学習効率上昇のスキルによってキリルのステータスは高められていく。

 ゆえに下との差は開いていき、キリルもアマチカで自由に買い物ができるようになり……――。

「……ユーリ、どこにいるのよ……」

 だから、つまらない・・・・・

 ユーリが一位を譲った理由がわかった。頂点から全てを眺めると、とてもこの学舎は幼かった。

 他の生徒は弱い・・。彼らの目的は一位を目指すだけだ。将来農場に戻りたくないぐらいのもので、その先の展望が何もない。

 どうしたって彼らは子供で、どこまでも思想は幼いままなのだ。

 だが、キリルの目から見るユーリという不思議な少年は違った。

 未来でも見ているかのように先のことをずっと見ていた。

 同じ神殿の手伝いをしているはずのキリルが絶対に入れてもらえない神殿の中に招かれ、神官様に頼られるぐらいに大きな存在だった。

 枢機卿である処女宮様ととても親しく、ただユーリと仲が良いというだけでキリルにも枢機卿から声がかかるぐらいだった。

 まるで光輝く存在だった彼が消えた。その事実にキリルは感情が冷えてくる。


 ――誰かがユーリをさらったんだ……。


 キリルわたしのユーリがとても素敵だから盗まれたんだ・・・・・・

 キリルの拳がギリギリと憎しみで強く握られる。レベルの上がっているキリルの握力はこの世界が崩壊する前の成人男性並の力だ。それで殴ってやろうと決めていた。必ずひどい目に遭わせてやると誓っていた。

「……許せない……」

 見つけ出してやる、とキリルは呟く。

 処女宮様は頼れない。頼らない。あれ・・もキリルからユーリを奪っていく存在だからだ。

「まずは素材……人を探すアイテムを作ろう……」

 大規模襲撃のときにユーリを手伝い、キリルもアイテムの法則は学んでいる。

 ぺろり、とキリルは唇をなめた。

 ユーリとキリルが違う点。

 それはキリルは多くの生徒とつながりがあるということ。

 それはつまり、この学舎で多くの生徒が教師である神官から怒られないように培ってきた様々な裏道を知っているということでもある。

 アイテムを持っていても不自然でない方法や、様々な学習用の素材に怒られずにアクセスする手段。教師型ドローンたちを撹乱する手段。

 ユーリの傍にいるときは別に必要がなかったからやらなかったが、こうして一人になってしまったなら別に遠慮する必要はない。

(私が探し出して、助ければいい……!!)

 小さな少女はこうして決意と共に動き出す。


                ◇◆◇◆◇


 監禁しているユーリの状態を聞いた双児宮ジェミニは、学舎に併設された図書館の中で機嫌良さそうに口角を緩めた。

「そうですか。ユーリは反省していますか」

「はい。今日も可哀想なことに、読めない本に目を通していました……それとこちらが反省文です」

 反省文を一瞥した双児宮は戻ってきた本を丁寧に机の上に置くと、明日はこれを、と使徒に自分も読めない日本語の本を手渡した。

「可哀想? おかしいですね。誤解があるようですがあれはただの罰です。罰ですよ我が使徒フィール」

 自分よりも年上である女性の元神官にして、ユーリの世話を行っている使徒フィールに双児宮は幼くも冷たい相貌を笑みに変えてみせた。

 だが使徒フィールは我慢できずに問いかけてしまう。

「よろしいんですか? 彼を閉じ込めていて」

「よろしい? どうして?」

「とても彼は優秀です。卒業すれば必ずこの国を支える人材の一人となったはずです。それに、彼の女神アマチカに対する信仰は――」

 言葉を続けたかったフィールの口が閉じる。言い過ぎたと思ったのだ。

「す、すみません。双児宮様」

「いいですよ。続けてください。信仰も? 信仰がなんですって?」

「……なんでもないです。すみません。監禁も、監視も続けます」

「だから続けなさい! 何を言いたいんですか!!」

 双児宮が拳をテーブルに叩きつけた。

 分厚い木製テーブルが大きく歪む。

 ひぃ、とこの場に居合わせていながらも耳を塞いでいた司書の老神官が悲鳴を上げ、頭を抱えた。

「き、危険です、双児宮様。彼は、ローレル村のユーリは優秀です。処女宮様や宝瓶宮アクエリウス様も目をかけています。ユーリについては何も報告を上げていませんがスキル学習の生産物が出てこなければ必ず不在に気づかれます」

「そんなものはどうとでもなります。生徒一人と枢機卿一人では価値が違う」

「先日、政庁の前で巨蟹宮キャンサー様にユーリについて聞かれました」

 ぴくり、と双児宮は自らの使徒の言葉に眉をひそめる。

「ユーリのことを? なぜ巨蟹宮が?」

「注目しているそうです。大切に育てるように念を押されました」

「気をつけなさい。あれは獅子宮とは違います。政敵の失点を陰湿につけ狙う怪物ですよ」

「は、はい」

 使徒フィールは政庁前で見かけた巨蟹宮の姿を思い出す。青年の姿をした枢機卿だった。

 神国アマチカの軍事の中でもダンジョン探索を主に担当する枢機卿。獅子宮が交渉において恫喝する役を担うなら、彼は仏の顔で宥めながらも情報だけはしっかりと奪う役割を担っていた。

 自らの主である、目の前の双児宮と同じ不老不死の怪物だ。

「はぁ、仕方ないですね。わかりました。少し妥協しましょう」

 渋々と言った顔で使徒フィールに向き合う双児宮。

「で、ではユーリを解放する期限を――」

「いえ、そうではありませんよ。スキル学習の素材を牢に入れなさい。ユーリに牢内で作らせるのです。宝瓶宮には成果物を渡します」

 ひとまずこれでいいでしょう、と澄ました顔で言う双児宮に使徒は、うなだれた顔で、はいと頷いた。

「しかしユーリは、さすが私の愛すべき生徒こどもというところでしょうか」

 うっとりした表情でユーリのことを話しだした双児宮に向け、使徒フィールは、は? という言葉を思わず出しかかる。

 自らが仕えるこの怪物の思考が破綻していることには気づいているが、だからといって閉じ込めている対象に向ける表情ではない。

「こうして注目されている。誇らしいことです。彼が折れて私の使徒となってくれる日がとても楽しみです」

 ……その日が来なければいい、と使徒フィールは思った。

 使徒フィールは双児宮を恐れていると同時に敬愛している。

 もう一人の使徒も同じだ。

 こうなってしまう前のことを思い出す。

 右も左もわからないままに枢機卿に・・・・されてしまった・・・・・・・少女が最初に頼ったのが自分たちだったことを。

 涙を浮かべた目で使徒になってくれと頼んできた日のことを。

 双児宮の性格は歪んでしまったものの、その性根はかわらない。

 愛を求めて彷徨い歩く子供なのだ。

 だから使徒フィールはこの、大人になれなくなった哀れな怪物が愛おしくて仕方がなかった。

(でもきっと、あの少年ユーリがこの娘の使徒になったなら……)

 その優秀さで自分たちは駆逐される。

 双児宮の目に他の存在はきっと映らなくなる。

 それが使徒フィールにはとてつもなく恐ろしかった。


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