第11話

 ◆叶恵ストーカー


 現在時刻午前十時二十分。

 場所はとある水族館。


 和之と雫を追って入り、プロ顔負けの尾行で全く気付かれずにここまで来ている叶恵である。


 カラコンに伊達眼鏡をつけ、特注の金髪のウィッグを被って無駄に長い髪を隠す。そして少し野暮ったい格好をすることで外国人に見せかけれる。


 ツッコミどころ満載な変装だが、実は叶恵の場合伊達眼鏡が一つあれば問題なしだったりする。

 何故か。簡単な話。


 似合いすぎて逆に別人に見えるのだ。

 一体なんの魔術を使ったのかとか変なセリフを吐きたくなる程度には別人と化す。


 だが、前述の通り、ため、伊達眼鏡だけではただのボム兵量産機になるため、わざわざ切ればいいはずの長髪を隠すために特注でウィッグ(十五万円)を作り、青色のカラコン(ワンセット三千円)をつけて、着る服まで変えるのである。

 最早ここまで来れば一種の執念を感じる。本人曰くいちばん苦労するのは髪をウィッグにしまうことらしい。そらそーでしょうね。


(よし、今のところは順調だな)


 違和感なく周囲に溶け込み、視線を感じさせないようにチラ見ではなく視界の端に入れ続けるようにして二人を追う。


 傍から見れば今の叶恵は外国人の美少年観光客にしか見えない。

 ついでにその前を行く主役二人はどこからどう見ても初々しいカップルである。


 度々ぶつかったりしては顔を赤く染めあげて互いに謝り、微笑んでいる。

 その度に周囲はダダ甘の空気に当てられて若干胸焼けしたようにさすったり、口の中にザラメの砂糖をぶち込まれたがごとく口をモゴモゴさせていたりしていた。気持ちわかるけど魚見……魚もガン見してらっしゃる!?


(今更だが、今回俺この場に要る?)


 無自覚砂糖投下装置状態の二人を観察しながら叶恵は思う。

 曰く、俺の存在意義がぁ!?と。


 下らないことを考えているが、これでも受けた相談にはきっちり応えてきた叶恵である。

 尾行を継続することに決めたのだった。


 *


 その後、水族館で砂糖をぶちまけた二人は叶恵が脳内でどうせなら有名なところ行けと指示を出していたにも関わらずスルー(当然である)。結局某ファミリーレストランにお世話になっていた。叶恵はその間途中で買った饅頭を頬張りながら、偶然見つけたベンチに腰かけ、窓越しに二人の口元を見る。


 無論、読唇術のためである。

 以下、その時に叶恵が読み取った会話内容である。

 ついでに言えば普通に覗きである。


『結構適当に歩き回ってるけど……大丈夫?』


『は、はい!楽しいです!』


『そっか。なんて言うか、その……ようやくスムーズに話せるようになって嬉しいよ』


『ぁ…………すいません……私、あがり症なので、(好きな人の前だと)緊張しちゃって』


『え?今、なんて………』


『な、なななな何でもないです大丈夫です!あ、これ美味しそうですね!一緒に食べませんか!?』


『えっ、うん……良いけど、その、大丈夫?ご飯食べる前に先にデザート食べちゃって』


『だ、大丈夫です!ダイエット、しますので!』


『そ、そう?なら、頼もうか。あ、後、ご飯も選んじゃおうか』


『そ、そうですね!』


 -三分後-


『じゃ、じゃあ私はカルボナーラで』


『僕はマルゲリータピザで。あと、ドリンクバーを二つ』


『かしこまりました。ドリンクバーはあちらになります』


『ありがとうございます』


 -十分後-


『ご注文の品は以上で宜しいでしょうか』


『はい』


『ありがとうございます。では、ごゆっくりどうぞ』


『はい、ありがとうございます』


『………では』


『うん』


『『いただきます』』


 二人は終始無言で食べ続ける。

 別に気まずい訳ではなく、二人とも育ちがいいだけの事。


 だがこの状況に頭を抱える者が一人。


 叶恵である。


「何で一言も喋んねぇんだよあいつらは!」


 外国人美少年観光客の見た目のくせして流暢に日本語を話す叶恵を周囲の人達がギョッとしながら一瞥していく。

 中には二度見したり、暫くの間ガン見したりしている人もいるのだが、頭をフル回転させてこの後どうするかを考えている叶恵は気にもかけない。


(あぁもうあいつら二人ともそこそこ育ちが良いもんなぁ!お陰でこっちはより面倒になったっての!)


 ……いや、ただの現実逃避である。

 現実逃避に頭を使うくらいなら解決するために頭を使えばいいのにやはりこいつは(以下略


 事態が動いたのはそれからさらに五分後。

 以下、再びの読唇術より。


『ふぅ、ご馳走様でした』


『ご馳走様でした』


『良し、じゃあデザート食べようか。どれにする?』


『そ、そうですね………むむむ、チョコレートケーキかトリュフか……迷いますね……』


『それなら両方頼んで半分こにしようか』


『え!?い、良いんですか?』


『もちろん』


『…………』


『ん?大丈夫?』


『は、はい!大丈夫ですありがとうございます!』


『そう?なら良かった。それじゃあ頼もうか』


『はい!』


 -五分後-


『お待たせ致しました、チョコレートケーキとチョコトリュフでございます。ご注文は以上で宜しいでしょうか?』


『はい』


『かしこまりました。では、ごゆっくりどうぞ』




『えーっと……ここで半分に分けて、と』


『……こうですね!』


『うん。じゃあこっちを貰うね』


『は、はい!では、私はこっちを貰いますね!』


『『いただきます』』


『………ん〜っ!美味しいです!』


『ふふっ、それは良かったよ』


『はい!』


『ん、ちょっと席を外すね』


『どうしたんですか?』


『ちょっとトイレに』


『あ、すいません』


『謝らなくてもいいよ』


『そうですね。じゃあ私はドリンクバーに』


 悲劇(叶恵にとっては歓喜の出来事)はここで起こる。


 二人ともデザートを倒したりしないようにテーブルの真ん中に置いたのである。しかも二人とも似たような食べ方に似たようなペースのため、どっちがどっちか分からない。


 これを見てぐっとガッツポーズをとる叶恵であるが、傍から見たらある一点を凝視していた外国人美少年観光客が唐突にガッツポーズをすると言う奇妙なものに映るため、叶恵の周りからは人が減り、中途半端な空間ができていた。


 そうこうしているうちに戻ってきた二人であるが、同時に固まる。


『『これ、どっちが僕(私)の?』』

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