第9話 母を想う友人の死

 「いますぐあの野郎をぶっ殺してやる!!」

 と思った瞬間、すでに俺は大魔神の前に立っていた。


 再び母さんを狙おうとしていた大魔神は俺に気付くとピクリと動きを止める。


 母さんに目を移すと.....


 頭を両手で隠してしゃがみ......震えていた。


 俺の殺意はさらに膨れ上がる。


 しかし、闘い方など知らない俺は、さっきの筋肉おじさんの動きを真似し、大魔神の顔面に拳を叩きこみ大魔神が吹っ飛ぶイメージをする。

 同時に、俺は大魔神の顔面に弾丸のスピードで飛び込み拳を叩きこんでいた。

 大気全体に衝撃波が広がる。


 大魔神は「ゴァア!!」と空気が震える重低音を一瞬漏らし、後方へ吹き飛ぶ。

 俺は大魔神が吹っ飛ぶ方向を見て、ヤバイ!!と焦った。

 そこには沢山の家々があったからである。


 大魔神を叩き落とさなくては、と思った。その瞬間、俺は吹き飛ぶ大魔神の上空にいて大魔神の腹部に拳を叩きこんだ。大魔神は仰向けに地面と激突し、ドガァア!!!という轟音が響き渡る。

 大魔神を中心にクレーターが出来ていた。家々は守れたが通路への被害は大きかった。


 ...........仕留めたかな?

 大魔神の生死を確かめるよりも、ふと、母さんの事が心配になった。

 母さんの事だから「めぐ君が死んでしまった」とか、まだ思ってるかもしれない。


 と気を向けたら、すでに俺は母さんの隣にいた。

 母さんはエメラルド黄色?の髪を両手で覆い、まだ震えていた。

 俺の存在に気付くと「あぁあ.....めぐ君ーーー!!」と、子供が大事なクマさんを抱きしめるようにして泣き出した。


 俺も母さんの背中に手を当てようとした、が。

 手を止める。



 ......どうやら大魔神は生きていたようだ。


 俺と母さんの足元を中心に大きな魔法陣が描かれ、金網のような光の線で周囲が囲まれた。

 大魔神に目を移すと、上半身を起こしこちらを凝視している。魔法を使っているらしい。


 俺は筋肉おじさんの真似をし、母さんと俺の周囲が魔法障壁で包まれるイメージをした。

 直後に、魔法陣から爆炎が吹きあがり光の金網の中を蹂躙じゅうりんする。

 それは5秒間ほど続き、魔法陣と炎は消えた。

 正直、冷汗をかいた。少しでも遅ければ母さんは消し炭になっていたかもしれない。


 俺はギリっと奥歯を噛み締めた。胸を圧するような苛立ちが募る。

 あのクソ魔神と自分の甘さに対してだ。


 俺の本能自我は大魔神を殺したがらなかった。だから、生死を確かめるのではなく母さんの元へ行った。しかし、結果的に、それが母さんを危険にさらすことになった。


 俺は怒りに任せ大魔神を殺す覚悟を決めた。

 その瞬間、俺は大魔神の目前にいて......


 その表情が見えた。


 大魔神の巨大な眼は怯えていた。


 さっきまでは大魔神を暴れるロボットぐらいにしか思っていなかったが、大魔神は知性を宿す僕らと同じ生き物だった。


 一瞬、呆然とした僕の脳裏に

”大魔神が光の粒子へと分解され、空へと上昇していくイメージ”が浮かんだ。


 直後、大魔神は手から腕へと光の粒子に変わっていき、やがて、全身が光の粒子になり、星々の輝く藍色の空へと上昇していく。


 僕は怒りを忘れ、光の粒子が昇っていくのをただただ眺めていた。



 ふと、我に返り、負傷していた筋肉おじさんの事を思い出した。


 すでに筋肉おじさんの隣に僕はいて、地面に半身をめり込ませたおじさんの様子を見る。


 僕は驚きを禁じ得なかった。おじさんの体の所々に穴や欠けがありつつも、血が出ていなかったからである。

 この世界の人間には血液が存在しないのか?

 さらには、血が無いだけではなく、断面が白い光のみを宿している。

 元居た世界では穴の断面は筋肉の筋・骨・臓器などが見えるはずだ。


 おじさんは苦痛に顔を歪めながら「君....が...あの魔神をたお....した...のか?」と言った。

 僕は咄嗟に「多分ですが....はい。おじさんのお陰で何とか倒すことができました」と伝えた。


「そう....か。君の母親を....ルーティアを...守ってくれてありがとう。」


 おじさんの元へ母さんも走り寄ってきた。


「ダンちゃん.....」

 と、口元を両手で抑え涙が頬を伝っている。


「名残惜しい....が...俺は...君と、しばらく会えない...かもしれない。でも....最後に..君の顔を..見る、ことができて....良かった」

 母さんはダンちゃんと呼ぶ男性の手を握り、涙ながらにうなずいた。

 おじさんは母さんの事が好きだったのだろう。


「私も....ダンちゃんと毎日お話したり、映画を観たり...本当に楽しかった。また会える時をずっと待ってるよ。」


 それを聴き、ダンちゃんと呼ばれた男性は晴れやかな顔で笑った。


 僕は、”もしかしたら、筋肉おじさんの傷が治ったイメージをすれば元通りになるかもしれない”と考え、試みてみたが体の穴や欠けは塞がらなかった。


 そうしている間に、ダンちゃんと呼ばれた男性の全身が光の粒子と化し、空気中に放散された。これが何を意味するのか、僕には訳が分からない。


 母さんはおじさんがいた陥没した通路に座り込み「うぅ....うぅぅ」と嗚咽おえつを漏らして泣き崩れている。

 僕は母さんの傍でただただ座ることしかできなかった。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 僕と母さんは、この酷い出来事から30分ほど経った後、母さんが滞在しているという家にいた。


 母さんは2階で休んでいる。さっき、フラフラと頭を壁にぶつけながら階段を上がっていった。

 無理もない、仲の良かった友人が大魔神にやられたのだから。

 (殺されたわけではない事が会話から伺えたが)


 ここは母さんらしく管理がしやすそうな小ぶりな家である。

 木材の木目を活かしたデザインになっていて温かみがある。

 ただ、木材の色は従来の薄茶色にパール色が混ざりラメがキラキラしてるような印象を受ける。


 しかし、普通の家にあるべきものが無い。台所とお風呂、トイレと洗面所である。

 この世界では腹は減らないのか?そして、汚れはつかないのか?用は足さないのか?

 疑問は尽きない。


 その代わり、本棚の数が多く、所狭しと本が並べられている。

 『メルシアの歴史』『アースの歴史』といった歴史関係のものや、『魔法大図鑑』『虫でも分かる初心者のための魔法講座』『訳あって絶滅した面白魔法達』など魔法関係のもの、『アース人との通信まるわかり』など通信関係?のものなど、ジャンルも様々である。


 母さんってそんなに読書家だったかな?元居た世界の母さんは家で本を読むよりは、友人と出掛けたりお酒を飲むのが好きだったような.....

 などと考えながら、『アースの歴史』という本を手に取った。

 というのも、アースって名前の響きは元居た世界でも聴いていたからだ。


 開いてみると、「第二次世界大戦」など様々な良く知っている歴史が書かれている。

 やはり僕の元居た世界はこちらの世界では「アース」と呼ばれているらしい。


 ただ、興味深い。アースの人間視点ではなく、あくまでもメルシアの人間視点で書かれているからだ。


 例えば、第二次世界大戦の場合では、様々な国家間での戦争について、戦争当事者である各国首脳・国民の精神に裏から影響を与える「パーゲトル軍との闘い」として書かれている。


 メルシア人類解放局は戦争を極力円満に終結させ、アースの人類に対して、国境を無くしたお互い助け合える社会の実現へと少しでも近づけるために苦心してきたようだ。


 一方、パーゲトルは国家間の分断を進め人間の闘争心・競争心を煽ることが目的らしい。


 どうやら、アースに住む人類の大多数にとってパーゲトルの方が精神的に近い位置にあるらしく、メルシアの人間がアースの人間の意識に影響を与えることは容易ではないと書かれている。


 その当時、エルトロンという総司令官がメルシア人類解放局を率いていた。

 エルトロンは天使であり、メルシアよりも高次の世界から降りてくる事で、この大規模な計画に着手したようだ。


 しかし、エルトロンは遥か高次の存在であるがゆえに、直接アースと関わることができないらしい。そこで、メルシア人類解放局の有志達の潜在意識に入り込み一人一人に影響を与える立場に立つことで人類解放局をアース人類の戦争被害縮小・精神向上の実現へと動かすになったという。


 元居た世界アース以上に、メルシアには長い歴史があるのだと感じさせる。


 『ピンポーン』


 と、アースの家々で過去聴いてきたのと似ているが、それよりも遥かに澄んだ美しい音が響いた。この世界におけるチャイムだろうか。

 家主でもない僕がドアを開けていいのか迷ったが、憔悴して休んでいる母さんに声をかけるのははばかられる。読んでいた本を机の上に置き、ドアを開けることにした。


 ガチャ。 


 ぎょぎょっ!?僕は目玉が飛び出るような思いをした。いや、たぶん、少し飛び出してただろう。

 そこには、老人ホームでの幻覚に現れた”ふくさん”が立っていたからだ。

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