【第一章 プロジェクト・リバース】3
ほぼ徹夜した日の朝、ユウたちは懲罰を言いわたされた。
ライフルスタンドにずらりとならんだ八九式小銃、全てぴかぴかに清掃済み──を見て、武田士長が言ったのだ。
「なんだよ、すげえ汚れてるな」
なかば予想どおりであった。難癖つけられる気はしていたのだ。
かくして、午前中は仮設基地の芝生で草刈り。
のび放題の雑草と格闘したあと、午後から同じ芝生で本当の格闘訓練──。
「おまえ、何かスポーツやってたんだろ? なのに全然鍛えてねえのな」
ばしっ! ユウはヘッドギア越しに殴られた。
武田士長とユウ、そろってTシャツとズボンだけになり、格闘訓練用のグローブとヘッドギアを身につけている。
それを五、六人の兵士と伊集院が眺めている。
ただし伊集院以外は、殴られるばかりのユウを見て、にやにや嘲笑している。
「い、一之瀬っ。そろそろ代わるぞ!」
「うるさいぞ、デブ。それ決めんのオレだよ。黙ってろよ」
「は、はいっ!」
太った伊集院にすごみながら、武田士長は縦拳を連打する。
ヘッドギアに、立てつづけに衝撃が加わった。ユウは両手でガードをあげて、ひたすら堪えるのみ。防戦一方だった。
反撃してもディフェンスされるだけ。ガードに徹する方がマシだからだ。
武田は徒手格闘、それも打撃技が得意なのだ。そのうえ一八〇センチ、七〇キロを超す鍛えた体。とても中学生男子がかなう相手ではない。
「おまえ、ほんとにひょろいし、だらしないよなー」
にやにやしながら、武田士長は中段の回し蹴りを放ってきた。
脇腹に受けて、ユウは真横へふっとばされた。
「そんなだから、すぐにふらふらすんだよ」
(うるさいな。わざとだよ)
思うだけで口には出さない。
最近、暴力を受けつづけたせいか、ユウは気づいていた。
バカ正直に殴られる義理はない。打撃が当たる瞬間、体を脱力させて、その威力を綿のように受けながす。殴られても蹴られても踏んばらず、むしろ突きとばされながら衝撃を逃がすのもいい。ダメージを結構減らせる。
これもユウなりの自衛策。弱者には弱者の戦術がある。
伊集院にも『やってみるといいよ』と教えたら、『そんな器用な真似、暴行されながらできるか! できる方がおかしい!』とキレられたが。
ともかく相手の好きにさせて、疲れるのを待っていたとき。
「──何をしているの、おまえたち?」
不意に、冷たい女性の声が割り込んできた。
「そのふたりは私の研究チームのメンバー。基地運営のために人員を割く必要性は、もちろん理解しているけど。まもなく実験がはじまるの。私のスタッフをこれ以上拘束する権限、おまえたちにはないはずよ?」
白衣を着た女性研究者──金髪からは長い耳が突き出ている。
端整な美貌は儚げで、地上の人間とはどこかちがって見える。クロエ先生は亡命エルフの《賢人》なのだ。日本での通名は東堂クロエ。エルフ族としての正式な名は、ひどく長くて覚えづらいのだとか。
二〇年以上も前、地球へ逃れてきた移民団のひとり。長く日本に滞在し、エルフの持つ異世界の叡智と地球の先端科学を融合させた功労者──。
高次ナノテクノロジーの権威であった。
ようやく解放されたユウと伊集院。
前を行くクロエ先生につきしたがって、芝生を歩いていた。
エルフ──。いわゆる『異世界の種族』であるクロエ先生の肌は白く、陶磁を思わせるほどつややかだった。
淡い金色の髪はアップにまとめている。ただし。
先生の美しい顔立ち、地球の白人ほど彫りは深くない。
彼女と会うたび、ユウは菩薩像を思い出す。修学旅行のときに奈良のお寺で見た。切れ長の瞳に神秘的なアルカイックスマイルを浮かべていた──。
ユウは遅ればせながら、礼を言った。
「先生。わざわざ探しにきていただいて、助かりました」
「いいの。『大佐』には再三、モラルの低下を警告しているのだけど、仮設基地の規律は乱れるばかりで──」
クロエ先生はおそろしく流暢な日本語で言った。
「むしろあなた方を十分に守れず、申し訳なく思います」
「いやほんと、クロエ先生だけはまともで助かるッス」
伊集院もありがたそうに言った。ちなみに『大佐』は仮設基地のボス。生きのこった士官のなかで最も階級が高かったのだ。
「あの、正直なところ“外”から救援が来る可能性、あるんですか?」
ユウがずばりと質問したら、クロエ先生はきっぱり言った。
「個人的な見解だけど、ほぼゼロでしょうね。敵の侵入拠点──《ポータル》が近くにあるかぎり、無線のやりとりもできないし」
「やっぱり」
「そうッスよねえ。敵に東京をまっさきに狙われて、永田町とか市ヶ谷もあっさりつぶされましたもんねえ……。泥縄で立ちあげた臨時政府も九州方面に逃げたっきりで、何かやってる気配もないし。オレらの未来は暗いなあ」
伊集院もぼそぼそ愚痴る。
が、ここで先生は驚きの発言をした。
「それもあるけど、それだけじゃないわ。通信が封じられていても、救援要請の使者を直に派遣することはできるはずでしょう? ……もう機密も何もないと思うから、ふたりには教えておくけど。大佐はあえて外部と連絡を取ろうとしていないの」
「えっ。どうしてッスか!?」
「手元にある『最後の希望』を渡したくないのよ。救援部隊を送る余裕、まちがいなく臨時政府にはない。来るとしたら、たぶん日本国外から……。そのときは確実に、三号フレームは接収されてしまうでしょうね」
「着装者三号のスーツ──僕たちで覚醒実験をやってるあれですか!?」
クロエ先生が語る未来予測に、ユウは愕然とした。
「遅い、です」
仮設基地、第四研究棟の地下格納庫──。
亜麻色の髪の少女が不安そうにつぶやいていた。一之瀬ユウたちが着用する詰め襟、あれと対になる女子用の制服を着ている。
白いセーラー服、ただし衿のところとリボンは青い。
そこに黒のニーソックスと、白地にストライプのベレー帽を合わせていた。
「ママと
東堂アリヤ、一三歳。
亡命エルフのナノテクノロジー研究者・東堂クロエのひとり娘。地球人種よりも、明らかに耳が長めだった。
ぷりぷり怒るアリヤの前、格納庫の壁には強化スーツが掛かっていた。
着装する人間の全身を特殊装甲でおおい、人工筋肉でパワーを増幅する──だけの
Exo-Frame type:Asura──a型エキソフレーム。
通称、アスラフレーム。
漆黒の《
黒ベースの配色だが、装甲を縁取る金色のおかげで地味さはない。
二一世紀の科学と、エルフ族のもたらした異界の叡智。双方を結集させた決戦兵器にして、人造の
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