第20話

 五月十三日水曜日午後二時半。

 即ち六時間目、ホームルームの時間である。

 現在星華学園の全クラスで、星祭の出し物についての話し合いが行われている。

 叶恵が所属する一年五組もその話し合いの真っ最中……ではなかった。


「はい、じゃあ星祭はお化け屋敷で決定ねー。時間余ってるしこの際星華祭の方も決めちゃいましょうか」


 そう、一瞬で決まってしまい、二度目の学園祭に当たる星華祭の出し物まで決める流れになっていた。

 まさかの満場一致だったのである。


 ちなみに、現在前に立って進行を担当しているのは橋ノはしのい あずさという名の女生徒である。簡単に言えば星祭の実行委員である。

 そしてその隣にもう一人。


「はぁい、案ある人はどんどん出してねぇー」


 皆さんご存じ井藤である。

 イベント大好き陽キャギャルは割りと真面目である。


「はい!」


「はい、青野!」


「メイド喫茶!」


 速攻で手をあげ、速攻で当てられ、速攻で答えた青野の意見。

 採用か否か…………


「ん、メイド喫茶ね。いいじゃん!他はぁ?」


「「「「「「「「「異議無し!」」」」」」」」」


 またもや満場一致である。

 普段は静かにラノベを読んでるメンバーまで笑顔である。


 メイドは正義とは叶恵の言葉である。


 いつ言ったかは定かではない。


「よーし、それじゃあお化け屋敷のテーマどうする?」


 話し合いはその後時間きっちりまで行われたという。


 *


 時は進み五月十八日月曜日。

 大した話でもないが、今日から一週間、星華学園は中間テストである。

 基本的に毎日コツコツ勉強している叶恵にとっては別段苦しむ要素もない。

 しかし、今回は少し事情が異なった。


「あいつらあれからなんっもしてねぇじゃねぇか!」


 そう、今の叶恵の相談主たちが原因である。

 テストがヤバイのではなく、このテストが終われば星祭一週間前。つまりは期限の前夜祭まで後二週間を切っているのである。


 叶恵の計画ではこの時点で双方ある程度お互いの気持ちに気づき、ちょっとした触れあいで顔が真っ赤になるような微笑ましい光景が見れる頃だったのである。しかし、二人とも恐ろしい程に察しが悪い、要は鈍すぎたのである!


 一例をあげよう。


 五月十五日金曜日。この日は雨が降っていた。

 普通のラブコメならここで傘を忘れた主人公なりヒロインなりが持ってきた側の傘に入れてもらう、所謂『相合傘イベント』が起こるはずであるし、事実、何故かは叶恵にもわからないが、そういうときは必ずどちらかが忘れていたのである。


 ………のではなく、大体ヒロイン側が折り畳み傘を持ってきていながらも忘れた振りをしていただけである。無論、叶恵の指示である。

 前に相談者の割合として女子は少ないと述べたが、叶恵の統計方法は、先に来た方をカウントする。要は大体の場合において女々しい男子が相談に来、叶恵のアドバイスのもと、アプローチを仕掛け、それが気になってきた女子が叶恵のもとへとやってくるという構図となる。


 結局、全て叶恵の掌の上である。


 だが、今回ばかりは駄目だった。

 毎日毎日交互に相談に来るレベルでお互いがお互いに自信がない。

 和之などは、未だに「雫さんって僕のことどう思ってるんだろう」と訊きに来る始末。

 その度に「お前なら大丈夫。自信もて」と呆れ顔で励ます叶恵が最早哀れである。


 えー、話が脱線したが、何となく、予想はつくのではなかろうか。


 そう、この二人、まさかの普通に傘を取り出すという……。


 これを横で見ていた叶恵の目から光が消えるのは当然を越えて必然とすら言えるだろう。さらにこのとき、春来が傘を忘れたと言ったため、真正面からこられて断ることができる叶恵ではなく、駅まで送るはめになったという、ただただ叶恵が不憫(?)な話である。


 *


 五月十九日火曜日。

 テスト二日目。

 本日は、現代文と英語の二教科である。

 星華学園は「英語は英語」という学校であり、つまりは英語表現だのコミュニケーション英語だのと分けたりしていないのである。尤も、この事実は基本的に他言無用とされるため、知っているのは教師と在校生と卒業生のみである。その代わりと言ってはなんだが、中間テストの英語は二日目の記述テストと三日目のリスニングテストに分かれていたりする。クソッタレである。


「終わったー!後三日!…………寝て良いか?」


「青野うるせぇ。明日からは一日一時間しかねぇんだから勉強しろ」


「逆に英語の時間にあんだけキチガイになるお前が平気そうな顔してることに納得いかねぇ」


「俺は高野が嫌いなだけで英語が嫌いな訳じゃねぇ」


「そうかよ」


 んじゃなんでこないだまで英語が嫌いだと騒いでたんだ?と帰る準備をしながら会話している青野と叶恵のもとにスッと影がさす。


「伊吹乃さん、一緒に帰りましょう?」


 春来聖女様である。

 彼女が来たとたん、青野は顔をしかめ、胸の辺りをさすり、叶恵は顔から表情が抜け落ちた。


「……あれ?伊吹乃さん?き、聞こえて、ますよね?」


「…………おう」


 無表情過ぎるため、何を考えているかが全くわからない。

 だが、春来は笑顔のままで、


「それじゃあ、一緒に帰りましょう?」


 軽く首をかしげて、叶恵の顔を覗き込むように見ながら告げる。


 男子全員にボム兵警報発令である。

 一部はすでに鼻血が垂れている。


 既に無表情の叶恵だが、ここからさらに表情が消える現象が起こる。

 誰でもわかる簡単な話。


「あはは、良かったじゃん。叶恵。じゃあ、僕は先に雫さんと帰ってるから」


「………おう」

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