第12話
さぁ、困ったことになった二人である。
そしてそれを遠くからニヤニヤ見つめる叶恵である。
既に周囲から人が消え去っている。
不気味に一点を見つめながらニヤニヤしている人間など、いくら顔が良くとも近づきたくなどない。
それはそれとして、以下、再びの読唇術である。
『こっちが、僕のだっけ?』
『いや、この感じだとそっちが私のような……』
『『う〜ん?』』
『ど、どうしましょうか』
『どちらにせよ、そろそろ決めないとトリュフアイスが溶けるしね……良し』
そう言うといきなり片方の皿に手を伸ばす和之。
慌てるのは雫である。
『ちょちょ、待ってください!いきなりどうしたんですか!?』
焦る雫に素晴らしい笑顔を見せる超人イケメン。
遠目に眺める叶恵のニヤニヤは最早ニチャニチャと表現するべき薄気味悪いものへと昇華されている。
『簡単なことなんだよ、雫さん』
『……え?』
突然意味のわからないことを言い出す和之。混乱する雫。遠くで気持ち悪く笑う叶恵と、三者を同時に見てみれば恐ろしくカオスである。
この二人と一人が関係者であると見抜ける人はよっぽど人間観察が好きな人であろう。
再び口を開いた和之からは根拠の無い自信そのものが口に出される。
『勘だよ』
その瞬間、その一瞬のみ、雫が和之を見る目が酷く冷めたものであったことをここに明記せねばならないだろう。
これを全て見ていた叶恵は後にこう語った。
曰く、
「あの時以上に怖い樫屋を俺は見たことがない」
と。
眺めていただけの叶恵でこれである。ならば、それを真正面から貰った和之はどうなるのかと言うと、
『じゃあ僕はこっち貰うからね』
とだけ言い、皿を引き寄せて、フォークを手に取り、ケーキを少し切り分けると、溶けてしまったトリュフアイスに付けて、パクッと。
そして全てを見ている叶恵は歓喜した。
「大当たりぃ!良くやった和之!樫屋さん気づいてるぞ!間接キスはでかい!」
半径十メートル以内から人が消え失せた悲しい奴は普通に声を出して喜んでいた。傍から見ればただの不審者でありぼっちの悲しい奴である。哀れ。
さらには、間接キスは片側が気づくこともそうだが、両者ともに気づくことも大切であると忘れているアホである。
その視線の先では爆発寸前のボム兵と化した雫が頭から煙を幻視させながらケーキを食べていた。先程の視線の持ち主とは誰も思わないであろう。
その後は雫の事実公開と和之の九十度謝罪以外に特筆すべきことも無く、午後の時間はゆっくりと過ぎていった。
*
午後七時半。
「あの」
いつの間にやら合流していた叶恵に雫が声をかける。その手にはとあるレストランの割引券が握られている。
「ん?どうかしたか?」
「いや、これって、その……」
「いいって。それで頑張って距離縮めてきてくれたら俺としてもそれを渡した価値がある」
そう、それは叶恵が渡したものである。そして、当の叶恵の手には雫に渡した割引券の店の向かいの店の株主優待券が握られている。ちなみに親などからの貰い物ではない。正真正銘、叶恵が株主として経営会社から貰ったものである。
「ほら、早く行ってこい。待ちわびてるぞ」
チラリと雫の後方へと目を向ける叶恵。その視線の先には大勢の女性からの熱い視線と大勢の男性からの冷たい嫉妬の視線を受けて居心地悪そうにしている和之がいた。
それを見た雫は一言「ありがとうございます!」と頭を下げ、そちらに駆け足で向かっていった。
「さてさて、晩飯はどうなるのかねぇ」
変装を解いた長い前髪の内側で、ニヤリとした笑みを浮かべる叶恵。
先程同様に自然と人が遠ざかるのを察知し、スっと顔から表情を落とす。
そして、雫や和之がいるのとは逆方向に向かって歩いて行くのだった。
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キリが良かったので短いですがここで切ります!
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