【第一章 プロジェクト・リバース】2

「君たち、すごく若いけど軍の人?」

 野犬の撃退後、小太りのおじさんに訊かれた。

 銃を持ったユウたちを、不思議そうに見つめている。子供の方は安心したせいか、一軒家の壁にもたれて、うとうとしていた。

「ええと。何て説明しようか、伊集院?」

「オレらはですねー。ほんとは中学生なんですけど、『大撤退』の何ヶ月か前に幼年従事者として軍に徴発された者で、少年兵とでも言いますか……」

「少年兵!?」

 驚くおじさん。ユウは肩をすくめた。

「人手不足のせいで、いろいろやらされたしね」

「本当はオレら、技術部の所属なんです。……実は日本がヤバくなる直前に、ナノマシン適性って数値の高い中高生がこっそり集められたんスよ。次世代ナノ技術、十代のうちにマシンを移植しないと適合できないとかなんとかで」

「なるほどねー。いろいろあるもんだ」

「そういうおじさんは避難所の人ッスか? 初めて会ったような」

 ずばり伊集院が質問する。小太りメガネのおじさんは苦笑いした。

「最初はあそこにいたんだけどね。居心地悪くて、すぐに出ちゃった。国防軍の連中がやたらといばるし。いじめられるし。今はこの空き家で暮らしてる」

「あー」「わかります」

 伊集院ともども、ユウは強く同意した。

 おじさんはちょっとオタクっぽいルックスで、気弱そうで、武田士長あたりがすぐに目をつけそうな人であった。

「ぼくひとりだけだから、飲み物と食糧をあちこちで集めながら、どうにかしのいでいたんだけど。今夜は子供の泣き声を聞いちゃって、様子を見に来たら犬たちがね……。最近、動物がずいぶん増えたよね」

 はあ、と、おじさんはため息をこぼした。

「行きたくないけど、そろそろ避難所へもどらないとダメかなあ」

「よかったら、僕たちといっしょに……」

「いやあ。まだいいよ。もうすこしひとりでがんばってみる。あ、でも」

 おじさんは急にへらっと愛想笑いした。

「何か食べ物あったら、分けてくれない? 最近あまり食べてなくて」


「ほんっとうにありがとうね、あんたたち!」

 迷子の母親から、勢いよく礼を言われた。

 まだ若い──二二、三歳のお母さん、まさにヤンママだ。

 髪の色もだいぶ明るく、こんな状況ながら派手めのメイクもしていた。学生時代、かなり遊んでいたような外見である。

 結局、ユウたちは男の子だけ連れて、仮設基地にもどった。

 今は避難所となった倉庫のすぐ外。もう深夜なので、一〇〇名を超す難民はほとんど寝静まっている。

 子供の方はすでに寝かしつけられた。

 みんながぎゅうぎゅう詰めで雑魚寝するなか、すやすや眠っているはずだ。

「あ。あたし、そろそろ行かなきゃ。士長さんのところに報告、とか、ね」

 にこにこしていたママがいきなりハッとした。

 ユウと伊集院は曖昧に笑って、無用の詮索は避けた。

 戦闘と災害がつづくなかで頼れる身内は全て失い、子供ふたりをかかえている。食糧の配給もとぼしい。だから彼女は割り切って、軍人たちの“相手”をすることで、もろもろ優遇される道を選んだ。たとえば多めに食べ物・お菓子や嗜好品をもらうなど。

 だから、周囲から白い目で見られながら化粧もして──

 さっきのおじさんといい、みんなたいへんなのだとユウが切なくなったとき。

「そうだ。あんたたちに伝言があるんだった……」

 言いづらそうに切り出された。


「くそ。自分が使うものは自分たちで掃除しろお!」

「武器庫の銃の分解と掃除なんて、昼にやればいいだけなのに……」

 とっくに日付の変わった深夜の武器庫──。

 伊集院とユウ、床にあぐらをかいていた。

 ばらした八九式小銃のパーツをならべて、せっせと磨いている。ガンオイルをしみこませた布きれで、煤や指紋、何より塩を落とすために。

 海が近いせいで潮風にさらされ、金属部分が錆びやすいのだ。

「この銃でオレらが寝込みを襲いにくるとか、考えないのかね?」

「ないんだと思うよ。あいつら、ゆるみきってるもの」

「昔の自衛官とくらべて、国防軍の採用基準はめっちゃ低いんだよな。人員不足のせいで、履歴書持った一八歳以上なら誰でもOKなんだとよ……」

 節電のため、ビンに入れたサラダ油に火をつけた即席ランプのみが光源。

 十分な明るさとは言えないが、やるしかない。ユウの方が器用な分、てきぱき作業を進めていく。磨いたあとは銃の組み立て。

 慣れた兵士は、三分台前半で分解・結合までを終わらせるとか。

 が、もちろんユウたちはもっと時間がかかってしまう。

「伊集院は数よりも丁寧さ重視でおねがい。汚れが見つかったら──」

「ああ。また連帯責任で、ふたりそろって懲罰だ! 今度はあんなヘマしない!」

 軽い懲罰は五キロの罰走、二〇回の腕立て伏せ。

 だが、ときどき吐くまでやらされる。最悪なのは格闘訓練に参加させられて、いいように殴られ、蹴られまくること。ユウはぼやいた。

「甲子園に毎年行くような野球部なら、“よくある”ことなのかな……」

「どうだろうな? オレは小学生の頃から文化系一筋のスポーツぎらいだ。運動部のことは全然想像できないぞ。一之瀬の方がわかるんじゃないか?」

 伊集院は逆に訊いてきた。

「おまえ、ずっとサッカーやってたんだろ?」

「僕も小さい頃からクラブチームだけで、所属も浦和のジュニアユースだったから。体育会系のことはわからないよ。中学のサッカー部なんて見学さえしていない」

「どうちがうんだよ?」

「上下関係とか超ゆるい。先輩のお世話もしないし」

 こうして、数時間の深夜作業を経て──

 ふたりはついに武器庫を出て、ドアに施錠。空が明るくなりはじめている。

「もうすぐ夜明けかよ。参るよなー」

「そろそろ避難所にもどろうよ、伊集院」

「でも今から寝たって、すぐに起床時間だしなあ」

 夜明け前、明るみはじめた瑠璃色の空を見あげてから、伊集院が目を輝かせた。

「ちょっとつきあってくれよ。一之瀬に新しい特技を見せてやる!」


 五老ヶ岳の山頂は、かつて観光名所の公園だった。

 国防軍の施設になったあとは、研究棟や倉庫がいくつも建てられた。電力供給が途絶えたあとも、自前の発電施設で細々と電気を得ている。太陽光発電のパネル、超伝導モーターを用いた風力発電用の大型風車も目立つ。

 そして、高さ五〇メートルの旧展望タワー──。

 観光地時代の名残である。屋上には現在、大きなアンテナが設置されていた。法螺貝に似た形状が特徴的だ。

「何なんだろうね、ここ。クロエ先生も教えてくれないし」

 首をかしげるユウ。伊集院が答えた。

「観測所みたいなもん、じゃね? アンテナからレーダー波とか照射する。ま、とにかくここ、カードキー持ってる士官じゃないと入れないだろ?」

 通用口はぶあつい自動ドア。今も閉ざされている。

 ドアの横には、カードを差し込むスリット付きの操作盤。半球状の『ナノマシン移植者専用インターフェイス』も設置されていた。

 その半球を──伊集院は右手でタッチした。

 電子音が鳴る。ぴっ。ぴっ。ぴっ。そして伊集院はつぶやいた。

「ドア、開くぞ」

「えっ!?」

 驚くユウの眼前で、自動ドアは『しゅっ!』と開いた。

「どうやったの、今の!?」

「最近さ。覚醒実験でよくを使ってるだろ? あれで慣れたのかもな。いつのまにかできるようになってた」

 伊集院が右手をぱっと開く。

 手のひらにリング状の光が浮きあがっている。ユウは興奮した。

「ハッキングしたってこと?」

「ああ。移植者用の操作器がある機械なら、手でさわるだけでなんとな〜く使い方とか状態がわかるんだ。オレら、ナノマシン適性ってのが高いだけで、こんなところまで連れてこられたけどなっ。はじめて役に立った感じ!」

「へえぇぇ。やるなあ」

 今、ふたりの前に『秘密の扉』が開いている。

 その先はエントランス。かつて観光用の展望タワーだったからか、受付らしきカウンターがあった。初めて見る。

「……ねえ伊集院。ちょっと入ってみない?」

「……そうだな。脱走計画を進めるためにも情報が欲しいところだし──」


「監視カメラがあったらイヤだね……」

「どれ。んー、すくなくともこの廊下にはないな。いやタワー全体が節電モードというか、自動ドアとかエレベーターとか、最低限のところだけ動くようにしてる感じ? ま、カメラが動いてても、監視役に回せるほど人もいないしな」

 伊集院は両目を閉じて、つぶやいた。

 たまたま廊下の壁についていた操作盤──ナノマシン移植者用の半球デバイスにさわりながらである。

 ユウは感動し、相方をほめたたえた。

「すごいよ。マンガとかに出てくるハッカーみたいだ」

「いや『パソコン操作してる』感は全然ないんだ。端末にさわると、つながってる機械のこともフィーリングでわかる、みたいな。『考えるな感じるんだ』の世界。……いちばん重要っぽいところは最上階か」

 ふたりはすぐにエレベーターへ乗った。

 最上階、高さ五〇メートルの展望階へ到着。三六〇度ぐるりとガラス張りで、外の景色を見渡せるようになっていた。ただし。

 床には、大きな木箱が数え切れないほど置かれている。

 太いケーブルもあちこち這いまわっていて、足の踏み場を見つけるのにも苦労する。とにかく雑然としていた。

 それでもユウは──展望ガラスへ寄っていった。

 舞鶴湾とその先に広がる若狭湾が見える方角、つまり北西。ユウは目がいい。そちらの空に浮かぶ異物をしっかり肉眼で視認していた。

 ユウの視界のなかでは、指先ほどの大きさだった。

 巨大な岩塊が空中に浮いている。その上には石造りの城があって──

「あいつらの《ポータル》、また見えるようになってきた……」

「一之瀬! これを見てくれ!」

 伊集院が大きなガラスケースを指さしていた。

 直立させた長方形のケース。青い液体で満たされている。なかでは一糸まとわぬ裸の少女が眠っていた。

 青みがかった黒髪。両目を閉ざしていても、はっきり美貌とわかる。

 さくらんぼのように桃色の唇からは、あぶくがときどき洩れ出てくる。そして何より特徴的なのは耳。長く、先端がとがっている──。

 ユウは気づいた。

「眠ってる子、エルフだよ!」

「たしかに、クロエ先生と同じくらい耳が長いな。昔のSFでよくあった冷凍睡眠みたいにも見えるけど……どういうことなんだ!?」

 眠れるエルフ少女を収めたケースにも、操作端末はついていた。

 タッチして伊集院は目をつぶる。眉間にしわを寄せ、情報を探りにかかった。

名称クローンエルフ……? くそ、これ以上は有資格者じゃないとアクセスできないようだぞ」

「クローン?」

「そういや、ネットのうわさで前に見たな。亡命エルフの魔力と脳だけ利用できるようカプセルに閉じ込めて──奴隷にする装置があるって。各国の軍部が共同開発したとか」

「この子が奴隷ってこと? ひどいじゃないか!」

「あとでクロエ先生に訊いてみようぜ。もう時間もあまりないしな」

 夜明け前の『たれどき』、すでに終わっていた。

 東の方角に広がる丹波高地の山並みから、太陽が顔を出しつつあった。空が明るい。まもなく朝日が完全に昇るだろう。

 エルフの少女は、朝焼けの陽差しを浴びながら眠っていた。

 年齢は一五、六歳だろうか。のびやかな肢体を隠すものは何もない。ユウは気恥ずかしくなって、顔をそむけた。

 とにかく伊集院の言うとおり、ここを去るべきだった。

 エレベーターへ向かった相棒を追いかけようとして──ユウは、背筋に電流が走ったように感じた。

 ハッとして、エルフ少女の方へ向きなおる。

 可憐な面差し。まぶたを閉ざした瞳。なのに、ユウはこう感じてしまった。

『待っていたぞ、あなたを──』

 そう、語りかけられたように。

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