第11話 嫌味
「なぁ、練習が終わってから、みんなで居残り練習しないか?」
練習試合で4敗目を記録したあの日以来、チームの雰囲気はあまりいいものではなかった。ユウマは、どうにか流れを変えるきっかけを掴みたい一心で提案したのだろう。ケイシは、すぐに賛同した。
「いいね、俺の足も、完全復活したし」
ケイシは、右足首をまわして見せた。足は、もう全く痛くない。
「え、まだ練習するのかよ」
練習嫌いのダイチが、ブスくれた顔をする。ケイシが、ダイチの脇腹を叩くと、しぶしぶ納得した表情をした。
「もうすぐ新人戦も近いし、いいんじゃないの」
「なぁ、どうだ?ハルト」
ユウマの呼びかけに、ハルトは静かにロッカーを閉めた。
「俺はやらない」
「そんなこと言うなよ、皆もやるっていってるんだし」
「ハルトがやらないんだったら、別に俺らもやらなくていいんじゃないの?俺らだけでやってもしょうがないし。新人戦も、ぱぱっとハルトがシュートを決めれば、それでいいでしょ?あ、今は調子が悪いから、それも無理か」
ダイチが、嫌な言い方をした。
「おい!」
ユウマに止められると、ダイチは拗ねた子どものように、また、ふくれっ面をしていた。
「まぁまぁ、ね、いいじゃん、やろうよ。ハルトもさ」
ケイシの作り笑いも、ハルトには通用しない。長い沈黙が続く。
「お前らみたいなヤツらと一緒に練習やってても、勝てねぇよ」
ハルトの言葉に、部室内の空気は一気に張り詰めていく。後輩たちは、皆、俯いていた。
「おい、何様だよ!」
ダイチがたまらず、ハルトに掴みかかった。今までの不満が、一気に弾けたように見えた。ダイチの手が、少しだけ震えている。ハルトは、ダイチから目をそらさない。まっすぐダイチを見ているハルトの瞳は、誰よりも力強い。
「後輩にポジション奪われてるっていうのに、いつまでもヘラヘラ中途半端に練習しやがって。一生、観客席で応援していればいいだろう!」
ハルトの言葉が、ケイシの胸を刺した。真剣なのはきっとハルトで、ケイシもダイチもかなわない。正しいことを言われた、ダイチもきっとそう思っているだろう。引き下がろうにも、引き下がれないダイチの気持ちが、ケイシには痛いほど伝わってきた。
「何だよ!自分が調子悪いからって、八つ当たりしやがって!」
「本当のことだろう?本気で向き合うつもりがないお前らに、とやかく言われる筋合いはなねぇよ」
「お前に何がわかるんだよ…、俺だって…」
ダイチの声が、どんどんかすれていく。
「もう、やめろ!」
止めに入ったユウマは、今までに見たことのない怖い顔をしていた。
「分かってるだろ、サッカーは一人じゃ勝てない」
その言葉に、ダイチもハルトに掴みかかった手をゆっくりと下ろすしかなかった。分かっている。こんな言い合いをしたところで、何の解決にもならない。
「もういい。分かった、強制はしない。ほら、練習が始まる時間だ。行くぞ」
ユウマは、後輩たちに「大丈夫だから」と、声をかけて部室を出ていった。ケイシは、何も出来ないでいた。ふてくされているダイチにも、苛立ちを隠さないハルトにも、かける言葉が見つからなかった。
練習が終わると、ハルトは何も言わず、一人で先に帰っていった。ケイシは、追いかけようとも思ったが、どうしても足が動かなかった。今のハルトを追いかけても、多分、上手く引きとめることが出来ないだろう。その後、グラウンドでは誰も口を開こうとはしなかった。ただ、ユウマだけが、何度も「いくぞ」と、声を出し続けていた。
居残り練習が終わると、ケイシは真っすぐプールへと向かっていた。頭の中では、何度もハルトの言葉が駆け巡る。何もかも中途半端。ハルトに、核心をつかれたような気がした。
「小僧、何だそんな浮かない顔して」
受付には、杉山がいつも通り座っていた。
「何でもないよ」
「ユイちゃんにでもフラれたか」
杉山のじわりと笑う顔が、今日はとても憎らしかった。
「違うよ」
ロッカーの鍵を貰うと、ケイシはムッとした表情を見せつけて、急いで更衣室に向かった。
「はぁ」
ため息をつく。プールはいつも通り誰もいない。ケイシは、ゆっくりと水の中へ沈んでいった。耳の奥で、水が音をたてていく感じがした。ゆっくりと水面に浮かび上がって、両手を広げると、目の前にはいつものように古びた天井が見えた。
「どうすりゃいいんだよ……」
ケイシは、また、ゆっくりと水の中へ沈んで浮かび上がる。 ハルトの言うことは正論だ。ベスト4進出に浮かれていたのは、ハルトよりも周りの方で、ハルトだけがいつだってサッカーに真っすぐだった。ハルトの言葉に、ケイシの気持ちは揺れていた。
「でも、あんなにはっきり言われちゃうとヘコんじゃうよな」
隣で、突然、ダイチの声がした。
「うわぁ!お前、何でいるんだよ」
振り向くとダイチが、銭湯に来たかのように、肩まで水に浸かっていた。
「おばさんに聞いたら、ここだって聞いて。ハルトの言うことって、いつも正しいんだよなぁ」
そういうと、ダイチはブクブクと水の中に沈んでいった。
「ほれ」
杉山は、片づけを手伝ったダイチの分までオレンジジュースを奢ってくれた。
「じぃさん」
「なんだ?」
この気持ちに杉山なら、何かヒントをくれるかも知れない、そう思っていた。
「じぃさんは、夢中になることってある?」
杉山は、空を見上げて、「そうだな。女だな」と、笑った。ケイシは聞くんじゃなかったと、ため息をついた。
「なぁに、俺は真面目に答えてるんだぞ」
「あぁ、そうですか」
目を逸らしたケイシに、杉山は語りかける。
「小僧、夢中になることはな、探すもんじゃない。気がついたら一生懸命になってるものが、夢中になるってことだよ。まぁ、夢中になってる時は、案外それに気がつかないもんだ。いつか振り替えると、夢中だったなぁって、そう思う日がくるってことさ」
杉山はそう言って、さっさと帰れ、と手を振った。杉山の言うように、いつかそう思える日がくるかもしれないが、今のケイシには、その言葉を理解するには、まだ時間が必要な気がしていた。
「じゃあな」
ダイチと別れた後、ケイシは自転車のスピードをあげた。ハルトは、ずっとずっと先を走っている。もう、追いつけないのかもしれない。そんなことを思うと息切れしそうな鼓動に、また胸が苦しくなった。
公園を通りかかると、人影が見えた。あの後ろ姿は、ユイだ。ユイは、真っすぐ何かを見つめているようだった。ケイシに気付くと、ユイは公園から見える景色を指さした。
「ここからよく見えるでしょ?」
グラウンドの灯りの中には、ハルトがいた。ハルトは、ケイシ達が帰った後、グラウンドに戻ってきたようだ。
「知ってる?毎日100回決まるまで帰らないんだって」
「100回?」
「そう、毎日100回。何度も、ああやって」
「どうして知ってるの?」
「私の学校にも、三島ハルトを好きな子がいるのよ」
また、ハルトだ。そんなこと、ユイの口からは聞きたくなかった。
「でも、ハルト、昔と全然変わったんだ。昔はこんな……」
ユイは、笑いだす。
「前回は、三島ハルトを誉めていたのに、変な人ね」
ケイシは、返す言葉がなかった。
「変わったのは、あなたの方なんじゃない?」
ユイの言葉に、ハッとした。
「三島ハルトは、ただ、小さい頃から真っすぐボールに向かっていただけなんじゃないのかなって」
ケイシの隣にはハルトがいて、ハルトの隣にもケイシがいた。同じように、帰る時間も忘れて、ボールを追いかけていたはずなのに。いつからか、それを止めていたのは自分だったのかもしれない。変わったのはハルトではなく、自分の方だというのか。ユイの言葉に、ケイシは痛む心を抑えるのに必死だった。
ユイは、じっとハルトを見つめている。その顔は、とても柔らかな表情に見えた。
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