第68話
「もうやだ、こわい、みんなこわい」
「おーい、叶恵?……ダメだね。これはもう手遅れかな」
駅前大通り。下校途中である。
あのあと、完全にトラウマになってしまったらしい叶恵はその後机に突っ伏し続けた。しかし、
「でも、これは髪を纏めたままだった伊吹乃さんが悪いです」
と、春来。
そう、この
「はぁ〜、もう我慢が辛いです。ぎゅってしたいです。ダメでしょうか?」
「やめた方がいいんじゃないかな〜。ねぇ、雫?」
「私は和之さんならいつでも良いですよ?」
「そう?じゃあ───」
「んっ」
エマージェンシーエマージェンシー、ボム兵警報、及び砂糖テロ警報発令。糖分過多で口の中をジャリジャリさせたくない人は至急避難してください。
「落ち着くねぇ」
「はいぃ」
美少女と、イケメンがふやけた顔で抱き合う。起こる現象は一つのみ。
「なんか……空気が甘くないか?」
「はぁ?お前何言って……ん?ほんとだ。なんか甘い」
「甘いっつーかダダ甘というか……」
「ふわー!あれ!あれはやばいって!」
「い、イケメンと、美少女だ〜……何あれ、しかもその後ろにいる二人もめちゃくちゃ可愛いんだけど!」
「ハーレム?」
「殺るか?」
「俺はパス。あの空間に入って無事でいられる気がしない」
「「賛成」」
女性陣は別の意味で爆発寸前。男性陣は胸焼けしたと言わんばかりに顔を顰めてそそくさとその場を立ち去る。
……さりげなく叶恵が和之のハーレム要員扱いを受けているが、叶恵が元気ならその被害も少なかったことだろう。ドンマイとしか言えない。
「なんだこれ」
「空気が脳みそを溶かしに来てますね〜」
と、そんなカオス空間に足を踏み入れる者が二人。
「つーか中心があれか。なるほどな」
「青野さん、私たちもやりますか〜?」
「なんでだよ」
青野と倉持魔王である。
ド直球にあれと同じことをすると言い出した魔王様には頭が下がる。ついでに叶恵は何かを感じとったのか正気に戻った。
「ん?なんだ?すっげぇ甘ったるい空気になってるし、すっげぇ腹立つ気配が……」
「す、凄いですね……」
いつもよりも視界が良好なことに気づかない叶恵である。馬鹿である。そして春来は、ドン引きではなく素直に驚いている。
「んー、とりあえず甘いのはあの二人か……どれどれ一枚パシャリとな」
きっちりと音を消して写真を撮る叶恵。タチが悪いとはこのことである。
そして和之と雫よ。
「「………」」
君たちは一体いつまで目を合わせて抱き合っているのかな?無言で幸せオーラを出し続けるのは……良きか。問題なしである。
「はー、眼福眼福」
元の調子に戻ったのかニタニタと二人を凝視一歩手前位で見ている叶恵である。ふわっと揺れるポニーテールが春来の視線を釘付けにしていることに気づかない。
「お、伊吹乃に春来じゃねぇか。お前らいたのか」
そしてそこにズカズカと入っていく青野である。空気を読めとは言わない。春来が変な嗜好を持つ前でむしろ助かるまである。
「おお、青野。あれみろよ」
「知ってる。なんでお前あれ見ながら笑顔なんだよ」
呆れ顔である。そして青野もポニーテールのことを指摘しない。春来の視線が痛いのである。
曰く、
────言ったら、ダメですよ?
────……了解
青野、春来の圧力に屈する。それでいいのか王小路の護衛よ。正式採用とかはまだだけども。
だがこの努力はあっさりと砕け散る。
そう、
「甘いですね〜」
「………………カエレ」
「片言ですね〜」
「………………カエレ」
「お化けですか〜?」
「………………」
「無視ですか〜。まぁ、別に良いですけどね〜、ポニーテールの伊吹乃ちゃん、可愛いですね〜」
倉持魔王がやりやがるのである。
「は?ポニーテール?なんでま……た……」
ようやく気づいた叶恵は自分の頭に手をやる。綺麗に纏められた自らの髪に触れると、
「……もういいや面倒くせぇ」
その割には目が死んでいるのであるがスルーすべきなのだろうか。
「ふふふ〜、可愛いですよ〜?伊吹乃ちゃん。いっそのこと女子の制服来たらどうですか〜?」
「死ぬか?」
「お断りですよ〜」
とことん相性の悪い二人である。叶恵が睨み、倉持は薄ら目を開けて雰囲気で凄む。
「なんだ、これくらいで丁度良いな。空気感」
「……そうですね………ふふっ、かな……伊吹乃さんは可愛いです」
思わず叶恵さん、と言いそうになった春来。青野はノーコメントを貫くようである。
「ふ〜、まぁ、あなたの髪型とかどうでもいいですね〜」
「そうか……」
「それよりも〜」
「ん?」
なんか雲行きが……と、叶恵が思うと同時に、
「もう少しあの二人の幸せ空間見てましょうか〜」
「賛成」
食い気味な返事の叶恵である。
「やっぱ一番いいのは他人のイチャイチャ見ることなんだよなぁ……つーかあいつらいつまであのままなんだろうな?」
「さ〜?少なくとも十分位はあのまm……おっと〜?」
途中で言葉を切った倉持の視線の先では──
「んっ」
「〜〜!」
………………おぉ
「………へぇ」
「………ほほ〜?」
「ふわぁ……」
「おおー、すげぇ……」
これは……濃ゆいやつですね?
全員が胸焼けしたのは言うまでもないことである。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡
一章終わってからの二人の甘々度合いの成長が恐ろしいですね!(ニッコリ)
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