第101話

「やっほー!」


 いきなり元気な挨拶である。


「あ、安姫先輩」


 安姫である。

 戦場・平花による激重話からの逃走である。サラッと前回消えてたとか言っちゃあならんのである。


「むぐむぐ……む?」


 そしてとある二人がその名前に反応する。


「ふぁふぃ?」


「叶波ちゃん?せめて口の中空っぽにしてから口開こうよ?酷いことになってるよ?」


「むー……んく。ふぃー、美味しかったぁ」


「…………え?」


「はっ!忘れてた!紅葉さん紅葉さん、今なんて言いました!?」


「お帰りなさいませお嬢様」


「聞いてないっ!?」


 ……意味不明な状況なので整理しましょう。


 安姫来店

 ↓

 春来が反応

 ↓

 春来の反応に叶波が反応

 ↓

 叶波が春来を呼ぶも春来が安姫の接客に行ったためスルーされて今。


 ……大して複雑でもなかったようです。


「ねぇねぇ春来ちゃんシフトいつまで?」


「え、シフト、ですか……あ、もうすぐですね。後十分もあれば終わります」


「ほんと!?じゃあさ、一緒に回らない?」


 いきなりすぎるお誘いである。元々叶恵を誘うつもりだっただろうに、現在叶恵は重たい話を虎徹を一緒に聞いている最中である。


 え、和之?……今頃体育館で各種的当て一年四組の出し物でも楽しんでるのでは?和服の彼女目的で。


「えっと……」


「ダメかな?」


 渋る春来。上目遣いで首を傾げて訴えかける安姫。


 ……軍配が上がるのは当然────


「……分かりました。でも伊吹乃さんが部活終わったらそれまでです!」


「うん、却下」


「分かってくれて何よりで……却下!?」


「今日の春来ちゃんテンション高いね〜」


「そういうことじゃないですよね!?」


「いやいや、却下しないわけないじゃんか。私だって伊吹乃くんと回りたいよ?でも今向こうすっごく大変そうだから。ね?」


 何とも凄みのある笑顔である。


「むむむむむ………」


 先程は押し負けた春来であったが、ここは譲る訳には行かないと日常ではあまり回ってくれない頭(自称)をフル回転させる。


(ここで負けたら折角叶恵さんと回れる機会がなくなります。絶対に引けません。かと言って安姫先輩も引く気が無さそうなのが厄介です。私と安姫先輩が一緒に叶恵さんと回る案もないことは無いですが、それだときっと押し負けます……何とかして安姫先輩にはご退場願いたいところです……ん?)


 一応後五分ほど仕事が残っている春来。一旦「すいません、呼ばれたので」と、退避。


 向かった先にいたのは、


「………………えっと……」


「えっと……」


 二人揃って口籠らせないでー。


「先輩、ですよね?前に戦場先輩と一緒にいた……」


「へはっ!い……」


 ……凄い変な声が聞こえた気がしたけど気のせいだ気のせい。


 その場にいた恥知らずアホな男子共がある一点を凝視するなんて言うデジャブも気のせいだ。多分。


「えっと……邪魔?だよね。うん、みんなの目が怖いからきっとそうだ……お邪魔しました……」


「え!?ちょ、待ってください!邪魔じゃないです!」


 くるりと踵を返してその場から立ち去ろうとする見覚えがある女子を春来が全力で留める。勢い余ってスカートがヒラっとしたが直後に響いた男子たちの声が歓声では無く悲鳴だった時点でお察し頂こう。


「……ほんと?」


 振り向いた女子が若干目を潤ませて春来を見上げる。


 クリっとした小動物のようなつぶらな瞳。

 長く艶のある黒髪が細い腰の辺りまで垂れ、顔の大半を隠しているために某井戸から這いずり出てくるお方感がが拭えない。

 だがしかし、最も注目すべき点はそこではなく、小柄故に目立つm


「不躾な子は誰かな〜?」


 ……悪い子はいねぇがァの雰囲気で言うのやめてくれませんかね?ていうかなんでわかるの?怖いよ?ほんと。


 ゴホンッ、失礼しました。明言は避けます。

 さて、現在、走り去ろうとするその女子の腕を掴んでいる春来。


 傍から見れば姉がメイドやってるなんて言う現実を知りたくなかったと言って逃げようとする妹を押しとどめる姉、といった構図である。もちろんそんな事実はないし、実妹ならヨダレを垂らしてカメラを構えることだろう。


「ほ、本当です!邪魔なんかじゃありません!」


 春来、必死に押しとどめる。謎の意固地である。


「じゃ、じゃあ……入る」


「ありがとうございます!」


 パッと花が咲くように笑う春来。その場にいた哀れな男子達は心臓の辺りを抑えて机に突っ伏してピクピクしている。周りの女子からは虫けらを見る目で見られる。ダウンするやつと更にピクピクする変態に二分された。どうでもいいからここまでで終わり!


「あの、お名前を聞いてもいいですか?」


「へ?な、名前?私の名前なんかを後輩聖女様に聞かせるなんてそんな……」


 ちょっと怖気付いた先輩に対して春来がとった行動は一つ。


「むぅ……私は聖女なんかじゃありません!ただの普通の高校生です!」


 少し頬を膨らませて拗ねたような言い方をする春来。今度は女子の六割くらいがノックアウトである。


 教室内はカオスである。


 *


 十分後。


「へぇ……加賀先輩、大変だったんですね〜」


「か、軽くない?て言うか春来ちゃんはシフト終わったのになんでまだメイド服?」


「お店の中ですし……それに、いじめられるそんな感覚は……あまり分かりませんから、わかったような口を聞くのもどうかと思って……」


「……ありがとね」


「唯ちゃんが気にすることないと思うけどな〜?私もぶっちゃけそんな重たい話聞くのは辛いけど共感できないし」


「……いいよ。別に。安姫は小中違うんだし」


「そう?なら良いやー」


「……そろそろ私着替えてきますね?」


「はーい……いや、春来ちゃんのメイド姿が見納めなのはいただけないなぁ……写真は?」


「禁止です」


「ちぇ」


 のんびりと話していた三人だが、内容は……まぁ、激重であるからして何も言わない。


 とりあえず、平花に救われた人はここにもいたと、それだけの話である。




 ついでに言うと、春来によってノックアウトされた面々が復活したのはそれから更に五分後。つまりはそれまで死屍累々の様を呈していたことを明記しておこう。

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