『私と私の相方』その2

 まだ五月始めだというのに、陽射しが強く眩しい。額から汗が滲み出る。


 その上に駅前は人が多い。人の汗の湿気により、湿度がグーンと上がり、実温度より高く感じる。

 人の中を歩くのはあまり好きではない。


「人多いね」

「ゴールデンウィークだから?」


 アーヤは少し自信なさそうに首をひねる。

 たぶんそうだと思う。

 周りには、中高生の集団や家族連れ、またカップルなど大型連休を満喫しようと様々な人たちがいる。

 みんな楽しそうな表情をしているので、私も自然と微笑んでしまう。


「カスミンここ」


 アーヤが立ち止まり、私も立ち止まって、大きく見上げた。


 目の前には雄に二十階を超える大きな建物がそびえ立っていた。最近できたショッピングモールだそうだが、大きすぎる。


「じゃあ行くよ」



 まず視界に入ってきたのは、建物の真ん中を大きく貫いた吹き抜けだった。


 二階、三階と上の階層を全て見渡すことができ、歩いている人まで確認できる。

 上まで見上げた終着点の天井には、大きなシャングリラみたいなものがつり下っていた。

 できたばかりであって、中は新しく柱や壁はコーティング仕立てでピカピカに光っている。


「大きいね」

「カスミンは、こんな建物見たことないの?」

「……ないかな」


 記憶を辿ってはみるものの、思いつかない。


「だったら連れてきて良かった。今日は時間がある限り、ここ全部回るから」

「ええ?全部?」

「そう! そして十種類ぐらいは買うから」

「そんなに?」

「当然! バリエーション増やすのに、一種類だけって少なすぎる。それにそう何回も来るのは面倒だから、今のうちにまとめて買えば秋までは来なくていいからね」


 アーヤの言葉に、妙に納得してしまった。

 勧誘は突拍子もないけど、その行為にはある程度計算された計画があったみたいだ。


「アーヤ。なんかすごいね」


 アーヤが目を丸くして私を見つめる。


「カスミン。急にどうしたの」

「なんとなく」


 別に何もないと斜め上に視線をむけてはぐらかす。

 アーヤはじっと見つめていたが、まあいいかと肩の力を抜いた。


「あと外ではアーヤと呼ばないでって」

「ごめん。ごめん。ついつい」


 右手を顔の前で立てて軽く謝る。何故か彼女はアーヤと呼ばれるのを嫌うらしい。


 アーヤもそこまで怒ることでもないけど、ちょっとムッとした表情をする。

 時間が経てば素の顔に戻る。


「いいわ。とりあえず上から回るから」

「はーい」


 子供っぽく手を上げる。

 


 私は、素直にポニーテールの後ろ姿を見ながら歩いて行った。



 片っ端からガールズとレディースの店を巡り、自分に合いそうな服を試着して、アーやと議論して決めて、また次を回ってを繰り返した。今まで服なんてほとんど知らなっかったけど、実際見ると本当に多くの種類があって驚いた。それにアクセサリーを含めるとまた数が増える。


「全然決められないよー」


 頭がパンクしそうになる。


「もうしょうがないな」


 混乱している私を他所に、アーヤは店の中に入っていき、適当に合いそうな服を持ってくる。


「こんなに?」


 買い物籠には十種類以上の服、ズボンとスカートだった。


「あとは片っ端から試着する!」


 アーヤに手を引っ張られ、試着室に連れ込まれた。



 テイクワン


「これは、うーん」


 テイクツー


「あー。微妙」


 テイクスリー


「うーん。ちょっと色が、何かもっといいのあったから持ってくる!」

「え。まだ増えるの?」

「はいカスミン。そこ動かない!」


 あっという間に売り場の中に消えていき、一分もかからずに戻ってくる。


「え? 多くない?」

「こんなもんでしょ!」


 アーヤは両手いっぱいに服を抱え込んでいた。


「はい。着替える」

「うう。わかりました」


 アーヤの勢いには敵わない。


 同じようなやり取りを他店でも数回繰り返した。


 一通り終わって、今は両手に紙袋を二つずつ、もう一つ右手に水色のバックを持っている。アーヤも両手に一つずつの紙袋を持っている。


 店の壁にかかっていたアナログ時計を確認すると、短針が六を指していた。

 一年生歓迎会の集合が七時だから、ここからの集合場所は五分もかからない。小一時間だけ余った。


 丁度目の前に公衆ラウンジがあったので、そこの椅子に座ることにした。

 持っていた荷物を下ろし、縛られていた腕が解放されて、少し楽になる。


「カスミン。飲み物買ってくるから、何にする?」

「それなら私も行くよ」

「いいよ大丈夫。服買おうと誘ったのは私だし、それに荷物の見張りがいるから、カスミンは休憩してて」

「そう? だったらお茶を頼もうかな」

「わかった。お茶ね」


 アーヤは近くにあった自動販売機に行った。


(しっかりしている)


 ここまでなると感服するしかない。


 さっと辺りを見渡すと、周りにはたくさんの子供達がいた。近くにキッズコーナがあるからか、遊具の滑り台を登って滑ったり、積み木を積み上げたりと楽しく遊んでいた。

 本当に子供は元気があるなと、少し年寄りじみたことを思ってしまう。


「カスミンもまだまだ若いから」


 心臓がドキンと震えた。振り返るともうアーヤが戻ってきていた。片手にはペットボトルのお茶、もう片方には缶コーヒーを持っていた。


「はい。お茶」

「ありがとう……。ちょっと待って、なんで分かったの」

「カスミン分かりやすいから」


 簡潔に答えられた。

 そうひとまとめされるのは、ちょっとすっきりしない。自分自身、表情を表に出さないはずなのに、これがちょっとした親友スキルというものなのか。

 

 逆に私はアーヤの性格などをあまり把握できていない。

 今の感情を読もうとじっとアーヤを眺め入る。ムムっと眉間に力を入れて真剣になる。


 アーヤはキョトンとする。



 結局何も分からなかった。


 アーヤが急にプッと軽く吹き出した。


「純粋すぎる。あと睨んできた顔も面白かった」


 アーヤが口を押さえて、クスクスと笑う。


 我に返って、ボッと私は顔を赤くし両手で頬を覆う。思い返してみれば行動が安直だったのは理解できた。


 気がつかなかった自分に羞恥する。


「そんなに恥ずかしがらなくっていいって、悪い意味じゃないから」


 フォローされても、私はそれなりに気にする。


 アーヤはまだ顔が綻んでいる。


 私はアーヤを直視できないから、一旦他の箇所に視界を移す。


 キッズコーナーから少し離れた通路を視野に入れる。


 そこに一人寂しく立ち尽くしている男の子がいた。


 背丈から推測するに大体五歳程度だと思われる。


 今にも泣きそうな顔を必死に堪えようと、口を力強く閉じていたが、それが耐えれなくなって、感情が溢れ出した。


「ウワー!」


 泣き喚いた。


 私は反射的に椅子から立ち上がり、その子の所に駆けつける。


 傍まで駆け寄り、子供の前でしゃがみ、話しかけた。


「どうしたの?」

「うっ。おかあさんと、うっ、はぐれたー。うあああ」


 涙を手で拭くこともせず、顔を上に向けてひたすら喚き叫ぶ。


「大丈夫。お姉さんが一緒に探すから、ほら泣かないで」


 慰めてみたが泣き止む気配は全然ない。


 困った。子供の相手なんてしたことがない。

 とりあえず一度アーヤの所に戻った。


「カスミン。あの子どうしたの?」


 当然アーヤは怪訝そうに顔をのぞかせる


「母親とはぐれたって。アヤメはサービスカウンターを探して」

「わかった」


 今できる対策をアーヤに頼んで、私は椅子に置いていた水色のバックを手に取り再び男の子の前に座った。


 男の子はまだワンワンと泣いていて、収まりそうな気配がない。


 私はバック開き中を確認する。


 何か無いかと探っていると、手頃なものを発見した。


 それは全体が透明で透き通った水晶玉みたいなものだ。


 それを右手で持つ。


 私はその水晶玉を同じ位置に固定させて、手だけを動かして浮いているように演出させた。


 男の子はその水晶玉に気がついたのか、泣きながらも水晶玉に意識が注がれる。泣くのを徐々にやめていき、最終的にジッと注目していった。


 ちょっと上に動かすと、「うおっ」と可愛い反応をする。

 最後に水晶玉を手から離れる大技を見せると、一番大きいリアクションをとってくれた。


「すごーい!」


 泣いていたことを忘れ、驚きに変わっていった。

 目をキラキラさせて、期待と興奮でいっぱいになっていた。


「もっとやって!」


 私も嬉しくなった。

 もっと演技を見せてあげようと思ったけど、肝心なことを忘れないうちに言っておく必要があった。


「それもいいんだけど、お母さん見つけないとね。お母さん心配しているよ」


 すると男の子はうーんと腕を組んで考え始める。

 カクカクと動きながら首を何回も傾けて思考していた。

 そして思いつくと大きく右手を振って、左手の上にポンと叩いた。


「わすれてた。おかあさんとはぐれたから、おかあさん見つけないといけない。うーんおねえさん、おかあさんさがしてくれる?」

「いいよ」


 私はにっこりと答えてあげた。

 男の子も満面の笑みだった。


 その後はアーヤがサービスカウンターの場所を探してくれたので、私とアーヤで男の子を連れてサービスカウンターに行き、係の人に迷子のお知らせを店内に放送してもらった。

母親が迎えに来るまでの間、もう少しだけ水晶玉を見せてあげた。

 男の子は興味を持ちすぎて、何度か奪われそうになった。


「これは、もう少し大きくなってから」


 そう言い続けても、まだ不満そうだった。

 口を渋らせブツブツ言っていた。


 そうこうしている内に、男の子の母親が勢いよく走りながらやってきて、ギュッと男の子を抱いた。


 何度も男の子の名前を呼び、よかったという安堵の言葉も何度も囁いた。


 落ち着くと、男の子の母親はペコリと頭を下げ、「本当にありがとうございました」と深々と礼をする。

 こっちは「いえいえ」とそんな大層なことはしてないという意を伝えた。

 母親はまた深く頭を下げたあと、男の子を連れていく。


 男の子はこちらに振り返り、手をブンブンと振った。


「ありがとう!」

 

 元気に帰っていった。


 呼応するように私も男の子の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「カスミン。こういう時の行動力には敵わないな」


 今度はアーヤが私を褒めてくれたのかな。でも私にとっては特に造作のないことだった。


「そう? 私、泣いている子供を見るのが耐えられないから」

「それは知ってはいたけど、なんで今もクリスタルを持っているの?」


 アーヤは私の水色の水晶玉を指差して、不思議そうに眺める。


「何かと便利だから」

「その道具は半端なく重いはずなのに」

「ついでにボールも三つ常備しているよ」


「え」という口の形をしたまま数秒間固まっていたことは今も忘れない。


 私にとっては常識になっていたから、アーヤの反応を理解することはできなかった。


「やっぱり。何でもないよ」

「そう?」


 アーヤが何かに諦めたのか、話を自ら切った。


 店内の時計を確認すると、最後に確認した時間から三十分進んでいた。


「カスミン早く着替えるよ」

「やっぱりするの?」

「しなくてどうするの!」


 当初の計画をすっかり忘れていた。急いで服屋の試着室を店員の許可をもらった。

 着替え終わると、急ピッチで集合場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る