第69話
七月二十七日午後一時半。
「ただいま〜」
「おっかえりー!お姉ちゃん!」
「姉じゃねぇ」
二日に一回はこのやり取りをしている叶恵と叶波である。さすがに甘い空間に居すぎたためか、叶恵ですら若干グロッキーである。当の二人はその後仲良く腕を組んで帰った。そう、まるで残りの四人が最初から居ないかのように。
「あいつら、仲良いのはこっちとしても嬉しいけどさ……バカップルとか超えてると思うんだよな」
思わず愚痴る叶恵であるが、そこは妹、きっちりと拾いに行く。
「うへぇ……お兄がそこまで言うって、和兄凄いね」
「いや、もうな……見ればわかるんだよ。ヤバいなって。逆にあの二人くっつけられて万々歳なんだけどさ……初めて見たわ、あんな度合いの奴ら」
悲報、叶恵の目が死んだ。なまじ幼なじみのため、電車どころかそこからの家までの道のりすらもほぼ同じな叶恵と和之。しかも、
「しかもあいつら今日は家でイチャイチャすんだとよ」
今頃和之が膝の上に樫屋さん乗っけてんだろ、とは直後の叶恵の言葉だが、ドンピシャである。
*
少し時は戻って午後一時二十五分。
叶恵とほぼ同じタイミングでの帰宅となった和之と、初めて彼氏の家にお邪魔する雫である。
「母さん、ただいま」
「お、お邪魔、しま、す……」
久しぶりの人見知りモードである。ガッチガチである。しかも小声。大丈夫だろうか。
「おかえりなさい……って、あら?その子は……」
そう言いながらリビングから出てきたのは、和之の母、原田
とんでもない若作りで、今年で四十のはずが見た目二十代前半。服装や化粧によっては十代後半で通ってしまう程である。
簡単に言おう。超童顔である。しかも趣味がランニングのため、腹回りがたるむことも一切なく、すらっとした体型。現在は専業主婦だが、元は銀行の窓口で働いており、この人の列だけ人が多いこともあったという。
ちなみに夫、つまりは和之の父である
さて、そんな凄い人だが……問題点が一つ。
恐らく世の母親のほぼ全てが気になるであろう子供の恋愛事情。
息子や娘が彼氏彼女を連れてくるとあっては気になって仕方がない、というのが普通なのだが……
「むぎゅ」
「ひゅえ!?」
「…………母さん」
「あら、ごめんなさい。可愛い子を見ちゃうと、つい」
そう、抱き着き癖がある。親が子供のことが気になるという話から飛んだと思うかもしれないが、とんでもない。
まず、原田 美姫は息子、和之が大好きである。それはもう目に入れても痛くないという程の溺愛っぷりである。
そして和之は超人イケメンアイドル野郎である。つまりモテる。
二月十四日には住所を知っている女子が押しかけるのであるが……その中に大人しめのは女子がいると嬉嬉として抱き着く。それはもうむぎゅっ、と擬音が聞こえる勢いで。
どうなるか。簡単である。事態がややこしくなるのである。そして和之はげんなりするのである。
「はぁ」
「あら、和之。母に向かってため息かしら」
「そうだよ……その癖どうにかしてくれないかな……」
「無理」
即答でa……ダメでしょうに。
「もういいよ……えっと」
原田母による突発的抱擁から逃れた雫は和之の後ろに隠れる。そーっと顔だけ出す様子は怯えた小動物のようで……
「ねぇ和之その子もう一回だけむぎゅっとさせてくれない?抱き枕にしたい」
「人の彼女になんてこと言ってくれるのかな!?」
さすがに切れた和之である。そしてすぐさまハッとする。
顔を前に向ければニンマリ笑顔の童顔母が詰め寄ってきている。
「あらあら、遂にあなたにも彼女ができたの?遂に?」
やたらと『遂に』を強調しているが、和之は元々あまり彼女が欲しいと行ったこともなければそういう態度を取ったこともない。ぶっちゃけ四月の初めの辺りで既に色々と勘づいていたりするのだがあえて何も言わなかったのである。
「うん……ほら、ちょ、雫?背中から手を離してくれないと……」
ひょこっと顔だけ出ている雫。当然挨拶などできる状況ではなく、
「樫屋……雫、です。初め、まし、て……………お義母さん?」
言った!?しかもいきなりの『お義母さん』である。目を見開く原田母。フリーズする和之。恥ずかしさからか爆発寸前のボム兵状態で再び和之の背中に顔を埋める雫。
「………………………………」
「和之」
「はい」
呆然としたまま和之に声をかける母と、こちらも呆然としながら、いや、呆然とはしているが口元がにやけている和之。
「たまんないわね!」
ぐっとサムズアップする和之とその母である。
その一分後には無事母に認められた雫が和之の膝に乗ってる光景が広がったという……。
*
「……的な?」
「間違いないだろうなぁー。何となく横の家から甘い空気が流れてきてる気がするし」
「分かる……はぁ……コーヒーいる?」
「いる」
と、事実をきっちりと予想しきった兄妹の会話である。
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