第7話 エルトロンの帰還

野田周のだめぐるがメルシアに入界する一週間前 】


 カルバンの総指揮官バルカニスは執務室にて椅子に座り瞑想に没入していた。体の周囲から銀と青色が混合されたような光が浮かび上がり部屋中を覆っている。


 守護神の意識と自身の意識を同化させることでより良い解決策を見いだすための、いつもの習慣である。


 ここ2年間ほど、仮相界の一つである「アース」にてファントムウイルスなる存在による死者が多く、下層の真相界に流れこんできている。


 残念ながら、死者のほとんどは実体が目を覚ましておらず、死によりアースを離れた後には手厚く保護する必要がある。


 この任務は転生案内と言うが、相手を導くための専門的な技量・突如のトラブルに対応できる力の両方を要し、メルシア各地の養成機関を通じて転生案内人が育成されている。


 アースに滞在する人口は少なく、メルシアこの世界の人口は遥かに多い。

 そのため、アースの人類の半数が死者となろうとも、対応することは可能となっている。


 しかし、転生案内を遂行するにあたって大きな障害がある。テロ集団ユベールバーンだ。


 アースを離れた人間の保護のために転生案内人が向かえば、ユベールバーンと戦闘になることも多々ある。幸い、心格においてメルシアの住民の方が勝っているゆえに撃退は可能ではある。


 しかし、ここ最近、転生案内人の被害が多くなってきたのだ。


 この世界に肉体の死は無い。

 ただ、著しく体を損傷すれば休眠することになる。今もメルシア各地の病院にて休眠中の転生案内人は数多い。目覚めるまでの期間は休眠中の人間の資質による。


 瞑想中、ドアをノックする音が響き渡った。バルカニスは瞑想を切り上げドアの方へ「入ってください」と声をかけた。


 カルバンの諜報部長ミルコスタである。輝くような美しい黒髪をなびかせ、部屋に入ってきた。

 知能に優れているのを感じさせる油断の無い目を俺に向け

「報告があります。ユベールバーンと強力な悪魔が手を組みました」と伝えた。


「やはりそうか....」と俺は首の横あたりをさすった。


 しかし、ユベールバーンの属しているパーゲトルには悪魔はいないはず。あそこはアースから離れた荒くれ者達で構成されている世界だが、悪魔はいない。


「パーゲトルに潜入させていた部下の話によると、悪魔が使う空間魔法を行使こうしする人間が増えていて、街中でも、空間魔法による瞬間移動を目撃することがあるようです。」

 いつもは表情を変えないが、珍しく苦い顔をしてミルコスタは言った。


 秩序を乱すとして、神々から封印されていた瞬間移動を単身で人間が扱えるとなると、裏にいるのは悪魔の存在しかありえない....か。


 一体、何の目的でユベールバーンなんかと手を組むのだろうか。

 これは途方もなく厄介な問題になってきた。ミルコスタが苦い顔をするだけのことはある問題だ。


 もう1つ報告があります。


「アースに滞在していた”エルトロン”が一週間後、メルシアに帰還するようです。

 場所は、エルモンテスの街から丘を下りエベルローライトが正面に見える浜辺です。

 何らかの理由でこの場所に精神が紐づけられていたようです。


 実体はまだ目覚めきってはいないものの、すでに天使に匹敵する力を備えていると見られます。

 ただ、ユベールバーンも彼に目をつけているようですが、彼の”実体”についての理解はあまり無い可能性が高いでしょう。」


「彼の実体についてあのテロ組織が理解していないのは好都合だ。彼ならあそこの1戦闘員が現れた所で転生案内人無しでも撃退できるだろう。例え、悪魔が裏で手を引いていたとしても。

 まだ彼に真実を話すわけにはいかないだろうが、いつか話すことになるだろう。覚醒を見極めるためにも彼のことを注意深く見守ろうと思う。

 適任と思える人間を観察役につけてくれ。」


「承知いたしました。生前、母親をしていた”ルーティア”という女性に彼の入界を知らせようと思います。彼のことを探るには親密な親族が適任と思われます。それにあたって魔法「マセプション精神傍受」の使用許可をお願いいたします。

 冷静かつ、有無を言わさぬ勢いをにじませながら彼女は言った。


「人道に反する手段だが仕方があるまい。許可をする。」


 マセプションは対象の精神が得た情報を勝手に傍受ぼうじゅする魔法である。

 これは、人格において”事実に基づく推理力”と”目的のためなら手段を選ばない合理性”の2つが極みの域に達した人間のみが扱える。


 ミルコスタが諜報部門のトップに立ったのはこの2つの要素を満たしていたからというのもある。


 それにしても、少しの迷いもなくこの魔法の許可を求めるとは、恐ろしいほどの断決力だ。俺よりも総指揮官に向いているんじゃないか?と思ったが、彼女が上司である事を想像すると、頭が締め付けられる思いがする。

 おそらく、カルバンに所属する大多数が同じことを思うだろう。


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 美しい黒髪をなびかせながら無駄の無い動きで退室していった。


 エルトロンか。

 

 過去の彼を思い出すと恐ろしい思いがするが、何とかして力を借りなくてはいけないだろう。

 幸いだが、どうやら今の彼は随分と穏和になっているということだ。


 おそらく、アースにて彼の母親役をしていたルーティアという女性がメルシアに入界するほどに精神が向上していた事と関係がある。


 その過程を解き明かす意味でも、ルーティアにマセプション精神傍受をかける事ことは避けられないであろう。


 メルシアの住民に対してこの魔法を使うことになるとは、一線を踏み越えてしまったという思いが拭えない。

 しかし、この危機に対応していくためにはこの背徳感も乗り越えるべきものの一つであると信じる。

 それでも.....この決断には守護神の意志がどれほど反映されているのだろうかと考えずにはいられない。


 彼の動き次第では、監視を増やす必要もあるだろう。


 執務室の窓からいつも見える、環を持つ惑星カヴァーナが今日は目の前に大きく迫っているような気がした。

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