第61話

「……よう、王小路」


 苦虫を五桁ほど噛み潰して吐き捨てる直前のような表情になる叶恵である。いきなりその顔で出迎えて失礼だとは思わないのだろうか。


「あら?珍しいわね。あなたが私に対しての挨拶なんて」


 こっちはこっちで大概である。


「「…………ちっ」」


 相も変わらず仲の悪い二人である。


「あの〜、青野くん?」


 そしてそれを見ていた倉持。ごく自然な動きで青野のすぐ横に移動。耳打ちする。しかも幸せボイスである。要は甘声である。


 青野は突然の甘声にゾワッとした。語弊が生まれないよう明記しておくが、一応いい意味である。


「……っ!?な、なんだ?倉持」


 先程の叶恵とのやり取りの結果か、周りからは怖がられているはずの青野にすらビビられる倉持。まるで魔王である。こちらは悪い意味である。


「……(すっごく悲しいです……でも、あぁ〜かっこいいです〜)」


「ん?どうした?」


「い、いえ、少し気になることがありまして〜」


 少々驚きと恐怖で引き攣っていた青野の顔を至近距離でぼーっと見つめていた倉持だが、黙りこくっていたために青野に訝しがられ、焦る。

 ……サラッと内心出されるとこちらが困るのだが……


「……?」


 キョロキョロされると困るんですが!


「おーい、聞こえてるか?」


「はっ!?あ、すいません。ぼーっとしてまして〜」


「?そうか……で、もう一回聞くけどさ、どうした?」


 いつの間にやら質問する側とされる側がひっくり返っている……


「いえ〜、簡単な事なんですけど〜」


「……おう」


 じゃあなんで聞きに来たんだと、目の前の光景を目にしすぎた青野は思う。


「あの二人って、なんであんなに仲悪いんですか〜?」


 眉の端が下がり、困った顔になっている倉持……だが、


「肩震えてるのがバレバレだぞ」


「……すいません」


 笑う寸前である。すっと視線を向けた先ではギャーギャーといがみ合う二人組が。


「だーもう!さっさと青野拾って帰りやがれ!」


「言ってくれるじゃない!」


「んだとこのが!青野といすぎてお前まで筋肉になってんじゃねぇの!?」


「黙りなさい!あなたこそその口の悪さは青野譲りじゃないのかしら!?」


「誰が女神だぁ!そういうのは春来あたりに言いやがれ!」


「そういうあなたこそ何よ脳筋って!」


「「…………」」


 無言になる青野、倉持の二名である。青野に至っては目が死んでいる。間接的にガッツリ被害を被っているのだから当然といえば当然である。


「だいたい何よその高い声とくりくりお目目は!その顔で男とか片腹痛いのだけれど!」


「うっせぇ!こっちは気にしてんだよ!お前こそなんでそんなに短気なんだよ!本当にお嬢様か!?」


 ……倉持魔王、笑いによる陥落寸前である。肩の震えが尋常では無い。


 対する青野は、


「……止めてくる」


「……くっ、ふっ、ふふっ、い、いってらっ、しゃい……っ、くくっ」


 もう実質アウトである。青野の顔は死んでいる。というか表情がないのである。まるでお面のようである。倉持は徐々に笑いが堪えきれなくなっている。


 未だに言い合う二人の頭にポンっと、


「お嬢、伊吹乃」


 青野は、


「人の悪口は本人がいない所でやりやがれぇ!!」


「「────────っあぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!」」


 全力で二人の頭を握る。


 青野 宏敏十七歳。

 身長百七十七センチ、体重七十六キロ、握力


 巷ではガタイの良さと喧嘩の強さ(こちらは王小路の護衛のため)のために、番長などと称される。


 何が言いたいか。


 そんな奴にアイアンクローを喰らえばそら痛いっすわ、という話である。


 *


「んんっ……んみゅ……はれ?」


 六月十八日木曜日午後六時。

 ようやく目が覚めた春来である。


「おう、おはよう、春来」


 唯一……では無いものの、起きていた青野が声をかける。


「あ、おはようございます青野さん。その……」


 軽く辺りを、というか教室内を見渡した春来が、言いにくそうに問う。


 それに青野は苦笑。まさかこいつが元凶だとは春来は考えてもいない。


 何せ、


「まぁ、お嬢と伊吹乃が隣で寝っ転がってるのは偶然だし、何故かソファの上で原田と樫屋さんが仲良さげに寝てるけど……うん。気にすることじゃねぇし、放置して帰るも良し、お嬢なり伊吹乃なりを叩き起すも良しだ」


「ふふふ〜、私は青野くんと帰るので〜」


 ……ん?


「は?なんでだ?」


「どういうことです?」


 サラッと、いや、ヌルッと会話に滑り込んできたのは当然倉持。緩い表情で青野の顔を凝視している。


「大体、俺はお嬢と帰んなきゃならねぇんだよ」


「そうなんですか〜……う〜ん、なら王小路さんも一緒に帰りましょうか〜」


「なんでそうなる!?」


 思わず机を両手で叩く青野。春来がビクッとする。


「あ、すまん」


「いえ、大丈夫です」


 そう言うと椅子の上にちょこんと座り直す春来。その視線は叶恵の方を向いている。待つつもりのようである。


「ところで、青野さんはどうして待っているんですか?」


 もっともな疑問である。そして、その質問に大層面倒そうな表情になる青野である。


「────だよ」


 ボソボソとした声で言う。普段の声は何処へ消えたのだろうか。


「え?」


 思わず聞き返した春来に、目をギラリと光らせて青野が叫ぶ。


「怒るんだよ!このお嬢様は!無理やり起こせばセクハラ!優しく起こせば気持ち悪い!挙句普通に起こせば殴られた!誰がこんな暴力お嬢起こすかよ!」


「ふぇっ!?」


 突然の大声に寝起きの春来の脳が震える。某見えない手がいっぱいのあの人よりはマシである。


 つまりだ。


「うぅ……」


 パタリ。


「あ」


「あら〜、青野くん、これはアウトですね〜」


 再び机に突っ伏した春来である。ゴンッと中々に痛そうな音が額の辺りから鳴っていたが大丈夫なのだろうか。


 どちらにせよ、どうにもできなくなった二人はその後三十分程雑談していたという。




 おまけ


「あ゛〜、なんだ?すっげぇこめかみが痛いんだが」


「奇遇ね。私もよ。ただ、何があったか覚えていないのだけれど」


「お前ら口喧嘩した挙句ヒートアップして勝手にコケて二人揃って机の角に頭ぶつけたんだよ」


「そうか……」


「そう……」


「「はぁ、情けない」」


「お嬢、帰るぞ」


「ええ、そうするわ。じゃあまたね


「ミニマム要らねぇよ


「もうお前ら本当に面倒くさい」


「ふふふ〜、放置しますか〜?」


「いやいや、そういう訳にも行かねぇから」


「あら、倉持さんも一緒?」


「はい〜」


「そ、ならいいわ。青野、着いてきなさい。帰るわよ」


「へいへい。じゃあな、伊吹乃」


「おう、また明日」


「さよなら〜」


「二度と来んな」


「辛辣ですね〜、ふふふ〜」


「………………………苦手だ」


「お、お疲れ様です」


「お、春来。おはよう」


「お、おはようございます。えへへ」


「ん?なんで笑ってんの?」


「いえ、何でも。ただ待ってくれていたことが嬉しかっただけですので」


「そうか?外暗いし、当然だろ?駅までは一緒だしな」


「ふふっ、ありがとうございます。では、帰りましょうか」


「そうだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る