第3話 女神様から指導を受けた

 ・・・・・・


 砂場にいる男の子に女の子が駆け寄っていくのが見える。


「あーそーぼっ!」

 女の子が男の子に声をかけた。

 声をかけた先にはもう一人................自分だ。

「いーよー。」

 女の子の声は子供の頃、仲が良かった明海あけみちゃんだ。

 小学2年生、7歳ぐらいの時に一緒によく遊んでたっけ。たぶん、同い年だと思う。

 あの頃は良かったよなぁ。なんの心配もなく、ただ、毎日をどう楽しくするかだけを考えてた。


 おやおや?なんで夢の中で冷静に考えられてるんだろう。

 これはアレか。夢を夢として認識できる、明晰夢ってやつか。


 そうそう、なぜか知らないけど、明海ちゃんとは途中で会えなくなったんだよな。

 そういえば、母親は、交通事故で亡くなってしまったと言ってた。

 その頃は今の自分よりもっと鈍くて、その言葉が何を意味するか、まるでピンと来なかった。


 あ、場面が切り替わった。


 明海ちゃんが青信号で横断歩道を渡ろうとしてる。


 ん、なんだあの男は?道路の壁に腕を組んでもたれて、明海ちゃんの後ろ姿をじっと見てる。

 いかにも悪そうな、狡猾という表現が当てはまる。

 それでもって髪の色は紫?金で首元を装飾された黒いローブを着てる。

 どう考えても目立つし、近づきたくない感じのやからだ。しかし、道を歩く女性はそこに何も存在しないかのように男にぶつかるスレスレを歩いていった。


 まあ、それはいいとして、輩が動いた。

 え!?あれ.........なんだ....?

 輩が腕組みを解くと、前に魔法陣のようなものが現れた。


 その途端、明海ちゃんから半透明の明海ちゃんが引きずり出された。


 輩は、混乱した様子の半透明の明海ちゃんを連れて、また地面に現れた魔法陣が光ると同時に消えていった。


 呆然とその様を見ていた僕。ふと、横断歩道を渡る明海ちゃんに目を移した。


 そのすぐ後、猛烈な加速をしてきたミニバンぐらいの大きさの車が明海ちゃんを............轢いた。

 7、8メートル飛ばされた明海ちゃんは首の角度もおかしく血まみれである。

 誰が見ても即死だと分かる。


 おいおいおいおい!!!なんなんだよ、これは。

 その様子を見て、吐き気がこみあげてきて....その事実に気付いた。



 誰かが僕の手を握っている。


 それは明晰夢の中ではなく


 ”ベッドで寝ている僕の手を物理的に誰かが握っている”


 もはやパニック状態で目を開けた。


 そこにいたのは、部屋全体を覆うオーラがかった美しい女性だった。

「あばばばばっ!!!??」

 変な奇声を上げながら後ろの壁に頭と肩を打ちつけた。が、相変わらず痛くない。

 手を握っていたのが美人だろうが、ゴキブリだろうが、このシチュエーションだったら同じ反応をするに決まってる。


『驚かせてしまい、ごめんなさい。

 あなたと直接話すためにはこの方法しかありませんでした。』


 目の前の女性は尋常じゃないほど美しい、何だ、あの髪の色。黄金の深紅とでも言えばいいのか??あんな色、今まで見たことがない。

 その顔はハリウッド女優に包容力+オーラを何層にもわたってまとわせたような美しさだ。

 女神などという言葉では表現しきれない美しさだった。


『私はあなたの魂の奥にいる存在です。あなた達の世界では潜在意識と呼ばれることが多いようですね。

 今まで、あなたを含む、様々な方達を通じて世界に働きかけてきました。

 あなたが”環境の変化に対する不動の心”を手に入れたことで、より直接的に接触することが可能になったのです。』


「はあ.....」

 僕は返事なのか吐息なのか分からないような返事がやっとである。


『時間が限られていますので早速用件をお伝えいたします。

 あなたは本日、肉体の死を迎えるでしょう。

 それと同時にさきほど見せたローブの男があなたの魂、いや、実体をさらいにきます。

 その男に抵抗し、撃退してください。


 このような事実一つとっても”環境変化に対する不動の心の持ち主”が相手でなければ伝えることができません。

 今は詳細な説明ができませんが、死期を知りつつも死期を知らないのと同じ精神状態を保てるという条件が必要なのです。

 あなたはその条件を満たしていました。』


「そ、それはどうも」

 女神様が放つ光輝こうき包容力ほうようりょくゆえか、少しずつ冷静さを取り戻してきた。


『あなたの肉体の死は夜の7時頃に訪れる予定です。

 それまでに、「身の回りの観察」と「瞑想」を行って頂きたいのです。

 その目的は、真実の世界に少しでも慣れることで、あなたの実体を攫いにくる相手を確実に撃退するためです。

 すでにお察しのようですが、あなたの精神はあなたの現実を変えていっています。

 実際の所、それは幻覚ではありません。あなたの精神に見合った真実の世界が徐々に表れてきているだけです。


 神による制約により、重い試練の場であるあなたの世界では、通常、精神が環境に変化をおよぼせる範囲は制限されています。

 しかし、とある事情により、あなたを中心に精神世界真実の世界が大きく反映されています。』


「あの、身の回りの観察とはどのようにすれば良いのでしょうか?」

 僕の実体とやらを攫いにくる相手との決闘を思うと、できるだけ詳しく聴いておきたい。


『色々な物を見て回り、あなたや他の人の精神が周囲の世界と連動しているのを観察していくだけで結構です。

 慣れるほどに、肉体の死を迎えたときに、実体を思うように動かすことが可能になります。

 無自覚かもしれませんが、あなたはかなりのレベルにおいて実体真実の世界をベースにした思考をされています。

 それでもまだ少し、肉体基準の物の見方をしているため、観察を通して実体に精神を近づけるほうが良いでしょう』


「分かりました。ありがとうございます。

 できるだけ観察していきます。」

 なんだかえらい評価されているようだが、本当に僕はその評価にふさわしいのだろうか?

 僕より立派な人間なんて沢山いるような気がするのだが。

 まあ、女神様がそう言うなら、そういうことにしておこう。


「では、瞑想についてはどのようにしたら良いのでしょうか?」


『ただ座り、何もしない時間をとってください。

 こちらの世界には適切な言葉が無いので仕方がなく「瞑想」という言葉を使いましたが、何もしない、と捉えるのが正しい理解になるでしょう。

 また、精神を集中させて瞑想をしようともしないで下さい。

 逆説的な言い方になりますが、瞑想をしようという意図が壁になってしまい、私からのエネルギーを妨げることになるでしょう。

 瞑想何もしない状態は、あなたを通して私が顕現するために必要不可欠です。

 今後、あなたがゆく道のりの中でも、大切な方法となるでしょう』


「了解しました。何もしない時間を取ろうと思います。

 しかし.....こんな僕があの輩(やから)に勝てるでしょうか?

 生まれてこの方、人を殴った経験もなければ、人から殴られた経験もありません。

 さっきも魔法陣を見ただけでも僕はあっけにとられて硬直してたもんで。

 それに、争いごとは嫌いで、できることなら避けたいと思っています。」


『うふふ、真実の世界においては、あなたのような人間こそ強き者になります。

 じきにその意味が分かるでしょう。

 では、また近々お会いできると思います。』


 女神様は優しい光を残して消えていった。

 何から何まで本当にありがとうございます。南無南無。

 神々しすぎて、つい合掌をしてしまった。

 また会えるのが待ち遠しいぜ。


 片思いの相手にデートの約束をしてもらったような気分である。

 まあ、あの格が違いすぎる神々しさを前にしたら、下心なんて持ちようがない....ん...だ....が。


 意識が徐々にフェードアウトし、意識を失った。



 ・・・・・・・・・・


 気が付いたら目を閉じてベッドに身を横たえていた。

 まさか夢だったなんて無いよな。


 まあ、いいや。死ぬまでの予定も特に無かったし、夜の7時までに身の回りの観察と瞑想(何もしないこと)をしよう。

 と思い、目を開けたらすでにおかしなことになっていた。






 こんなん観察しないほうがおかしいだろう!?




 目の前には広すぎる部屋が広がっていた。

 僕の城は6畳のシングルだったはずなんだが、見た感じその6倍はある。まじで城になった!?

 白を基調にしているが、エメラルドの緑のような輝く線の模様が壁や天井に彫られている。


 寝ていたのも簡素なパイプベッドだったはずなんだが、上質な木材の広いベッドになっている。

 大人が3人ぐらい寝られそうだ。

 その木材も茶色の中にルビーの赤を溶かし込んでキラキラさせたような見た事のない色になってる。


 はあ、はあ、息切れをしてしまった。

 見たことがない色に関してつっこむのは今後は必要なときのみにしよう。


 周囲を見渡すと、様々な家具が少し広い間隔で置いてある。

 また、棚を見ると、楽しかった場面とかが写真立てとして飾ってある。

 両親と静岡に旅行にいった時や、吾郎や他の友人とバーベキューした時の写真だったり.....あ、明海ちゃんと遊んでる時の写真もある。


 パジャマを脱いで服を着ようと、クローゼットを開けた。

 クローゼットにある服はいつものチェック柄の長袖シャツとジーパンである。


 どこかの王子様が着る、かぼちゃパンツとか、白タイツとか出てくるかと思った。


 それで、着替え終わり、外に出て様々なことを観察しようとドアの方へ行ったら....

 まあ、なんということでしょう。


 ドアだけは昨日までの家のままだった。

 シミがついてたり錆びていたり。


 これは僕の精神に残る、いわゆる肉体的な視点を象徴しょうちょうしているのだろうか??


 ドアに手をかけ、おそるおそる開けてみる。

 げっ!!バタン。ドアをまた閉める。


 何か、恐ろしいものを見たような。

 え?何が見えたんだって??

 んー、酔いそうな怖いトリックアートみたいなの。


 僕は意を決して、ドアを開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る