第33話大人の姿をした子供

 スラム出身の男達を狙撃で仕留めた北條はすぐに周囲を見渡す。

 ジャックの部下を全員倒す間、ジャック本人が北條を倒そうとする様子がなかった。部下と共に北條を囲った方が効率的であるはずなのに。


「(ルスヴン。アイツは!?)」

『少し下がった位置におる。あの男、部下がやられているのに手を出さなかったな』


 物陰にも隠れず、堂々と姿を現しているジャックに警戒を高める。

 あれだけ探して殺せと大声で命令していたのも関わらず、人数の差という有利を捨てたのには何のメリットがあったのか。

 罠か——と北條は周囲に目をやる。


「(なぁ、アイツが俺達に気が付かずに罠を仕掛けた可能性はあるか?)」

『罠、というのは分からんが、何かを弄っていたのは確かだな』


 北條の質問にルスヴンが答える。

 ルスヴンがそういうのならば本当にジャックは何もしていないのだろうと北條も信じた。ルスヴンの感知能力は死角から来る者にも簡単に対応できるほどだ。それを身をもって知っているからこそ信頼できた。


「(それじゃあ、何のために?)」

『知らぬ。聞いてみたらどうだ? どうやらこちらを待っているようだぞ?』


 北條が情報識別機でジャックを拡大して見てみると言葉通り、北條が出てくるのを待っているように見えた。

 僅かに黙考し、物陰から出てジャックの前へと歩いていく。

 連絡は取れない。しかし、部下は全員動けなくした。

 相手が何を考えているか分からないのなら、距離を取らず、自分の間合いを保った方が良いと考えたのだ。


「(ルスヴン。怪しい動きをしていたら教えてくれ)」

『よかろう』


 自分では見逃している所があればルスヴンにサポートして貰うことを頼み、ジャックへと近づいていく。

 ある程度、近づいた所でジャックが嬉しそうな表情で語りかけてきた。


「お前、中々強いじゃないか。餓鬼だと思って油断したぜ。流石、異能持ちってか?」


 ダラリと腕を下げ、無防備な姿をしているジャックに銃口を突き付けながら近づいていく。

 実力を褒められたにも関わらず、北條の顔に変化はない。

 異能はルスヴンの力によるものであり、先程の戦闘もルスヴンがいなければ死角に入った男達に撃ち殺されていたからだ。自分1人ではどうにもならなかったことを褒められても北條にとっては気まずさしかない。

 何より、相手は警備会社から逃走し、辻斬りを実行している頭の可笑しい男だ。先程まで相手にしていた者達とは根本から違う。例え銃を持っていなくとも警戒しない訳がなかった。

 表情が変化せず、警戒を更に強くした北條を見て、異能を持っている強者が自分を警戒していると勘違いしたジャックは笑みを浮かべた後、視線を北條の後ろにいる男達に向けた。


「それに比べて、アイツ等はクソだ。根拠もない自信に満ち溢れてる馬鹿もスラムの口だけ野郎共もな。ったく。アイツ等いくら払ったと思ってるんだ? 後で全員ぶち殺してやる」


 殺気を放ち、不満をぶちまける。

 だが、北條へと視線を戻すと再び顔に笑みを張り付けた。


「まぁ、お前みたいな奴が相手なら無理もないかもしれないがな。来てくれて俺は嬉しいぜ。レジスタンスが動いたことは意外だったが……ここまで騒ぎを大きくしたかいがあったよ」

「——どういう意味だ?」

「お前には俺と戦う資格があるってことだ」


 ジャックの歪んだ笑みを見て北條は意味が分からないと睨み付ける。

 そこにいたのは大人の姿をした子供。楽しい玩具を前にして喜ぶ姿を幻視した。


「戦う資格だと? 一体何様のつもりだ?」

「何様ってほどじゃねぇだろ。当然のことだと思うぜ? お前も強者なら分かるんじゃないのか?」

「——ッ」『落ち着け、まだ有利な位置取りができておらん。このまま戦闘になれば7手先で詰むことになる』


 一緒にするな。思わず激昂しかけるが、ルスヴンに落ち着くように諭される。しかし、常に感じていたジャックへの不快感は更に増した。

 黙り込む北條を余所にジャックは機嫌よく口を滑らせる。


「俺はよぉ、あそこに勤務してたのには訳があったんだぜ。街を守る警備会社、犯罪者を取り締まる正義の執行者。良い響きだった」

「ふん、だとしたらお前は馬鹿だな。正義に憧れたのに自分が犯罪者に堕ちたんだからな。それともまだ自分が騙された何て話を続けるつもりか?」

「いやいや、そんなつもりはない。あんな嘘を信じるのは相当のおめでたい奴だけだ」


 ジャックの思い出を語る様子を目にし、顔を顰める。不快感に我慢できず、馬鹿にするかのように挑発するがジャックは表情を変えずに肩を竦めるだけだった。


「それに、俺は正義の味方とかどうでもいいんだよ。そもそも憧れた所が違う」

「じゃあ何だ? まさか、人を合法的に殺せるから入った何て言うのか?」

「そうだよ。まさしくその通りだ」

「————はぁ?」


 不快感が強くなる。胸の内が騒めきだす。

 自分で尋ねたにも拘らず、それを肯定されて意味が分からないと疑問を抱いた。

 今の自分は余程の間抜けずらをしているに違いない。なんせ、相対しているジャックがこちらを見て笑っているのだから。


「当たり前だ。どこに憧れない要素がある。正義の味方と称して人間をぶっ殺せるんだ。誰にも咎められない。誰にも止められない。それに加えて金も貰えるんだから役得だと思ったね」

「————」

「だから厳しい訓練にも耐えられた。上官からの扱きは厳しかったぜ? ほら見ろよ。こんな所にまだデケェ痣がありやがる」


 そういって、戦闘衣の下を見せるジャック。言葉通り、そこには大きな痣があった。

 だが、北條にとってはどうでも良いことだ。言葉がすり抜けていく。何を話しているか理解しているのか自分でも分からなかった。


「でも、俺は同期の中じゃ一番才能に溢れてたからな。訓練じゃ負けなしだったし、その上官にもどさくさに紛れて一発かますことが出来たんだぜ?」


 足が止まり、ルスヴンが何かを言っている。しかし、聞こえない。怒りが頭を支配していた。


「実践にも早く出れてな。これから人を合法的にぶった斬れる!!って思ってたんだ…………だけどよぉ。蓋を開けてみたら、そんなものは理想だったってことを知っちまったんだ。最悪だぜ。こっちは厳しい上官の訓練を耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて、ようやく実践になったってのに、しょぼい相手ばっかり」


 足に力を籠める。引き金に指を掛ける。


「殆どの奴らが殺し合う前に降参してくるんだ。俺が望んだのは強者と戦って、その上で殺すことだ。これじゃあ何のために俺はここにいる? しょぼい相手何て俺は望んでない。もっと大物出て来いと思ったよ。レジスタンスとかな。でもよ、よく調べたらそう言う奴等って街の中央の部隊や吸血鬼共が相手をするみたいじゃねぇか。はぁ~。分かるか? この気持ち?」


 ルスヴンが何かを叫んでいる。いつもならば耳を貸している。それなのに止められないのは何故か。


「お前達は良いよな。こういうこと街の治安維持もするんだろ? だったら、俺もそっちに入れば良かったぜ。なんせ————」


 答えが出る。何故、この男に出会ってから不快感しかなかったのか。

 そして同時に納得もした。

 ——この男は、


「——殺し放題なんだからな」


 ——俺達が人を殺して悦に浸ると思っている。


「——屑が」


 腹の底から怒りと共に小さく呟かれた言葉。

 それを皮切りに地面を蹴ってジャックに迫る。一刻も早く、自分達の理想を汚した男を消し去るために。

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