第25話『人形の誇り。決闘、エフィVSアイスマリー』


「お兄様!」

「マスター、しっかり!」


 それらの声に俺は目を覚ました。

 見ればルナとエフィが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。

 ……そうか、俺は気を失っていたのか。

 ルナが瓦礫をどかし、エフィが俺を引っ張り上げてくれる。

 ダメージが大きすぎて俺はまだ自分の足で立てそうになかった。

 瓦礫から出ると、すぐにまた草原に腰を下ろす。

 ……いくら油断していたとはいえ、一発でこれほどのダメージを負うとは……。

 それに、気絶させられたことも実は人生で初めてのことだった。

 凄まじい力を持った子だ……。

 あんなロリボディのどこにそんな力があるのだろう? 自分で作っておきながら、裸で立っているアイスマリーを見てそう思ったのだが、


「何をジロジロと私の裸を見ているのですか。殺しますよ」


 氷のように冷たい目で言われ、俺は慌てて視線を逸らす。

 ……ひええ、この子、本当に俺が生み出した子ですか?

 しかし、そんなアイスマリーに絡んでいくのはエフィだった。


「……ちょっとあんた、マスターに対して何なのその口の利き方? まずは謝ったらどう」

「は? 何を謝れと? 私は何も悪いことをしていませんが」

「マスターをこんな目に合わせて、あんたは悪いことをしていないって言うの!?」

「自業自得でしょう。裸んぼにさせられれば誰だって怒りますよ」

「だからってやり過ぎだって言ってんの!」


 睨み付けるエフィに、アイスマリーはこれみよがしにため息を吐いて見せる。


「あなたに私とマスターの何が分かるって言うのです?」

「はあ?」

「マスターは私にぞっこんなのです。私を埋める時に流してくれた涙を、私は一生忘れません」


 そう言ってアイスマリーは遠くを見つめる。

 無表情だから分かりづらいが、どこかうっとりしているようにも見えた。


「実際こうやって掘り起こしに来てもくれました。私とマスターは切っても切れぬ深い関係で繋がっているのです。ですので『あなた如き』にあれこれ指図される謂れはありません。申し訳ありませんが消えてくれませんか? いえ、いっそ死んでください」

「なんでそこまで言われなきゃいけないのよお!?」


 飄々と毒を吐くアイスマリーに憤慨するエフィだった。

 どこからどう見てもアイスマリーが優勢だ。


「むかつく! わたしこんな妹なんかいらない!」


 その言葉にぴくりと眉を動かすアイスマリー。


「は? 何を勝手に姉ヅラしているのですか」

「え?」

「私が先に作られたのですから、私が姉に決まっているでしょう? 妹如きが何をほざいているのやら」

「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしが先に命を与えられて、わたしが先にマスターと一緒に旅をしていたんだから!」

「妹はバカなのですか? 先に生み出された方が姉であると、世の中の相場は決まっているのです。だから妹はあなたです。バカ」

「バカバカ言わないでよ!? お姉ちゃんだったら妹に優しくすべきだし……って、違う! そもそもお姉ちゃんはわたしだし!」

「はあ、これだから理屈の通じない人の相手をするのは疲れるのです。やっぱり消えて下さい。いえ、死んで?」

「この子マジで口悪すぎ!!」


 エフィが地団太を踏んでいた。

 そして口げんかでは勝てないと思ったのか、


「だったら力で教えてあげる。どっちがお姉ちゃんかってことをね」


 エフィの手に炎の球が浮いていた。


「……いいでしょう。姉より優れた妹など存在しないってことを教えて上げます」


 アイスマリーは鼻を鳴らしながらそのように答える。

 ちなみにアイスマリーには俺のいた世界の『名言』を言うように設定してあったりする。

 いやいや、それどころではない。


「ちょ、ちょっと二人とも、待て。ケンカは……」


 そう言って止めようと思った時だった。


「死んじゃえ、クソ生意気な妹め!!」


 エフィがアイスマリーに向かってファイアボールを投げつけた。

 おい、そんな近い距離で撃ったらアイスマリーは避けられないだろ!? あの子は力はあるけど動きは遅いんだから……。

 そう思ったのだが、アイスマリーは、


「ふんっ」


 敢えて動かずファイアボールに向かって腕を振るった。

 そのフックパンチ一発で、エフィのファイアボールはあっさりと砕け散る。


「ウソでしょ!?」


 エフィが信じられないといった風に叫ぶ。

 魔力を散らすでもなく、魔力の防護壁を展開するでもなく、単なるパンチだけでファイアボールを消してしまうなんて、なんて力技だよ……。

 少なくてもそんな光景は今まで見たことがない。


「覚悟はいいですか?」


 驚いているエフィに向かって、アイスマリーがパキポキと手を鳴らしながら近付いていく。

 姿は小っちゃいのに、すごい威圧感だった。


「くっ」


 分が悪いと思ったエフィは箒に乗って離れていく。

 さすがに空に逃げられるとアイスマリーに手の出しようがない。


「……ずるいですよ」

「へっへーん。ここまでおいで~」


 エフィはアイスマリーを挑発すると、間髪入れずにファイアボールやらサンダースピアなどの攻撃魔法を連発する。

 アイスマリーは先程と同じようにパンチで魔法を散らすが、エフィは構わず空中から次々と魔法を撃ちこみまくる。

 アイスマリーは完全に防戦一方になり形勢は逆転していた。


「おい、二人とも。そろそろ……」

「マスター。ちょっとどいていて下さい」


 俺はアイスマリーにむんずと掴まれると、遠くにぽいっと放り投げられる。


「お兄様!?」


 アイスマリーのバカ力で放り投げられた俺を、追いかけてきてくれたのはルナだけだった。


「ひゃあっ!?」


 遠くでエフィの悲鳴が上がる。

 何事かと思って見てみると、アイスマリーが先程俺を投げ飛ばして砕いた岩山から、岩の破片を持ち上げてそれをエフィに投げつけていた。

 自分と同じくらいの大きさの岩を、まるで野球のボールのように軽く投げている。

 もの凄い勢いで迫ってくる大岩をエフィが紙一重で避けている状況だった。


「な、なにすんのよ!? あんなの当たったら本当に死んじゃうでしょ!?」

「殺すつもりですが、何か?」

「なっ!? だ、だったらこっちだってもう手加減しないんだから!」


 そう言って中級魔法の詠唱を始めるエフィ。

 そこから本気の潰し合いが始まった。

 中級以上の魔法と大岩が飛び交う戦場。

 ここは地獄かな?


「マスターはわたしのもんだ! あんたなんかに渡すもんか!」

「雑魚が何を言おうともマスターは私のマスターです。落ちろ蚊トンボ」


 女の子二人が地面を弾き飛ばし空気を切り裂きながらケンカしている姿はかなりシュールだ。

 しかもその片方は素っ裸。

 まあ、つるぺただから揺れるものもないが……。

 そう思っていたら瓦礫の一つが俺の頭に飛んできた。

 もう一度意識を飛ばされそうになる。

 さすが我が人形。ご主人様の思考を読み取ったか……。


「竜にして竜にあらず 魔にして魔にあらず 黄昏にたゆたう紅の王 紅蓮の炎に眠る暗黒の竜よ 汝の虚ろなる息吹を以て 我が敵を討ち滅ぼせ」


 その詠唱を聞いて俺はギョッとした。

 エフィ!? お、お前その魔法はシャレに……。

 と思っていたら、アイスマリーも一番大きな破片――家一個分くらいありそうな大岩を両手で持ち上げようとしていた。

 おまえら、やりすぎいいいいいいいい!!


「ドールズコントロール!!」


 たまらず俺はスキルを行使した。

 瞬間、二人の動きがピタリと止まる。

 それぞれの体を操って、エフィの魔法をキャンセルし、アイスマリーに大岩を捨てさせてから、元のフィギュアの姿に戻してやった。

 俺は走り出し、落ちてくるエフィのフィギュアをキャッチして、そしてアイスマリーのフィギュアも拾い、ため息を吐いた。

 そんな俺にルナが一言言ってくる。


「……お兄様。どうしてもっとまともな人形を作らないのですか……?」


 ………。

 うん、ほんとにね。

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