第12話 ハルトの実力の一端






 突如現れた闖入者ちんにゅうしゃであるハルトに対し、リーリアと集団の生徒は訝しげな表情で彼を見つめる。


 白いワイシャツにネクタイ、黒いズボンといった小奇麗な格好をしているのだが、何処か清潔感に欠けただらしない雰囲気を纏わせていた。

 彼は真っ白な剣を肩に担いで、クリスティアを庇うようにリーリアへ視線を向ける。


 その一方、リーリアは鼻を鳴らすとハルトと名乗った青年をじろりと睨み付けた。



「ふん、ハルト・クレイドルですってぇ……? そんな魔剣使いの名前、一度も訊いた事がありませんわねぇ。貴方、いったい剣技練度ソードアーツはいくつですのぉ?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた! 俺の剣技練度ソードアーツはなんと―――1000パーセントだ!!」

「ふざけてますの?」

「あっれぇ!?」



 ででーん!と自信満々に言ったのにまさかの一蹴。リーリアの苛立ちに満ちた表情に対し、ハルトは思わず顔を引きつらせてしまう。



剣技練度ソードアーツの上限数値は”100パーセント”と旧神エルダーの時代から定められておりますわ。わたくしたち魔剣使いが腕に装着するこの【上限測定装置アーツゲージ】が示す上限数値がそれを証明しております。それを1000パーセントなどと桁外れな数値を騙るとは……恥を知りなさい!!」

「お、おぅ、必要なくなった・・・・・・・から忘れてたぁ……」



 説明口調のリーリアの叱咤を受けたハルトはそっと目を逸らす。


 【上限測定装置アーツゲージ】とは、元は魔剣使いの身体能力・剣術・魔力を総合して数値として測定することが出来る旧神エルダーの時代の神々が共存する人間の為に作ったアーティファクトの一つだ。


 人間による魔獣駆逐の際に強さの指標で重宝されたが、時代の流れにより様々な改良が施され、現在のこのような腕輪のような形となった。


 ハルトは昔、とある事情で【上限測定装置アーツゲージ】が外れているのだが、つい先程までその腕輪の存在をすっかり忘れていた。つまりアホである。


 閑話休題。



「ふん、先程から適当なことばかり……。さぁどきなさいな。いくら教師とはいえ、わたくしの邪魔をするならば容赦しませんわよ!」

「おいおい、もう勝負は決まっているようなもんだろ。クリスは全身傷だらけ、お前は無傷。ここはもうお前の勝ちってことやめない? ほら、無益な争いは何も生まないっていうじゃん? 一応教師として、お前の度の過ぎた訓練?は見過ごせないんだよ」

「なら、力づくで止めてみてはいかがぁっ!?」

「はぁ……、やっぱりこうなるのか」



 ハルトはやれやれと内心溜息を吐きながらも、地面を蹴るリーリアを見据える。彼女は頭に血が昇ったのか、これが一応”訓練”だということをすっかり忘れているようだ。


 敵意が既に殺意になっていることを自覚していない。


 だがハルトはそんなことは関係なしにと無防備にも迫り来るリーリアへ背中を見せる。目を見開いてハルトの登場に驚いているクリスティアへ向き合うと―――、



「クリス、ちょっとごめんな?」

「ハ、ハルトさん! どうしてここに!?」

「説明はあとだ。少しだけ、安全な場所まで離れてろよ」

「えっ、いきなり何を……!? って、きゃあ……ッ!?」

「はぁっ!! ―――な、き、消えたっ!?」



 リーリアは魔剣ウィンディアでハルトを斬ろうとするが、まるで瞬間移動したかのように消え去る。

 全力で振るった剣が空を斬る感覚に動揺するリーリア。



「わ、わたくしの速度に反応したんですのぉ……ッ!? い、いったいどこに……!?」



 慌てて彼女が周囲を見渡すと、今まで離れていたリーゼのもとにクリスティアを抱えたハルトが立っていることに気が付いた。



「よし、ここでいいか」

「う、うわぁっ!! ハ、ハルト様いつの間にこちらへ!? それにクー様も!!」

「う、うぅぅぅ~~~ッッ……!!」

「ん? クリス、そんなに顔真っ赤にしてどうしたんだ? よっと……、うん、クリスは軽いな。ちゃんと飯食ってるか?」

「ははははいぃぃぃ!? たたた食べてましゅ……っ!!」



 顔を真っ赤にして噛み噛みながらもそのように返事するクリスティア。その様子を見たハルトはニッと笑いながらゆっくりと、大切なモノを扱うように彼女を地面に降ろした。


 ―――そう、ハルトはクリスティアをお姫様抱っこしていたのだ。


 それからも目を白黒させながら借りてきた猫のようにクラリスを抱きしめて身を縮こませていた彼女だったが、無事を見届けたハルトはすくっと立ち上がる。



「クリス、あとリーゼ。ここで観てろよ」

「は、はいっ!」

「わかりました!」

「良い返事だ。―――おーい、リーリアだっけ? ごめんごめん、待たせたな」



 軽い口調でハルトが遠くに離れているリーリアへ声を掛けるが、彼女は怒りで身体を震わせながら彼を睨み付けていた。



「くっ……!! 先程から貴族たるこのわたくしをコケにしてぇ……!!」

「いやホントごめんって。その代わりちゃんと―――」



 ―――俺がお前の訓練に付き合ってやるよ。


 そのようにハルトが言葉を口にした瞬間、ぞくりとリーリアの肌が粟立つ。彼女は知っていた。この強者特有の、空気の変化を。



「ッッッ!!」



 反射的にリーリアは魔剣を身構えると、ガキンッ!!と強い衝撃が襲い掛かった。思わず表情が歪む。

 まるで鉄槌で思い切り殴られた様なとても重い衝撃。魔剣を握っていた手にまでじんじんと鈍い痛みが響くが、彼女はなんとか離すまいと強く力を入れた。


 いつの間にかリーリアの目の前には刃を抜いたハルトの姿があった。跳躍で一気にリーリアとの距離を詰めたのだ。

 薄緑の刃と白銀の刃のあいだには火花が散る。



「お、初撃は防いだか。なかなか良い反応してんじゃん?」

「ふっ……、くっ、重い……ッ!!」



 苦悶の表情を浮かべながらも必死に耐えようとするリーリア。拮抗した鍔迫り合いが続くかと思われたが、対するハルトは余裕の笑みを崩すこと無く口を開いた。



「喰らいつこうとする意気込みは結構だが、足元がお留守だぞ?」

「なっ!?」

「ウソだよーん」



 リーリアが足元に注意を向けた瞬間、ハルトが剣を下に傾けながら彼女の魔剣を滑らす。今まで向けていた力の方向性を捻じ曲げられた彼女は、突然の出来事に思わず「キャッ!」と悲鳴を洩らしながらバランスを失いかけた。


 このまま地面に倒れるかと思いきや、ハルトは器用にリーリアの身体を支えるようにして片手で半回転させながら肩を押す。


 そのおかげで彼女は地面に転ぶこと無く怪我をせずにたたらを踏むだけで済んだ。リーリアは目を白黒させながらも何故か転倒を回避してくれたハルトに感謝の言葉を告げようとするが―――、



「あ、ありがとうござ―――」

「ぷーくすくす! やーいやーい騙されてやんのー! だっさー!」

「殺す」



 ハルトが心底小馬鹿にしたような表情でリーリアを指差すと、彼女は顔を真っ赤にさせて剣を振りかぶる。

 

 ハルトは変わらず笑みを浮かべながらも、剣を以ってそれに応えた。



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