私 と 。

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第1話

羽島 はしま よう。24際。精神保健福祉士として医療機関で働いて2年になる。


まだまだ新人だけれど、のらりくらりと人の懐に入る性格のおかげで、患者さんやその家族、他職種関係者とも良好な関係を築いているワーカーである。



そんな私は、今とても貴重な有給を使って地元に帰ってきている。




「まだ若いのに…」


「涙ひとつ流さないなんて」



亡くなったのは、私の母である女。

私は唯一の肉親である母が亡くなった。41歳という若さで亡くなった。



母は私が嫌いだった、私も母を嫌っていたと言うより、関心がなかった。

母…美嘉さんは、私に自分のことを「お母さん」と呼ばせなかった。呼ぶと、声を荒らげ罵倒されるから物心着いた頃から、私は「美嘉さん」と呼んでいた。




「洋ちゃん」



棺桶に入っている美嘉さんの顔を見つめながら、遺産整理とか親戚がやってくれないかなと考えていたら、懐かしい声で私を呼ぶ人



「環くん」



環くんは、私の従兄弟で2つ上の兄的存在の日である。



「なんかやばい事になってる」



そういって、私の手を引き、隣の部屋に連れていく。襖の前まで行くと争う声や美嘉さんを罵倒する声が聞こえてくる。


「どういうこと?」


顔を顰めながら、睨むように環くんを見る。

私は、怒鳴り声や罵声が苦手なことを環くんが1番知っているはずなのに、なんでこんな所に連れてきたんだと憤りを感じた。



「ごめん、でもそれよりもまずいことなんだよ…

お前に、弟がいる」




「は…」



「お前には関係ないかもしれないけど、その子施設行きになるかもしれない、なんか可哀想で…」



「だから私にどうしろと?」



「どうしろ…って、」



環くんを責めるような口調で話をしている中、襖の奥からの言い合いに止まる気配はない。



深くため息をつく。


これで解放されると思ったのに、そう信じていたのに。



「環くん、ありがとう」



襖を開けると、中には言い争う醜い大人たち。可哀想な大人たちだった。


そして、その間に静かに正座している男の子が居た。






私は自分の目を疑いそうになった。


静かに座っている男の子の風貌は、まるでネグレクトされた子供代表的な例であるかのような姿だった。



一瞬で悟った。その男の子を産んでから美嘉さんがしてきたその男の子への仕打ちを。


美嘉さんという母に、亡くなったあともこれ以上絶望しなければいけないのか。私の母である人は、母になるべき人ではなかったのだと改めて痛感させられる。



「貴方たちは、そんな傷つけられた子供を前にしてその子の一応母である人を罵倒できることを逆に私は尊敬します」



私の名前すら把握していない親戚たちは、急に現れた私のことを次は罵倒し始めた。



その子に近づいて、目線を合わせようと座ってもその子は反応なく、ずっと床を見つめている。



「この子の名前は?」



「知らないわよ、出生届けも出されていない子供なんだから。あの女はこんなものまで残して」


「死んでもなお私たちに迷惑をかけるなんて」


「お前が責任を取れ」




「うるさい、黙れ」


その子に視線を向けたまま、周りで騒ぐ醜い大人たちに一括する


大きな声をあげても、その男の子は反応しない。

痩せこけて、1度も切ったことないであろう髪の毛、体臭も酷い。認識すらされていなかったのかもしれない。



私は、美嘉さんという母を捨てたことを後悔したことも無いし、この先しないだろうと思っていたが、こればかりは後悔した。


157cmの私ですら、痩せこけたその男の子を抱き上げるのは容易だった。



「なにするの!」



見知らぬ親戚の女性は、男の子を抱いている私の腕を掴む。



「私の弟なら、私が育てる義務がある。だからこの子は連れて帰ります。」


「お前に育てられるわけが無い、あの女の娘だぞ」



人を罵倒するしか能のない親戚の言葉を無視して、私はその子を抱えて部屋を出ようとして思い出し振り返る。




「美嘉さん…母の後処理はそちらでお任せします。私は弁護士を通じて、相続権を破棄しますので」




早く喪服を脱ぎたかったし、母だと思っていない人の葬式なんかに出るつもりもなかった。私は何のために、呼ばれたのか。なんで私は来なければよかったこの葬式に来ようと思ったのか。



神様なんて信じていないけど、この男の子を助けるなんて烏滸がましいけど、見つけるためだったのだと少し感謝したい気持ちになった。




抱いている腕が痛くなってきた。歩いて10分ぐらいだろうか。



世の中の子供を育てている親は、こうも大変なのかと感心していながら、これからのことを考えていた。



「あれ…?」


小さく聞こえたその声は、私の腕の中から聞こえてきた。


「話せるの?」


男の子は小さく首を縦に振る。



「良かった。名前は?」



「あんた」


「え?」


「美嘉さんは…、僕のことあんたって呼んでたよ、たまに、お前とか…だったけど」


「僕、おかあさ、…って言うとおこかれるから美嘉さんが呼んでくれるの、すごく嬉しかったんだ」



その事実に驚いてる私を見つめながら嬉しそうに話すその男の子は、それが本当に名前だと思って、美嘉さんに対する愛情や喜びを教えている。



見た目から見て、5歳ぐらいに見えるその男の子を知らなかったとは言っても放って、家を出ていた私自身を恨まずには居られなかった。



「でも…美嘉さんは、もういないって…あの人たちが、そしたら何も見えなくて、聞こえなくて…いつの間にかお姉さんに抱っこされてた」



目に涙をためながら、堪えているけれどたまりにたまった涙が溢れているその男の子を強く抱き締めずにはいられなかった。



「おねえ、さん…痛い」



「あ、ごめん」



「おねえさん泣いてるの?」



私まで泣いているのに、その子に言われるまで私は気づかなかった。



「ごめんなさい」



自分の涙に気づいた私はその男の子に謝罪の言葉しか出てこなかった。


"この子のために生きよう"


"この子が笑っていられるように"



私の生きる理由が、出来た。

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