溶ける想い

イトウマ

第1話

溶ける想い



お湯が湧いた音が聞こえた気がした。

夏はいつでも音が聞こえずらい。暑さのなかでぼうっとして、もあもあとして、音が他の季節よりも遠くで聞こえる。ポッドを見に行くとしっかり湧いていた。良かった。いつも通りの動きで、いつもと何も変わらないように、急須に茶葉を入れお茶を注いだ。湯飲みに茶を注ぐ時に、何かを消すようにゆっくりとゆっくりと入れた。嫌なことを溶かすようにゆっくりとゆっくりと入れた。


どうすれば良かったのか、という事を考える。上手くいかなかった理由を、見捨てられた理由を考える。もう後悔はないつもりだし、もう過去になったと思っている。それでも、こびりつくように頭の”錆”みたいに残っている。あの時、もっと向き合っていれば、もっと素直に伝えていたら、何か変わったのだろうか。何度も何度も考えたことが、決まり事のように頭の中に浮かんでは意識的に消す作業を繰り返す。それでも過去のことだと思い込ませている。


そんな事をダラダラと考えていたら、どうにかなってしまいそうな気持ちになった。むしろ、どうにでもなれという気持ちでベッドに倒れた。ベッドに沈んでいく。私の体重をゆっくりとゆっくりと沈めていく。このまま、どこか深い深い闇に連れて行ってくれれば良いのに。


口づけの感触は思ったよりも変な感じだった。ツルッとしていて、あなたの唇ではないような気がした。なんとなく、これは夢だと気付いた。夢の中に出てくるなんて、よっぽど未練がましいのだろう。夢の中ということもあって、なんだか他人を見ているみたいで、この2人が情けなく感じた。滑稽で、ダサくて、今も求めあっている。別になんでもない関係なのに。いや、元々なんでもない関係だった。一線を何度も超えただけだ。何度も何度も線を超えたせいで、元々いた線が分からなくなってしまっただけだ。そう思ったら、元々上手く行ったことなんてなかったし、上手くいっていたと思っていたのはその瞬間だけ満たされていただけだ。私はそれでも、あなたが好きだから、あなたの服に手をかけゆっくりと脱がそうとする。あなたはゆっくりと私の手をほどき、私から遠ざかっていく。夢の中でもあなたは常識人で、それがすごく悲しかった。あなたはいつもちゃんとしていて、私はそれが悲しい。私はずっと動けなくて、でもあなたはどんどん遠くに行ってしまって、たまに振り向いては、すごく前からそこに立っていたみたいな顔をする。私の横にいたことなんて忘れたみたいにとても美しい顔をしている。


目が覚めたら窓から夕日が見えた。時計を確認したら17時34分で、長く寝ていたわけではないことを理解して安心した。とりあえずスマートフォンから音楽をシャッフルで流したらaikoさんの桜の時をが流れてきた。あなたと過ごした数日置きの日々はなんだか、それ自体が夢みたいに思えて悲しくなった。繋いだ右手も、あなたの視線も、ゆっくりと交わした会話も、幸せなキスも、全部さっきの夢の中の話のような気がした。どうにもならない日々が続いていく。きっと私はもう少しの間、過去に流されて生きていく。過去自体が波に流されるまでは。そんな事を考えながら一度使った茶葉で、二煎目のお茶をゆっくりとゆっくりと入れた。私を溶かすように。

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溶ける想い イトウマ @mikanhyp

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