第50話 決着の行方

 直接的な戦闘だけで言えば、ドラゴラスを相手にするよりも、人間を相手にする方がよほど楽だ。


 ――人間の脅威は数。であれば、その数さえ機能させなけばいいだけの話なのだから。


 故に俺にとって、ヴェスタールとの戦いはドラゴラス戦よりずっと簡単なものだった。

 なにせ今、軍の頭であるアランを目の前にしている。

 こいつさえ殺れば、この戦いは終わる。

 それを知ってか知らずか、アランは敵意と憎しみの籠った目を向けてくる。


「き、キサマァ!! よくも俺の竜を!!」

「心配するな。あの竜の傷は回復魔法で治る程度のものだ。お前と違ってあの竜には何の罪もないからな」

「な、なんだと!?」


 最大限の皮肉を込めて言ってやった俺に対し、アランはキレる。

 そんな奴に対し、俺は鼻で笑うしかなかった。


「お前、分かってるのか? この俺を前にして、お前はたった一人なんだぜ。頼りの護衛二人も、兵士たちも、ここにはいない」

「な、なめるなああああああああああああああっ!!」


 アランは大剣を抜き放って突っ込んでくる。

 俺はそれを、鉄の剣で軽くあしらい、ドラゴンスレイヤーを弾き飛ばしてやった。

 地面に突き刺さるドラゴンスレイヤーを目にして、アランは初めて驚愕の表情を見せる。


「な、なぜ……!? 前回は互角だったというのに……!」

「俺は魔法で身体強化出来るんだよ。前の決闘ではそれを使わなかっただけだ」


 そう、こいつはアレクより全然弱い。アレクは身体強化の魔法を使った俺とあそこまで打ち合えたのだから。もちろん、アレクも身体強化の魔法は使っていたが。

 つまり、この戦いは既に詰んでいた。

 俺はアランの眼前に剣を突きつける。


「まったくもって、救いがないな、お前は。まさか同じ国の仲間に対し兵を差し向けるとは……さすがの俺でも思いもしなかったよ」

「ぐ……!!」

「しかも、国の凶事となっていたドラゴラス討伐の直後に奇襲を仕掛けて来るなどとは、卑怯千万にもほどがある。呆れて声も出ないね」

「き、貴様!! 誰に向かってそんな口の利き方をしている!?」

「……どこまで呆れさせてくれるんだ、お前は。自分の立場が分かっているのか?」

「な、なんだと!?」

「もしかしてお前、まだ自分が助かると思っているだろう?」


 俺は剣を奴の顔に近付け、その額を軽く引き裂いてやる。すると、ようやく奴は恐怖の色を見せた。


「ひ、ひぃっ!? ち、血がぁ!? この高貴な俺の顔から、血がぁっ!? きき、貴様!! 絶対に許さんぞ!! 貴様は処刑だ!! いや、そんなものでは生ぬるい!! 最大限の苦痛を味わせてから、最大限の屈辱に塗れた方法で殺してやる!!」

「へえ。もしかして俺の女たちを俺の前で犯してから俺を殺すつもりとか?」

「な、なぜそれをっ!?」

「しかもその後、兵士たちにくれてやるつもりだったか? たまには兵たちにも良い想いをさせてやろうとか、勝手なことを考えて」

「お、お前、心が……!?」


 読めるのか? そこまで言いかけて、アランは口をつぐんだ。

 ……こいつ、既に遅いことに気付いていないのか?

 心の中でどこまでも呆れながらも、俺は言葉を続ける。


「どうせ俺のことも、指を一本一本切り落として行こうとか考えていたんだろ? フレインの前で」

「ど、どうしてそこまで!?」

「分かり易いんだよ、お前」


 そう言って俺はアランの指を一本切り落とした。


「ぎゃあああああああああああああっ!! お、俺の、俺の指があああああああああああああっ!!?」

「お前が俺やフレインにしようとしていたおんなじことをしてやるよ」


 俺はさらにアランの指を切り飛ばす。


「ぎゃああああああああああああああああああっ!! 指が、指があああああああああああああああああっ!!」


 ……くそ。自分のやろうとしていたことを身をもって知ってもらおうと思ったが、気分が悪いったらない……。

 無事な方の手で指を切り落とされた部分を握っているアランは、既に恐怖以外の感情を浮かべていなかった。

 俺は途方もない怒りが込み上げてくる。


「……もういいよ。せめてもの情けだ。死ね」


 俺は容赦なく、アランの胸に剣を突き立てた。


「ぐ……あ、こ、この俺が……」


 アランのセリフは、最後まで自分本位なものだった。

 ようやくやって来たお付きの護衛二人が、アランが倒れるのを見て叫び出す。


「ア、アラン様……!? き、きさま!!」

「許さん!!」

「許さないのはこっちだよ」


 何のためらいもなく斬りかかってきた護衛の二人を、俺はあっさり斬り伏せる。

 ……こいつらからも邪悪な思念を感じた。生かしておけば、きっとおぞましい結果を招いていただろう。


 ――だが、後味が悪いことこの上ない。


 ……だから人間と戦うのは嫌なんだよ……。

 まあ別に、だからと言って魔王軍を殺したいのかと言ったらそうでもないのだが……。

 俺はただ、自分に降りかかる火の粉を払っているだけだ。それだけのはずなのに……。

 俺はぶつけどころのないもやもやを晴らすようにして、地面に剣を叩きつけた。

 それで鉄の剣はあっさり粉々になってしまったが、代わりに地面には巨大な穴が空いた。

 その様を見せつけながら、遠巻きにこちらを見ていたヴェスタールの将兵を睨み付ける。


「……まだ、やるか?」


 俺の怒りの圧を受けたヴェスタールの将兵は、一斉に怯み、武器を捨て、ひれ伏し始めた。

 全員がひれ伏すのを目にしてから、俺は長い息を吐く。


 ――たった三人。たった三人殺しただけでこの戦いは終わった。


 それは奇跡的な犠牲の少なさだ。巨悪の首謀者の三人を討ち取っただけで戦いが終わったのだから、万々歳とも言える。

 ――だが、それでも俺のイライラは収まることはなかった。

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