4-3 浴衣姿を見てほしいってのはそういうこと
第99話
綺咲が自宅に帰ってから、数日。
「そう言えば、夏祭りのことなんだけどさ」
ソファでスマホをいじる俺に、妹の琴音が話しかけてきた。
「夏祭りがなんだって?」
画面から目を離して顔を上げれば、キャミソールとパンツ姿の妹が仁王立ちして、こちらを見下ろしていた。そう言えば、という流れに対して態度はやる気まんまんである。
「あの商店街の祭り、あんじゃん。毎年行ってるやつ」
「あぁー、あれか」
妹が言う祭りとは、父親の店がある商店街で毎年開催されている夏祭りのことだ。商店街から少しはみ出すくらいの規模で実施されるそれは、あまり大きな物ではないのだが、出店が充実しており地味に人気がある。父親の店も出店することがあり、流れで毎年参加するのが恒例となっている。
「あれ、今年は手伝いが必要なんだっけ?」
「いや、必要ないよ。てかそうじゃなくて」
「ええ?」
「今年も衣央ちゃんと行くんだよね?」
今年も、と妹が言うのは、その祭りには、俺、琴音、衣央璃の三人で行くのが毎年恒例になっているからだ。
「そう、だなぁ、多分」
で、返事が曖昧なのは、特に約束している訳ではないからだった。幼馴染、幼い頃からの恒例ということで、自然とそういう感じになっている訳だ。
「それなんだけどさ、今年は二人で行ってきてよ。あたしはクラスの人と行くからさ」
「あ、そうなの?」
琴音の本題はどうやらここにあるらしい。
「いいのか? 毎年楽しみにしてただろ」
「はぁ。そうだけど、今年は譲ってあげるって言ってんの。せいぜい楽しむがいいわ」
琴音はまるで、理解できない俺の方が頭悪い、みたいな顔で見下したあと、冷凍庫に向かってアイスキャンディーを取り出し頬張った。なぜか得意げに俺を一瞥して。
まぁとにかく、これで今年の夏祭りは衣央璃と行くことに、どうやらなりそうだ。
「ところでお前さ」
「まだなんか用があんの?」
用があったのはそっちだろ、というツッコミは我慢して、俺は一番気になっていることを聞いた。
「いくら夏でも、年頃の女の子がパンツ姿はどうかと思うんだよ」
それを聞いた妹は、恥ずかしがって赤面――するかと思われたが、逆に汚物でも見るかのように冷めた目になった。
「はぁ? 何いっちゃってんの? なんで自宅にいてわざわざクソ暑苦しい格好しなくちゃなんないワケ? だいたいね、本当はノーパンになりたいところを、こっちは善意でパンツ一枚履いてやってるっつーの、感謝してほしいわ!」
琴音はそうまくし立てて階段を登っていった。
「つーわけで、祭りの件、よろしくねー、衣央ちゃんには言っておくからー」
そのパンイチの尻を見ながら、俺は感謝することにした。
パンツさん。今日も妹を露出狂にしないでくれて、ありがとう。
◇
その夜、綺咲から電話があった。
「よっ! 才賀っ! なぁにしてた☆?」
「おお、ちょうどエロ漫画読んでた」
「まじで!? どんなんかちょっと教えてみ? てか才賀の部屋ってエロ本あったっけ?」
「ないよ。てか冗談に決まってるだろ、微妙に事情知ってるノリやめて」
あれ以来、綺咲からよく電話がかかってくる。考えてみれば、毎晩かもしれない。そして大体そのスタートは「何してる?」から始まるので、最初は真面目に答えていたがネタにつきた俺は適当なことを言うようになった。その度にそこそこ踏み込んだことを言われるのでなんだかむず痒い。
「それでさ、今度一緒に行こうって話になって――」
あれから、綺咲は家族とうまくいっているらしい。話してみたら意外と気が合うということがわかり、コスメの話題で盛り上がることもあるそうだ。海外旅行にも誘われたということで、楽しみにしているらしい。
「……よかったな、綺咲」
俺がそういうと、息を吸う音がする。
「……えへへ」
綺咲は最近良く笑うようになったと感じる。あのいつもの綺咲スマイルのような完璧さというか、作られたというか、絵になるというか、そういうものじゃなくて、素が出てる感じだ。家族とうまく行くようになって、綺咲の機嫌も良いのだろう。
「それで、才賀はどこかに出かけないの?」
「ああ、俺は特にそういうの無いよ。友達少ないし、あっても地元の祭りに衣央璃と行くぐらいで――」
「――え?」
突然、綺咲がマジトーンで返答する。さっきまでの浮かれテンションからの落差に、こっちが逆に驚く。
「え、そんな驚くことじゃないでしょ、綺咲の海外旅行に比べれば、ちょっとそこらへんまで行くだけの――」
「いや、いやいや、そこじゃなくて」
「え? どこ?」
「じゃなくて、衣央璃と行くって、二人で?」
「え? ああー、うん、まぁそうかな? 多分」
受話器越しに沈黙が届けられる。
「……へぇ~……そう」
え? なになに?
「――ね、それ、あたしも一緒に行ってもいい?」
綺咲がまた急にいつもの完璧スマイルテンションで言い出す。
「んー、そうだなー、衣央璃に聞いてみないと――」
「――い い よ ね?☆」
受話器越しに伝わる圧というものを俺は生まれて初めて感じた。圧にやられて黙っていると、綺咲は納得したように頷いて、
「――じゃ、衣央璃にはあたしから聞いとくねー! おやすみ!」
そういって、電話を切った。
「……なんだったんだ?」
これが、夏の嵐の始まりだったなんて、この時の俺は考えもしなかったんだ。
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