愛の代価

ヘイ

第1話

 その愛はいくらで買えるのか。

 何千枚もの貨幣を貢いでも足りないのか。

 家族愛。異性愛。友愛。博愛。偏愛。

 どんな愛でもいいから、愛を与えて欲しかった。蝋燭に火を灯そう。この暖かな光が愛を求める救難信号。

 誰にも届かないほのかな光はひっそりと一人を照らすだけ。

 愛を売る商人がやってくる。

 黒馬車に乗って、それはやってくる。

「愛が、欲しいですかな」

 黒いスーツを見にまとったシルクハットを被った紳士然とした男。

「生憎だけど、金がない」

「それでもお客様。貴方は愛を願って蝋燭に火を灯した」

「僕に払えるものなんてひとつもない……」

「でしたらお客様。こんなものは如何でしょう?」

 その男は少年に提案する。

「貴方様の記憶を戴きましょう」

 愛の代償は記憶だった。

 それが何故かは少年にはわからなかった。新月の日に現れた、その男性が何を求めていたのかなどわからない。

 ただ、彼は思ったのだ。苦しい記憶も、愛のない記憶もどうでもいいのだと。忘れたくないものなど一つもない。

 ただ、記憶だけを取ることは出来るはずがない。

「これで契約は成立致しました」

 この契約はあくまで両者の合意のもとで行われた。

「それでは愛を。貴方に授けましょう」

 そう言ってその男は白い手袋を右手から外して掌を見せた。

 くらりと少年の視界が揺れて、夢の世界に旅立つ様に、少年は倒れた。

「それでは、これにて私は退散させていただきます。エクソシストが来ても厄介ですので……」

 その男は再び、黒馬車に乗り込んで霧を立てると、最初からその場にいなかったかの様に姿を消してしまった。

 この場に残ったのは少年と火の灯った蝋燭のみ。十分ほどして、少年が目を覚ますと同時に蝋燭の火は掻き消えた。

「あう……?」

 知性の宿らない瞳で少年は辺りを見回した。

「あー、あー」

 そういうことだ。彼は、少年は全ての記憶を失ったのだ。生まれた瞬間から、愛を受け取っていた先ほどまでの全ての記憶を。

 

 ーー契約は履行させていただきました。

 

 そんな男性の声が聞こえた気がした。

 

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愛の代価 ヘイ @Hei767

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