第37話覚悟を決めた者

 北條と加賀は覚悟を決めてジャックの部下との交渉に臨む。交渉、というよりも脅しといった方が適切なのだが、殺す気がないのがバレれば反抗される可能性もあり、その後が上手く行かなくなるからだ。

 体にドデカい穴を開けたジャックの死体を見せ戦意を削ぎ、殺気をぶつけ、狂気をチラつかせて反骨心を根こそぎ折る。

 その結果として北條達が思ったよりもジャックの部下——元部下達はそれほど反発することはなかった。

 全員が初戦で手足の1本を吹き飛ばされたこともあり、戦う気力も体力も残っていなかったからだ。

 そして、その後のレジスタンスへの報告なのだが、こちらも予想以上に簡単に進んだ。

 まず直属の上司である赤羽へと報告するのだが、決死の覚悟で通信を繋ぎ、口内で唾液が生産できなくなる程緊張して説明したにも関わらず、赤羽は明るく。


「——あぁ、なるほど。分かりました。では、彼らは我々で保護します」


 と口にするだけだった。

 てっきり消去を強制されるかと思っていた加賀も納得できる理由を述べようとしていた北條も、その発言を聞いて目を見開いて顔を見合わせたほどだ。

 その後に来た朝霧にはかなり鋭い眼光で睨まれたものの何も言われずにいた。

 これで本当に良いのか。何も叱責されずにいた2人は不安から議論しようとするが、朝霧からこのことは今後一切口に出さないこと、他言無用と言われてしまい口を塞ぐしかなかった。

 それから北條達は支部に戻り、傷の治療を終えてベッドの上で療養していた。依頼で特に活躍もせずに体力が有り余ってしまった加賀も北條の隣にいる。互いのベッドに寝ころびながら見慣れた天井を見ていた。


「——なぁ」


 唐突に北條が加賀に声を掛ける。

 名前は言葉にしなくとも部屋には2人しかいない。察せるだろうと思ってのことだ。


「何だよ?」


 北條の思った通り、返事はすぐに返ってくる。

 一呼吸おいて北條は口を開く。


「その、アイツ等のことだけど」

「それはもう気にするなって言われただろ。俺は気にしないことにした。お前もそうしろ」


 投げやりな言葉に少しだけ言葉に詰まる。

 加賀の言葉通り、赤羽にも朝霧にも今後一切彼らとの関係を口にすることを禁じられた。それは日常生活でもだ。2人がここにいれば何を言われるか分からない。だが、北條の性格上彼らのことを気にするなと言うのは無理だった。


「お前は気にならないのかよ。あの後、あの人達がどうなったか」

「ねぇよ。大体俺は処理する考えしかなかったからな」

「…………」


 レジスタンスとして当たり前のことを加賀は口にする。

 枕元にある山のように積まれた漫画を手に取り、意識をそちらに向け、もう話すことはないと意思表明。

 そんな加賀の姿に北條はムッとした表情を作った。


「それでも、言い出したのは俺なんだ。せめて責任ぐらいは取らないのは……」


 彼らを助け出したいと言い出したのは自分。なのにやったことと言えば脅して戦意を砕くだけで、後のことは赤羽と朝霧に任せている。

 そのことに納得ができない北條は言いようのない感情が胸の中で燻っていた。

 溜息をついて加賀が漫画から視線を外し、寝ながら顔だけ北條の方へと向ける。


「おい、いい加減にしとけよ。赤羽さんの命令に背くつもりか?」

「い、いや……そんなつもりは、ない」


 いつもの感情豊かな表情とは違い、責める様な顔つきに北條は気圧される。


「確かに今回のことはお前が言い出しから始まったことだ。だけど、赤羽さんが引き継ぐって言ったんだ。そして、俺達は承諾した。口出しするなってことにもな。つまり何をするにしてもこれ以上お前が動くのは命令違反だ。OK?」

「…………そう、だな」


 北條の表情が辛そうなものに変わる。命令だとしても言い出したことに最後まで関われないのは自分の力不足だと考えてしまったからだ。

 力が足りていないというのは分かっている。今後上との交渉、血縁者との取引があるのだろう。北條はそれに関して素人だ。駆け引きもルスヴンの助言を借りずにできるとは思えない

 納得はできるが、自分が力になれないのが辛い。北條の胸の内を見破った加賀が威圧では駄目だと考え、言い方を変える。


「まぁ、アレだ。お前も分かってるだろうけど取引上感情的になりやすいお前はいない方が良いって考えだろうな」

「——グハッ」

「体を撃ち抜いた奴が傍にいても親族は怒り狂うだけで話は聞かないからいても足を引っ張るだけ」

「——ゴホッ」

「そもそもお前に任せたら勝手に同情してこっちが不利な条件を普通に請け負ってきそうで更に面倒事を生産するだろうな」

「……………………分かったから。もうやめて」


 ざくざくと威圧を引っ込めて北條がいた場合のデメリットを挙げていく。

 北條自身が分かっていたこともあり、一つ一つが深く突き刺さり、傷を与えていった。

 先程の悔やむような表情はもうなく、完全に意気消沈してしまった北條を見て加賀はこれだけデメリットを言えば北條も動くことはしないだろうと判断する。

 北條は赤羽を信じている。だから彼らを救ってくれると信じており、自分が言い出したことに最後まで付き合えないことに無念を感じていた。

 もし、放っておけば自分も何かできるのではと動き出していただろう。だが、その可能性はもうない。信じている者に迷惑を掛けることは北條は望んでいないのだから。

 自分で思っていることを他人に突き付けられる。加賀がやったのはそれだけだ。たったそれだけでも北條が無意識に抱える甘い考えを消すには十分だ。

 加賀は北條のように赤羽をそこまで信じてはいない。かと言ってジャックの元部下達のことも案じてはいない。

 気にするなと命令されたのならば、今後は気にせず生きるだけである。

 加賀が北條の意識を逸らすために話題を変える。


「力を付けたいというのならば俺が協力してやろう。そう! タイトル:この漫画も読めない猿でも分かる漫画——取引で大事な10カ条。で!!」

「おぉ!! ん?——ねぇ待って? タイトルらへんで突っ込みたい所がもう2、3か所見つかったんだけど? それ本当に大丈夫?」

「安心しろ!! 内容は保証しねぇ!!」

「しねぇの!? 進めるのならせめて保証しろ!?」

「では、行くぞ。第1カ条——まずは後頭部を責めるべし!!」

「いや意味が分からん!! 何だ、誰が書いた!? よくそんなものが世に出たな!? おい、待て何をしてる。何故漫画を振りかぶろうとしてる!?」


 ヒャッハー!!と叫びを挙げて加賀が北條に襲い掛かる。北條も襲い掛かる加賀に抵抗するために怪我を無視して動き出す。

 騒ぎを聞き付けた結城が2人を叩きのめす時まで北條と加賀は医務室の格闘は続くのだった。





 薄暗い地下通路を赤羽が1人きりで進む。

 赤羽は北條と加賀が捉えたジャックの元部下達を自分達が隠し持つ基地の1つに向かっている最中だ。

 支部の長が護衛もつけずに動くのは褒められたものではない。しかし、常にレジスタンスは人員不足。文句など言っていられない。

 それに今回のことは北條、加賀、結城の3人には秘匿しているものだ。3人を護衛に連れて行くこともできない。

 赤羽の個人端末に連絡が入る。

 誰からの連絡なのかを確認するといつもの和やかな声で相手を迎えた。


「お疲れ様です朝霧さん」

「えぇ、お疲れ様。今何処にいるの?」

「今そちらに向かっている所です。後、10分ほどで着くかと」

「……分かったわ」


 軽く挨拶を交わす2人はいつもと何も変わらない。朝霧の後ろから聞こえる呻き声を除けば…………。


「やり過ぎは禁物ですよ?」

「甘い考えが抜けて、現実を直視できるまで叩きのめせと言ったのは貴方だけど?」

「——そうでしたね。加減が出来ているのならば私が言うことは何もありません」


 通信中に叩き付けられる音が響く。

 何が起こっているのかを理解している赤羽は音が鳴り終わるのを待つ。そして、再び朝霧の声が聞こえると口を開いた。


「他に用件はありますか? 躾けに時間が掛かるのならば、私も力を貸しますが?」

「大丈夫よ。これぐらい自分で出来るわ。電話をしたのは、最後まで反抗した奴はどうすれば良いのかの確認をしたかったからなの」

「なるほど、そうですね。その場合は処理して貰っても大丈夫です」


 いつもの変わらぬ口調で、いつもの変わらぬ表情で赤羽は命令を下した。

 処理と言うのがどういう意味なのか。しっかりと理解した朝霧は返事を返す。


「分かった。それじゃ、10分後に」

「えぇ、それでは」


 通信が切れると端末を懐に戻す。

 今回、赤羽がジャックの元部下達を保護したことは上には報告しないつもりだ。処理するつもりはない。有効に使うつもりだ。

 上に目を付けられているであろう自分が、上に何も言わずに隠れて行動する。その意味を正しく理解している赤羽は覚悟を決めた表情で地下通路を進んだ。

 赤羽の歩みに迷いはなかった。

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