019 大規模襲撃その6


 少し時間は戻る。

 廃ビルと廃ビルに囲まれた荒れ果てた道路を宝瓶宮アクエリウス率いる生産スキル部隊が駆けていた。

 ただし宝瓶宮自体は走っていない。彼女は筋骨隆々の信徒たちに担がせた輿こしに座っている。その背後には浮遊しながら、宝瓶宮の長い髪を両手で支える使い魔の美少年たちが続いていた。

「あそこです! 宝瓶宮様!!」

 信徒の一人が廃ビルと廃ビルに囲まれた細い道路を指差した。そこは防壁を設置するように指示されている地点だ。

 よし、と宝瓶宮が叫び、信徒たちを急がせる。

「『鉄』を持ってこい! 急げ、侵略者どもは待ってくれんぞ!!」

「もうありません! さっきの防壁を作るために使い切りました!!」

「もうないのか!? まだ予定の半分も終わっていないぞ!!」

 宝瓶宮の焦りに彼女の『使徒』が慌てて「この際もうその辺で資材を拾ってやりましょう!!」と叫ぶ。

 それは普段はできないことだった。

 通常は殺人機械がうろうろしているので護衛がついていても、生産部隊がこうした場で資源回収をを行うのは難しい。

 だが、今回のような大規模襲撃の際は別だ。

 殺人機械は集団化し、目立つように走っている人馬宮や、人が詰まった街や農場を狙って動いている。

 もっとも単独でうろついている殺人機械たちも皆無というわけではないが、物資回収を提案した宝瓶宮の使徒には護衛に付いてきている磨羯宮の部隊たちがうまく対処するだろうという目算があった。

 とにかく動き続けるべきなのだ。

 最近ずっと顔色の悪かった彼らの主が張り切っている。

 そこに水を差してはいけないのだ。

「わかった! 仕方ないッ。その辺のがらくただのなんだのを持ってこい!! 上手くやってみよう!!」

 ぐっと宝瓶宮は力強く腕をまくってみせた。

 陽にあたっていない白い肌と、筋肉のない細く柔らかな腕が見え、信徒たちがおお、と叫ぶ。

 ふふん、と大きな胸をそらした宝瓶宮は輿の上で、信徒たちが拾ってきたガラクタやコンクリート片に向かって錬金術を行使していく。


 ――宝瓶宮は機嫌がよかった。


 女神にこうして戦場に出てこいと勅命を与えられたときはすわ前回の再現か、自分を含めた部下たちは肉の壁として消費されるのかと思って憂鬱になったがそうではなかった。

 勅命は『錬金術』や『建築』のスキルを使って清掃機械ヒューマンクリーナー亡霊戦車リビングタンクの足止め用の施設を作れというものだったからだ。

 獅子宮たちに言われるならともかく、女神の指示なら喜んでやれる。

 そして施設といってもそう大仰なものではない。

 鉄板を地面に固定する、それだけだった。

 もっと時間があればきちんとした防壁も作れただろうが、そのような指示は与えられていなかったので作っていないし、そのような時間も素材もない。

 というか、鉄の板で十分なのだ。

 清掃機械は周囲で人間を・・・感知しない・・・・・場合、まるで決まった動きしかとれない。

 それはこの大規模襲撃でも同じことで、どういう理由か、集団で特定の方向に向かうことはできているが、やはり壁にぶつかったり道に迷ったりするといちいち行動が止まったりする。

 この鉄の板はそのためのもので、たとえばこの壁に清掃機械が通れるような狭い穴を開けてしまえば、清掃機械はそこを通るしかなくなるのだ。

 集団となっても変わらない習性だ。もっと楽な道があっても、奴らに迂回するなどの考えは浮かばない。

 そこを磨羯宮のスマホ魔法部隊なり、人馬宮の弓部隊で狙えば楽に狩ることができていた。

 ただ亡霊戦車は別だがな、と宝瓶宮は信徒たちが集めてきたコンクリートの破片を一枚板に錬金しながら考える。

 鉄だろうとコンクリートだろうと戦車の履帯は全てを轢き潰す。もちろん高さ5メートル、幅1メートルぐらいある超巨大な鉄の防壁なりをおけば別だろうが、神国アマチカが用意できる資源はそこまで多くはない。

 清掃機械の足止めには十分な鉄板も亡霊戦車相手には壁にもならない。

 その戦車が襲撃の最初に出現したとの報告を宝瓶宮は聞いていたが、権能としてマップ表示の能力を持たない彼女には、今この神国がどうなっているのかはわからなかった。

 ただ、彼女はにんまりと機嫌良さそうに表情を緩めていた。

 かつてない喜び、それこそ女神アマチカに十二天座である宝瓶宮に任じられたそのとき並の喜びだった。


 ――技術ツリーが進んでいる。


 宝瓶宮に与えられている権能の一つである『火と歯車』の効果は技術ツリーの閲覧だ。

 それを見ればわかる。がどういうわけが、今、ものすごい速度で神国の技術を進めている。

 宝瓶宮が10年かけて進めた農業ツリーに匹敵するだけの技術がたった一日、いや、半日も経たずに開発されていた。

 誰がやったかはわかっている。

 あの少年だ。機動鎧のレシピを提出した六歳の少年。+1アイテムを作り続けた少年。錬金術を失敗しない少年。だ。

 女神の指示で宝瓶宮は学舎の真横に倉庫を作ったからわかる。

 そこに宝瓶宮は溜め込んでいた資材を運び込んだのだ。だからわかる。

 それらを消費して今、この神国の技術は数段飛ばしで進められている。

 宝瓶宮はツリーを愛おしそうに撫でる。今、この向こうにがいる。

 飛び飛びで孤島のように出現しているレシピは+1アイテムの作成で得られたものだろうか。

 だがそれ以外は違う、空白だった枝を順々に埋めていく過程には目的があるように見える。

 何を作るのだろうか。何を作りたいのだろうか。

 宝瓶宮には、彼が何をどうやって進めているのかはわからなかった。

 宝瓶宮はレシピがないとアイテムを作れない。いや、この神国を含めたあらゆる国家の生産スキル持ちはそうだ。

 レシピ通りに素材を揃え、そのうえでスキルを使わなければ求めるアイテムは製作できない。

 一つでも素材アイテムが欠ければスキルは失敗し、全ての素材は虚空に・・・消える・・・

 だからだ。だからツリー通りに進めるのだ。そして、レシピを集めるのだ。

 各国ではそうしてきたし、今後もそうやって続けていくのだろう。


 ――もちろん例外もある。


 宝瓶宮だ。神国アマチカはレシピの入手率が低い。ゆえに宝瓶宮が苦心するしかなかった。

(私は、農業ツリーの一割を埋めるのに、10年掛けた……)

 自分は無能だったのだろうか、と防壁を作りながら宝瓶宮は考える。

 今、同じことをたった半日で一人の少年がやってのけている。

 宝瓶宮は喜び半分、嫉妬半分で解放されていく技術ツリーを見ていた。

 自分だってそうだ。レシピを使わずにツリーを進めてきた。


 ――だがそれは、そうしなければならなかったからだ。


 殺人機械を倒せない神国ではレシピのほとんどを手に入れられなかったからだ。

 だから手探りで、誰にも頼らないで農業ツリーを宝瓶宮は埋めてきた。

 会議の度に獅子宮や他の枢機卿に馬鹿にされながらも、自分にしかできないという責任感と、女神への忠誠心だけでそれを成し遂げてきた。

 あらゆる農業に関わる素材を、あらゆる数、あらゆる組み合わせで錬金してきた。

 自分ひとりで、手探りでレシピを探してきたのだ。

 素材を前にして、スキルが成功するなんて確信を得られたことは一度もなかった。

 毎日毎日気が遠くなるような組み合わせを試して、SPを枯渇させ、素材の無駄だと他の枢機卿に馬鹿にされ、それでも研究を続けてきたのだ。

(だが、そうか……やっと解放されるのか私は……)

 全国民の期待を背負う、十二天座の役職は重い。

 だがこれだけの成果を出しているのだ。彼が次の宝瓶宮となるのは必定だろう。

 宝瓶宮だって自分の次が無能だったなら席を絶対に譲らなかった。

 だが、こうして自分を遥かに上回る存在が現れたのだ。


 ――そうだ、もう彼は『機動鎧』を製作している。


 宝瓶宮の持つ権能『資材管理』は神国が所有する全ての鑑定済みのアイテムの名前、レア度、効果を把握する効果がある。

 それが教えてくれる。この一年ずっと宝瓶宮が作れ作れと他の枢機卿に言われ続けたアイテムを彼が半日も掛けずに作ったことを。

 宝瓶宮は女神からRスキル『錬金術』の上位スキルであるSRスキル『錬金術師』を与えられている。

 だが優秀なのは彼だ。この国に必要な人間は彼なのだ、と宝瓶宮は嫉妬を覚えながらも喜ぶ。

 愛する国民を彼が守ってくれる。自分は彼の研究室の隅にでも置いてくれればいい。それでいい。それが幸せだ。

「宝瓶宮様! 終わりました!!」

「わかった! では次だ! 次へ行くぞ!!」

「はい!!」

 そんな天才的な彼がいながらこうして走り回っていることが宝瓶宮には不思議でならなかったが、それでもこの国のために尽くせることを宝瓶宮は喜んでいた。


                ◇◆◇◆◇


 名前:簡易防壁【鉄】

 属性:設備 レア度:D

 説明:鉄で作られた簡易防壁。

 効果:それなりの耐久度を持つ鉄の防壁。硬い。


 名前:簡易防壁【ガラクタ】

 属性:設備 レア度:E

 説明:寄せ集めの資材で作られた簡易防壁。

 効果:耐久度の低い簡易防壁。脆い。



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