第28話

 さて、まだ続いているお話説得である。


 現在時刻午後一時。恐らく伊吹乃家ではハイスペックブラコン妹がありとあらゆるを想定していることであろう。


 そんな重苦しい空気に一石を投じるのはこの人。


「ふぅー、ご馳走様。で、私と遥は何を手伝えばいいのかしら?」


「ちょ、冬華!?何言ってるの!?」


 はい、今まで我関せずを貫き、ひたすら無言でいた氷雨である。


「何言ってるも何も。いつものを見てる限り絶対にそういう関係と思ってたけど……違ったみたいね?」


 無機質と言ってもいいほどの無表情で首を傾げる氷雨。表情と動きに違和感がありすぎる。


「いやまぁ、実質そんなもんだと思うだけどなぁ……あれでお互いワンチャン振られるかもしれないから〜とか言って告白渋ってんの」


「何それ意味わかんないんだけどぉ」


 井藤に同意されたせいで逆に心配になる叶恵である。基本的に思考回路が残念なのが井藤 遥という女性なために。


「そこはどうでも良いの。私が聞きたいのは、なんでFC所属でもない樫屋さんが原田くんと一緒にいるのかということよ」


 ………さて、この発言。何を引き起こしたか。


 以下。


「………黙れよ」


「「「「……っ!?」」」」


 空気が軋む。


「なぁ、人が人に恋することに条件なんてあんのか?答えてみろよ」


「……………それ、は……」


 雰囲気が豹変した叶恵に四人はついて行けず、王小路は質問に答えられない。


 残念ながら、当然といえば、当然である。今の叶恵の顔は少なくとも子供に見せていいものでは無い。美人の怒った顔は怖いとは正にこの事である。


 基本的にキレ症なところがある叶恵ではあるが、大半は軽いものであるため忘れられがちである。しかし、本気で叶恵が切れた時は………今はやめておこう。だが、今回、本気の一歩手前と言うべきレベルで切れていることを、忘れてはいけない。


「ないよな?人の恋路は応援するか手伝うか傍観するかの三択が基本であるべきだと俺考えている。そりゃあ多少は妨害だってあるだろうさ、そうじゃなきゃ面白くないってのも、まぁ、分かる。だがな……」


 叶恵は一度言葉を切る。


 そして、



 叶恵の怒りにあてられたのか、周囲の客や、カウンターに立つマスターまでもが顔を青くしている。


 ただ軽い気持ちで恋愛相談を受けているような者が出せる発言でもなければ、ただ邪魔したいだけの人間が抵抗できる言葉でもない。


 六年、この活動を続け、恋愛というものを近くでつぶさに見続けて己の価値観を得た叶恵だからこその言葉、そしてその重みがあるのである。


「なんか言うことは?」


 王小路を睥睨する叶恵の目には憎悪以外が映っていない。


「……な、何も……ありません……」


「そうか……ふぅ、いや、すまんね。俺も一応これが自分勝手な考えで王小路みたいな考え方する奴がいるってのもわかってるんだが……どうにも受け付けねぇ」


 一度息をつき、多少は落ち着けたようだが、まだ少々収まりきらないのか、口調に荒々しさがみてとれる。


「すいません……でした……」


「いやいや、俺に謝られてもさ」


 謝る王小路に肩を竦めてそう言う叶恵だが、それに王小路は首を振る。


「いえ、私なりのとして、です」


 その表情は真剣そのもの。そして、という言葉に叶恵の眉が動く。


「ケジメ………でいいか?」


「えぇ、問題ありません」


 会話について行けていない氷雨、春来、井藤の三人は困惑したように二人を見つめる。


「ん、わかった。なら、俺も応援はする。流石に手伝いまでは、できないけどな」


 軽く苦笑いする叶恵に、何を思ったのか、春来が手を伸ばす。


 そして、その頭を撫でた。


「!?」


 思わずそちらを振り返り、その表情に固まる。


 その時の春来の表情は、



 ────────慈愛に満ちた、正しく聖女の笑みであったから。



「そんな、怖い表情をしなくても、良いんです」


 そう言いながら、長い黒髪を、丁寧に、撫で、梳いていく。


「な………もう、俺、怒ってないけど」


「いいえ」


 叶恵の否定に否定が重なる。


「眉間から皺が取れてませんよ?」


 空いている片手で、今度は顔に手を伸ばしてきた春来に、思わず叶恵は仰け反る。そしてそのままそっぽを向く。


 その間も、その後もずっと春来は頭を撫で続ける。


 そこにいる人が、大切で、愛しくて、手放したくないと言うように……


 *


「も、もういいだろ」


 頭を撫でられるという行為そのものが久しぶりだからなのか、はたまた別の要因か、耳まで真っ赤になってそっぽを向き続けていた叶恵がそっと春来の手を退ける。


「あっ……」


 それに少し寂しそうな顔をする春来だが、流石にやりすぎた自覚はあったのか、こちらも真っ赤になって俯く。


 一方、横から眺めていた三人は、


「あ、やっぱりそういう感じでいいのかしら?」


「いいんじゃないの?美女と美女(男)でしょ?お似合いじゃない」


「うへぇー、口の中がジャリジャリするぅー」


「それは遥が自分で角砂糖口に放り込んだからでしょうに」


 井藤は何か血迷ったようである。


「だってぇ、あたし、甘い空気とか言われてもわかんないしぃ」


「「知ってた」」


「ひっどぉい!何となく二人が胸さすってブラックのコーヒー頼むもんだからそういうあれだ!って思ったのにぃ」


 それで角砂糖を口に放り込んで物理的に甘くするのは正解なのだろうか。


「……で?あなた達は、いつまで初々しいカップルみたいな状態になってるのかしら?」


「「カップル言うな(言わないでください)!」」


「あら、ピッタリじゃない」


 にっこり笑う王小路お嬢様である。完全に上をとったと言わんばかりの素晴らしい笑顔である。


 対する叶恵、春来は大悶絶。学校や人目のないところであれば転げ回っていたことだろう。


「ふふふっ、ノーマークだった樫屋さんが原田くんとくっつき、なんだかんだと縁遠そうな紅葉が伊吹乃くんと……ふふっ、こうして私みたいな冷たい女は嫁ぎ遅れていくわけね……」


 それを尻目にブツブツとうわ言を吐いている氷雨である。随分とダメージが大きいようだが、朗報として、星華学園の今年度入学者は大なり小なり特殊性癖を持つものが多かったという情報があったりする。現に叶恵がこっそりと調べあげた一年生異性人気投票にて氷雨は上位十人にランクインしている。


 ちなみに一位は当然のように春来、二位にはなんと雫がランクイン。三位には王小路が入り、残念ながら井藤は十位圏内からは外れている。しかしそれでも二十三位なので充分と言えよう。


 さらに追加情報として、雫が人気の理由は、『死ぬ程悔しいがあの超人イケメン野郎の横でニコニコしてる樫屋さん可愛すぎて死ねる』との事である。


 どうでもいい、ひっじょーにどうでもいい情報である。


 閑話休題。


「あーっと、もう解散でいいか?もう帰りたいし多分妹が昼飯なくて嘆いているから」


 叶恵が頭を搔こうと手を上げ……その手を下ろしながら立ち上がる。


 その光景におやっとなるのは氷雨、王小路二名。


(これは……本当にそうかしら?)


(いえ、恐らく伊吹乃くんはあまり自覚はないでしょう。今のも撫でられた直後は失礼だという礼儀からかと)


(そう……私たちはこっちの手伝いと……樫屋さんに負けないようにアピールしないと)


(ふふふっ、私は夢乃を手伝おうかしら?)


(ええ、よろしく頼むわ。きっと、期限は星祭前夜祭だろうから)


(あまり時間が無いようね……大丈夫?)


(私を誰だと思ってるの?大丈夫よ。勝ちに行くわ)


 以上、なんとアイコンタクトでの三秒だけの会話内容である。人間の限界を超えている気がしてならない。


「じゃ、また来週な」


「ええ」


「また機会があれば一緒に食事をしましょうか」


「あたしはパース」


「わ、私はっ……わ、私も、一緒に…………はい」


「ちょっと紅葉、大丈夫?」


「だ、大丈夫です。さようなら伊吹乃さん。また、来週」


「お、おう……」


 少し歯切れ悪く答えた叶恵が立ち去るのを見届けた四人。


 いなくなってから一人に詰寄る三人へと構図を変える。


「さぁ、全てを吐きなさい」


「ひっ」


 完全に肉食獣に狙われる草食獣の様を呈している。先程から空気がコロコロと変わるその席を見ていた他の客たちは後にこう語った。


 曰く、


 ─────────疲れた。と。





 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 おっかしいですねー。

 なんでこの章のメイン二人が全然出ないんでしょうか(白目)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る