#君と明日を駆ける
一宮梨華/ビーズログ文庫
一.失速
一. 失速①
一気に満開を迎えたと思った桜が、今度は競い合うようにその枝を緑色に染めていく。一瞬で散ってしまうのなら、咲かなければいいのに。そんな荒んだ気持ちで、教室の窓から舞い散る花びらを眺めていると、突如不機嫌な声が鼓膜を揺らした。
「栗原、休部ってどういうことだよ」
顔を上げると、クラスメイトの有川光軌が私の目の前に休部届を突きつけ立っていた。
「どういうことって言われても、読んで字のごとくだけど」
抑揚のない口調で答えた私を見て、有川はムッとしたように眉根を寄せる。
私に言わせれば、どうしてその休部届をあんたが持っているのかを聞きたい。
それは一昨日、始業式が終わってすぐ、顧問の先生に手渡しで出したはずのもの。それなのにどうして有川が持っているのだろう。
まさか奪ってきたのだろうかと思う反面、こいつならやりかねないとうんざりしながら、しつこい視線を遮るように再び窓の外を眺めた。
「俺は理由を聞いてんの。春休みの間練習休んでたと思ったら、今度はいきなり休部って。大事な時期だってことくらいわかってるだろ?」
顧問に言われたのとまったく同じ台詞を有川がくどくど続ける。顧問の差し金? 顧問もしつこかったけど、有川も同じくらいしつこくて、完全にそっぽを向く私の傍から離れようとしない。
「有川には関係ない」
「ないわけないだろ! お前がいなかったら今年の県大会は誰が行くんだよ」
「もう走りたくないの。私、陸上部辞めるから」
「はっ!? なに言ってんのお前……!」
有川が大きく身を乗り出し声を荒らげる。その声にクラスメイトが何事だと騒ぎ始めた。
こんな風に注目されるのは苦手だ。
だけどそう思うのはどうやら私だけのようで、周囲の目に無頓着な有川はぶすっと頬杖をつく私に、なんとか言えよと耳元で繰り返した。
あぁ、嫌だ。有川もチラチラと視界に入る好奇の視線も。
「栗原、有川どうしたー? なんかあったか?」
そこにタイミングよく担任が入ってきた。視線を向けると、私たちを見て不思議そうに首を傾げている。
「……いえ、別に」
「授業始めるぞ。席に着け、有川」
何事もなかったかのように授業の準備を始める私を一瞥したのち、有川はしぶしぶ自分の席に戻っていく。
だけどすぐ、ピタリと足を止め、背を向けたまま小声で呟いた。
「あのこと、ショックなのはわかる。気の毒に思うよ。でもそれとこれとは別だろ」
――わかった風なこと言わないで。
気の毒だとかそんな言葉で片付けられたくない。私はあれ以来、時が止まったような虚無感の中にいる。慰められるたびに、後悔で頭がおかしくなりそうなのだ。
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