調理実習

 5時限目は家庭科だ。

 内容は調理実習。

 皆で楽しく料理をして、お腹いっぱい食べられる素晴らしい授業だ。

 なぜ昼食直後にしたのか、という思いはあるが、時間割がそうなっているのだから仕方ない。


「ご飯だー」

「美咲、授業はあくまで調理だよ?」

「分かってるよー」


 そして、今日の私にとっては好都合だった。

 私は慧と家庭科室へ向かった。


「はーい、授業を始めますよー」


 家庭科の佐倉さくら先生のもと、調理実習が始まる。


「えー、今日は男女混合のグループを作って男子主体で取り組んでもらいます。女子は男子の指示の下、サポートだけしてあげてね」


 どよめく女子。

 このとき既に女子は料理ができそうな男子を探している。


「じゃあグループ作ってねー」

「慧、一緒にやろう」

「うん」

「美咲、私も混ぜて」

「恋奈、やろやろ」


 私は慧と恋奈とグループになった。

 慧はレシピがあれば料理はできる。


「作れたところからレシピと材料を取りに来てねー」

「行ってくる」


 慧がレシピを受け取りに行った。自分から行くとは珍しい。


「ところで、神井君は料理できるの?」

「知らないで来たの?」

「いや、皆から『こっち来んな』オーラが……」


 そういえば恋奈は料理ができなかった気がする。


「邪魔はしないでね」

「美咲にまで同じ目で見られてる!?」


 私は恋奈に軽く釘を刺した。


「ただいま。……どうしたの?」


 そこで慧が戻ってきた。

 私達の様子をいぶかしんでいる。


「神井く~ん、あなたの妻がいじめてくるんだよ~」

「誰が妻かっ!」

「そんなことより、始めよう」

「あれ、私のネタはスルー?」


 慧は恋奈の言葉を全く気にしていない。


「美咲がお腹を空かせている」

「慧、私を何だと思ってるの?」

「ははーん、愛妻家だねぇ」

「恋奈うるさい」


 私はそこまで食いしん坊ではない。育ち盛りなのだ。


「はーい。で、何作るの?」

「これ」

「シチュー?」


 慧が受け取ったレシピはシチューだった。

 材料を切って、鍋で煮て、ルーを入れて完成だ。これなら大丈夫だろう。

 ちなみにご飯はもうすぐ炊きあがる。時間の都合だ。


「簡単そうだね! さあ神井君、何でも言ってくれたまえ」

「水上さんは料理できるの?」

「きっと大丈夫」

「多分駄目」


 恋奈が根拠もなく自身に満ちているので、私が否定しておく。


「じゃあ座ってて」

「私クビ!?」

「美咲は野菜を切って」

「分かったよ」


 私は適当に野菜をとって一口大に切っていく。

 慧は鍋の準備と鶏肉を切っている。鶏肉は少し大き目だ。


「みさきぃ、私もなにかさせて」

「……じゃあ皮むきをお願い」

「分かった! 任せて!」


 恋奈が可哀想になってきたので、人参とピーラーを渡した。

 包丁を持たせる気にはならなかった。

 その間に私は野菜を切り終え、慧は鶏肉をフライパンで炒めている。

 料理男子みたいだ。レシピを見ながらでなければ。


「野菜は鍋に入れておくね」

「ありがとう」


 私の担当分は終わった。

 恋奈が何かやらかさないか見ておこう。


「皮むきできたよ!」


 皮むきはできたようだ。やけに誇らしげだ。


「ありがとう、次は食器を取ってきて」

「はーい」


 私は恋奈を体良く調理から引き離して、人参を切って鍋に入れた。


「あとは煮込むだけ」


 慧も鶏肉を鍋に入れた。

 しばし休憩だ。


「……もういいんじゃない?」


 待つこと幾分。

 鍋からいい匂いがしてきた。

 ルーも入れていよいよ完成だ。


「美咲」

「な……あっつ」


 『何?』と私は言いたかったが、その前に何かが口の中に入れられた。

 勢いで飲み込んでよく分からなかったが、多分シチューだ。


「美味しい?」

「びっくりして分からなかったよ! そして熱かった」

「ごめん。ふぅ、はい」


 今度は冷ましてから食べさせられた。美味しかった。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「ご飯3杯食べられそう?」

「そんなに食べられないよ!?」

「ん?」


 慧に不思議そうな顔をされた。なぜだ。


「好きなものはご飯3杯食べられるんじゃないの?」

「それきっと意味が違う」


 慧が言ったのは何かの例えだ。


「お熱いね~」

「それも意味が違う!」


 周りを見れば、クラスの注目を集めていた。おのれ恋奈。


「恋奈も味見するといいよ」

「あっち」


 恋奈にもシチューを食べさせた。もちろん冷まさずに。


「それじゃあ、よそうね」

「待って、味見させておいて感想聞かないの!?」

「美味しいのは知ってるから」

「じゃあ何のための味見!?」


 私はご飯とルーを皿によそっていった。


「いただきます」


 私達はシチューを食べ始めた。

 他のグループも完成したようで、同じように食べ始めている。


「出来上がったらグループは私にもくださいねー」


 佐倉先生の一言で、続々とシチューが佐倉先生のもとに集まっていく。


「あれ、多いですね……」


 最初は佐倉先生にはグループごとに感想を言ったりしていたが、段々笑顔がひきつっていった。

 それもそのはずで、昼食直後で1食分も食べられる生徒は少なかったのだ。

 味見の名目で、グループで食べきれなかった分が全て佐倉先生の元に集まっていく。


「ごちそうさまでした」


 私達はその頃には片付けに入っていた。

 皿洗いは恋奈に任せた。

 片付け終わったところでチャイムが鳴った。授業終了の時間だ。


「あわわ、どうしましょう」


 大量に余ったシチューは、佐倉先生が他教科の先生と美味しくいただきましたとか。

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