第36話『エスタール公爵家。妹たちの戦い』


「まったく、お兄様は女の人には甘いんですから!」


 ペガサス姉妹が帰った後、仲間たちに事情を全て説明し終えた時、真っ先にそのように言ってきたのはルナだった。


「何だかんだ言って、勇者パーティのセレナとリエルも傷つけなかったしねー」


 どうやらエフィはそのことについて思うところがあったらしい。


「私がどれだけ殴っても許してくれますからね、マスターは」


 ……いや、それはもう少し自重してくれる? アイスマリーちゃん。


「ま、まあまあ、みんな。これはチャンスでもあるんだ」

「チャンス……ですか? お兄様」

「ああ。俺たちだけで戦ったら魔竜ドラゴラスを相手にするのは大変だが、しかしこの国の竜騎士団やペガサス騎士団を利用……じゃなかった、協力すれば案外俺たちは無傷でドラゴラスを倒せるんじゃないかと思っている」

「……やっぱりお兄様が悪どくなっています……」


 せっかく言い直したのに無駄だった。

 でも俺の言っていることは間違っていない。

 そもそも俺たちはこの国の問題に手を貸すだけなのだ。だったら矢面に立つのはこの国の者であって然るべきである。

 俺は俺の仲間に命を賭けさせるつもりはないが、しかし、それでも俺たちが協力することはこの国の者たちにとってもプラスのはず。文句など出ようはずもない。

 というか文句が出るなら帰る。それだけのことだ。

 そこまで説明すると、


「それでもマスターは本来、もう他人と関わりたくないっていうスタンスだったはずだよね? それなのに協力するって言ったってことは、そのペガサス四姉妹ってそんなに美人だったんだ~。ふーん?」


 ……エフィの目からハイライトが消えてる。それなのに笑顔だから怖い……。

 次にアイスマリーが言ってくる。


「確か、私とマスターが武器屋に行く途中、空からマスターに笑いかけていたあのアマですね? やはりあの時、道に落ちていた石ころを投げつけて撃墜しておくべきでした」


 この子、そんな恐ろしいことを考えていたのか!?

 ……彼女から目を離したらあかん……。

 その後、彼女たちの追及をかわしつつ何とか理屈を分かってもらうのに、かなりの時間を要した。

 そのせいで昼飯を食う時間もなく、ペガサス四姉妹の待つエスタール公爵家の屋敷に訪れる約束の時間となってしまった。



 **************************************



 目的地に着いた俺は、山の上に建てられたその建物を見上げる。

 エスタール公爵家の屋敷はかなり大きかった。小さな城と言っても過言ではないほどだ。

 さすがにハイランド王国の五大公爵家の屋敷だけあり、恐らく本当に城として機能するに違いない。

 この国の政治体制が五大公爵を中心とした合議制であるので、各公爵が半分王族のような形なのだろう。


 門前には既に出迎えのための執事が待機していて、俺たちを屋敷の中へと案内してくれる。

 門から屋敷の入口まで大分距離があった。

 その道中は激しくうねり、辺りには櫓や堀まである。

 山国であるせいか、どこか日本の城の構造に近いものがあるように見えた。


 各場所に待機している兵たちから敬礼を受けながら進んでいくと、ようやく見えてくる屋敷の入口。

 その入口の扉を潜った先にいたのは、これまたとんでもない美女だった。

 彼女はロングスカートの裾を掴み、優雅にお辞儀する。


「お初にお目にかかります、ネル様。わたくしはフレイン、ルン、ランの姉でマリア・エスタールと申します。以後、どうかお見知りおき下さいませ」


 マリア女史の第一印象はとても物腰の柔らかな大人の女性だった。

 ブラウンのロングヘアーに藍色の瞳。

 ドレスの裾から内太ももがちらりと覗き、大人の魅力を放っている。


「ご丁寧に痛み入る。ネル……という」


 家名であるアルフォンスを言うのはやめた。

 恐らくまだグルニア王国の出来事はこの国に情報として入っていないようだが、後々のことを考えると面倒なことになるかもしれないと思ったからだ。


「ネル様、ご勇名は聞き及んでおります。あのアラン・ヴェスタールを一騎打ちで倒されたとか。それに、あの妹……フレインが男性を見初めるなんて今回が初めてのことですから」


 マリアは楽しそうにくすりと笑った。


「立ち話も何ですので、こちらへどうぞ。ささやかですが歓迎させていただきます」


 マリア・エスタールは柔らかく笑ってから、先頭に立って俺たちを案内してくれる。

 その長い後ろ髪に見入っていると、エフィがハイライトの消えた目で俺の顔を覗きこんできて、魔法でマリアさんを吹き飛ばそうとしたので即行で止めさせた。

 そんなことがありながらも応接室へと案内されると、


「お兄さん、お待ちしておりましたー!」

「ですです!」


 いきなりルンとランに抱き着かれる。


「あらあら、申し訳ありませんネル様。ルン、ラン。ネル様が困っていらっしゃるでしょう?」

「困ってないです!」

「ですです! お兄さんは何だかんだルンとランを優しく抱きしめてくれているです!」

「これはもうルン・ランルート確定です!」

「なんならペガサス四姉妹ルート確定です!」

「あら、それだとわたくしも入っているのかしら?」


 いや、かしら? じゃなくて止めてくれないかな?

 というかここの姉たちは揃って末っ子二人組に流され過ぎだろ……。


「でも、ルンとランがここまで懐くのも珍しいわねえ」

「はい! ルンは甘々なお兄さんが大好きです!」

「ランも右に同じです!」

「甘々なので、こうやって既成事実を作っていけばいつか陥落すると思うのです!」

「いざとなったらフレインお姉ちゃんかマリアお姉ちゃんを生贄に差しだして妹ルートでもいいのです!」

「あら、わたくしは生贄として差し出されちゃうの? 困ったわねえ」


 あまり困っていなさそうに笑って頬に手を当てるマリア・エスタール。

 この姉妹でまともなのはフレインだけなのか……?

 俺の胸元でぴょんぴょん跳ねるルンとランだったが、不意にその小さな体が俺から遠ざかる。

 それはルナの仕業だった。ルンとランの腰を引っ張って必死に俺から離そうとしている。


「うわっ、何をする、ですか!?」

「貴様、何者だ、ですか!?」

「お兄様の妹なら間に合っています!」

「なに!? 貴様、もしかしてお兄さんの妹なのか!?」

「なに!? だったらお兄さんの妹となるルンとランの妹になるということに……」

「初めまして、妹!」

「勝手に妹呼ばわりしないでくださいませ!?」

「実はちょうど妹も欲しいと思っていたところなのです!」

「でも父上と母上に頼んでもこれ以上はいらないと言われてダメだったのです!」

「お兄さんと妹の二人をゲットできるなんてお得です!」

「これからよろしくお願いします……えっと、妹!」

「わたくしの名前はルナです!」


 もう滅茶苦茶やん。

 そう思っていると、


「いい加減にしなさい!!」


 ルンとランの二人にげんこつを落としたのはフレイン・エスタールだった。


「「ぬおおお~っ」」


 ルンとランは頭を抱えて床を転がり回った。


「申し訳ありません、ネル様……」


 ようやく現われてくれたフレインによって、何とか場は収拾したのだった……。

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