第15話 この悪魔は何を考えているのだろう

 荒川恵美視点


 11話の続き

 前回のあらすじ


 アースそっくりの世界(マルフィ)へ連れていかれる

 ↓

 小悪魔と一緒に歩く、目を瞑った人間を目撃する

 ↓

 マルフィの人間達は、今もアースでの生活を盲信していると聴かされる


 -----------------------


「彼らは今もアースで生活を送っていると信じているのですよ」


 モロゾフの言葉を聴き、私はあまりの驚きに絶句した。


仮相界アースでの暮らしへの執着と自意識の放棄。それがこの世界を構成する全てです。

 あくまでも仮相界は仮の物ですので、真相の世界に仮相界を妄信する人間がやってくれば、このような空虚な世界が形成されます。

 本来人間は《今の自分がやっている事は真に価値あるものなのだろうか?》と自分に問いかける知恵があるものです。それは自意識から発せられる問いでしょう。

 しかし、アース滞在時から、親や周囲の人間などに”あれをしろ””こうするのがいい”など、外部からの刷り込みが行われ、やがて、自意識の放棄にいたり、最終的にはこのような世界に落ち着きます。彼らは死を迎えたことにも気が付いていないでしょう。」


 錯覚の中で暮らす目を瞑った人間......


 私の内側から、かつてないほどの哀れみの感情が沸き起こった。


「ど、どうにか助けることはできないのかしら?」


「いえ、彼らは目覚めないからこそ助かっています。

 本来であれば、仮相界から離れた後、彼らは暗闇の世界を彷徨うはずでした。

 しかし、ご覧になられた小さい悪魔が幻覚を見せ、アースでの生活が続いていると信じ込ませる事で保護しているのです。」


「えっ?でも、それって、助ける事になってないんじゃ....」


「助けることはそもそも不可能でしょう。

 彼らの内側から、今やっている事は真に価値があることなのか、疑問が生じない限りはね。

 暗闇の中で彷徨わせるよりは、幻覚の中で矛盾に気が付かせていく方が有益だと私達、悪魔は判断しています」

 モロゾフはビルの2階の大窓から、地面を歩き回る人間達に軽蔑の表情を向けつつ、、、、どこか慈愛を感じる眼差しも向けていた。


 モロゾフは本当に、人間達から悪魔と呼ばれるような存在なのだろうか?

 私の中でモロゾフに対する印象が変わりつつあった。


 しかし.......


「人間を矛盾に気が付かせる、ってどういうことなの?」

 私は聴いてみた。


 では、実際にその場面を観てみますか、とモロゾフが言った瞬間。

 私達二人の足元に魔法陣が浮き出し、



 目の前には神奈川県、鎌倉市の海岸の景色が広がっていた。

 私は鎌倉で生まれ育ったから良く知っている。


 かすみがかっているので海の向こうまで見渡すことはできないが、海岸で水着を着て寝そべっている男女が結構な数いて、必ず、小悪魔を連れている。

 どうやら、彼らの中ではここは真夏の海辺のようだ。

 あちらこちら楽しそうな声が聴こえる。


「ここに集まる人間達は快楽主義という精神傾向があります。下層の真相界では似ている者同士で引き合う力が厳密に働くため、自然と、互いで集まっているのです」


 では、早速やってみましょう。というと、浜から3mほど上空に魔法陣が現れ、液晶パネルのような大画面が宙に出現し、真夏で賑わう海岸のような場面が投影された。


「あれに映っているのは、彼らの観ている現実錯覚です」


 では、あれを観ていてください。始めます。と、モロゾフが言うと、海岸に集まっている人達全員を飲み込むような魔法陣が浮き出た。

 私は画面を食い入るように見つめる。


 すると、海の中から水しぶきをあげながら体長15mほどの怪獣が現れ、グオァアァアア!!!!と、雄たけびをあげた。

 まるで特撮映像である。

 浜辺で寝そべっていた人も歩いていた人も、悲鳴を上げながら一様に駆け出し、逃げていった。

 同時に、実際に私達の前で寝そべっていた人間達も駆け出して逃げていく。全員、目を瞑っていたが。


 モロゾフはアリの行列をつつく子供のように、少し愉快そうだった。

 ここだけ見ると悪魔らしくもある。


「どうです?アースではあのような怪獣は現れませんよね。

 このように、アースではあり得ないような状況を作り上げ、まずは死を迎えたことについて徐々に気が付かせていきます。

 まあ、すぐには気が付かないのがつねですが。」


「もうちょっと優しいやり方は無いのかしら。。。。みんな怖がってたわよ」


「私は悪魔ですから。

 本来であれば、これはマルフィより上の界の住民、または、天使がするべきなんですが、あの連中は自分や同類が進歩することしか考えていません。

 暗闇の世界を彷徨うことで見えてくるものがある....などと戯言をほざいて、結局、面倒だから放置しているだけです。

 こんなことを人間にしてやる義務もありませんが、まあ、私たち悪魔にとって退屈しのぎの娯楽ですね。」


 娯楽だけでやっているわけでは無いのは明らかである。

 それにしても、モロゾフの口ぶりから上の界や天使の事を良く知っているように感じられる。

 一体、何者なのだろうか。

 それに、なぜ、私をパーゲトルに連れていったり、今もこうやって私に色々教えるのだろう??

 謎は深まる。


「さて、リーディング魔法が上達したあなたに観てもらいたいものがあります」


 また私達の足元に魔法陣が浮き出て、次の瞬間.....


「えっ、ウソでしょ...!??」


 目の前に鎌倉にあった私の実家がある。

 後ろに竹林、隣が畑、家は2階建てで2階部分は1階よりも小さい一般的な家である。

 たぬきに似たロボットが出てくる国民的アニメの少年の家によく似ている。


 それにしても、取り壊されて今は別の家が建っていたはず.....

 物体が壊れても実体は消えないとはこの事なのだろうか。


 私の両親は病気により22歳で亡くなっていて、それで、実家の家は取り壊し、別の人が家を建てて住んでいたのだ。

 正直、私は両親が苦手であり、21歳で介護福祉士の資格を取って早々に家を出た。

 そんな矢先に両親が二人とも同時に亡くなってしまった。

 母は持病があったけど、死因は今も不明で、自殺の可能性もあるという。


「では、中に入りましょう。そして、両親の寝室に行ってみてください」

「....分かったわ」


 ドアを開け、見慣れた懐かしい内装が目につく。

 家を出たあの時のままなのね。

 1階の廊下をまっすぐ進むと、両親の寝室である。6畳の部屋にベッドが二つ並び、タンスなどがあり、かなり狭くなっている。

 当然といえば当然だが、両親は部屋の中にはいなかった。

 この界にはいないのだろうか?


 ただ、ベッドの上に何か置かれている。

 それは母がずっとつけていた指輪である。


「この指輪をリーディングして頂けますか」


 早速、ベッドに置かれた指輪をリーディングしてみた。

 指輪の下に魔法陣が出現する。


 私の脳裏に映像が浮かび始める。父が東京の宝石店で店員さんと指輪を選ぶ、その指輪を母にプレゼントする、指輪をつけた母と父、子供の私が旅行をしている。そして、この家で両親が喧嘩をしている......そして、二人は突然、胸を押さえ同時に苦しみ出す。

 赤黒い空、廃墟のような場所で母が困惑している。そして、病院のようだけど汚らしい待合室で母は座っている、窓から見える風景は赤黒い.......


 もしかして、お母さんはパーゲトルにいるの!!??


「はい。あなたの母親はパーゲトルの病院で、今も治療を続けています。それで体が治ると信じ続け。”あなたの目覚めのため”にも母親の元に行ってはいかがでしょうか?」

 

 何か気になる一言があったけど、とにかく行かなきゃ!!

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