第51話 誰がために

 ドラゴラスの討伐に成功し、国へと凱旋したその夜、エスタールの屋敷では盛大な祝勝パーティが開かれた。

 そのパーティにはエスタールの者だけでなく、連合軍として共に戦ったレビエス家、ギール家、ドルトス家の者たちも出席している。


 その喜びっぷりは大変なもので、誰も彼もが心の底から笑っていた。

 ドラゴラスにアラン・ヴェスタール。これまでハイランドを悩ませてきた二つの元凶がいなくなったのだ。そりゃ浮かれもするだろう。


 ――しかし俺はパーティに出る気分にはなれなかった。


 楽しそうな声を遠くに聞きながら、俺は夜のテラスでひたすら空を見上げていた。異世界の夜の空を――

 ちなみにいつも俺の近くにいるあの三人は、今は側にいない。

 彼女たちは俺が一人でいたいのを察したのか、何も言わずそっとしてくれている。本当に出来た子たちだ。

 きっと今頃は美味しい料理に夢中になりつつ、パーティ会場の花となっていることだろう。それを思うと、少しだけ笑うことが出来た。

 だが、結局はすぐにその笑みも自然と消えてしまう。

 また、ぼうっと夜空を見上げるしかなかった。


 ――そんな中、俺の空間に入ってくる者がいた。


 ……あの子たちではない。

 じゃあ、誰か。

 俺は振り返る。


 ――正装姿のフレインがいた。


 青いドレスが、彼女の清純さを一層引き立てていると思った。

 飾り気の少ない銀の髪飾りも、彼女の素の美しさを引き出している。

 しかし、目を奪われたのも一瞬。

 俺はすぐに皮肉気な笑みを浮かべる。


「いいのか? このパーティの主役がこんなところにいて」

「それを言ったら、あなたの方こそそうでしょう?」

「俺は別に褒められるようなことをしちゃいないからな」

「そんなことはありません! ネル様のおかげで、この国は最小限の被害で難局を乗り切ることが出来たのですから!」


 ムキになって言い返してくるフレイン。

 そんな彼女に俺は笑うしかなかった。

 だが、笑いながらも俺は何も答えなかった。

 すると、フレインはハッと顔をこわばらせる。

 しばらく、彼女も何も喋らなかった。

 彼女から背を向け、再び空を見上げたところで、フレインが声を上げた。


「すいません、ネル様……あなたの手を汚させてしまって……」

「……別に。あんたのためにやったわけじゃない」


 俺は、俺の憎しみをぶつけただけだ。それはけして褒められるようなことではない。

 ましてや、同情などされていいはずがない。

 それなのに、彼女はこのように断言する。


「いいえ、あなたは全て私のためにやってくださいました」

「うぬぼれんな。俺は俺のためにしか動かない」

「違います! 全部私のせいです!」


 彼女は叫んだ。

 そして、俺の背中に抱き着いてくる。


「だから、そんな辛そうな顔をしないで……お願い……」


 それは彼女の心からの叫びだと分かった。

 フレインは俺の体に手を回してくる。


 ――彼女は泣いていた。多分、俺のために。


 それでも俺は、その手を握ることはしなかった。

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