【中編-A】-allegro.-
【??-?】-?????-
おかえりなさい。そして、ごきげんよう。
あなたにはどこまで話したかしら? エリスには会えた?
まだなら、あの扉を開けてみて。
大丈夫、間違ってもゴーストハウスではないから。きっと、あなたにとって有意義な時間になるわ。
―――。
あら、必要なかったかしら? ごめんなさい。
あなたはここに来るべくして、来たのね。
……ということは、エリスと出会って彼女がどんな面持ちで今日という日を迎えたのかを、見てきたということね。
どうぞ、こちらへ……。
―――。
―――――。
【ここはどこ? 私はだぁれ?】 という顔をしているわね。
まずここがどこなのかを理解するには、途方もない時間が必要になるでしょう。だからまだ、説明しないでおくわ。
あなたがもう少しこの世界の理に近づいたら、簡潔に説明してあげる。
今はただ【そういう場所なんだ】という認識で構わないわ。言葉も、概念も、時間も、身体も、すべてが不確かな世界。
足元を見てみて? 遠く宇宙の様に果ての無い底から、言葉や、光や、何か分からないものが沸々と湧いてきているのが分かる?
それは全て【何か分からないもの】なの。説明しようがないわ。
……そうムキにならないで。そうね……あなたに一つ概念の話をしましょう。
【ネガティブ・ケイパビリティ】を思考の片隅に置いてほしいの。
これはかつて、とある詩人が提唱した言葉なの。平易な言葉でいえば、分からないものを、分からないまま受容する力のことよ。
大事なのは【受容すること】。多くの人は、せっかちに答えを求めるわ。問題提起したら、すぐに結論を言えとね。
私からしたら窮屈な生き方だわ。アンチテーゼでも逆張りでも構わないけれど、ここではまず、ネガティブ・ケイパビリティを受け入れてね。
でもほら、あなたは私の世界に触れた。そしてこの物語に触れたことで、何か分からないものも、少しずつ受け入れ始めているんじゃないかしら。
エリスの心もそう。未知とは恐怖だったけれど、その何か分からないものをエリスは受容したとも言える。
意外だった? それとも想像の範疇だったかしら。
もしも意外だったなら、あなたはきっと良い人ね。人間の持つ顔が二つだと思っているのだから。表と裏を知れば最適解が見つけられる。
敵を知り、己を知ればなんとやら……だったわね。
想像の範疇だったなら、あなたは悩める人かしら。信じる者に裏切られ、手のひらにあるものは隙間から零れ落ち、幾度となく傷つけられてきた。それはもう裏どころじゃないわ。例えるなら万華鏡。
水は方円の器に随う、という諺があったわね。水は四角い容器に入れれば四角に、丸い器に入れれば丸く形を変える。
転じて人も、環境や人間関係によって良くも悪くも変化するわ。
その意味では、人は【多面的】ともいえる。感情は喜怒哀楽だけではないの。
それが分からないと【水を理解することは出来ない】。
そして、この世界の見方と心の在り処は、あなたの中にあるわ。
つまりそれは、観測者によって変わるものなの。見方や捉え方が違うように、理解や解釈も変わり、その先に夢想する世界も異なるでしょう。
同時に、朗読者によっても様々な【色付け】が施されるわ。
これから話すことも、私の言葉、私の概念、私の解釈で物語りが進んでいく。
だから、子守歌……。
物語には結びが存在するけれど、答えや正解は存在しない。それはひとえに、
【解釈】になるの。
ふふ、難しかったかしら。
大丈夫、あなたはあの扉を開かなかった。戻るのではなく、進むことを選んだ。
もう一度私と、エリスの物語りを紐解いていきましょう。
それでは、始めましょうか。エリスの物語りの続きを―――。
さぁ、目を閉じて。耳を傾けて……。
【君が見た景色】
~~中編A~~
-allegro.-
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
さて、時間軸は再び戻る。エリスの出立からにしよう。
エリスの前には、悠然と広がる森が見える。
そこには白魔女が居て、これから3日3晩過ごさなければならない。
一体どんな人なんだろう? 何歳くらいなんだろう? それよりも、エリスはどんな表情をしている?
……あなたにそう見えたなら、きっとそれが正解。
彼女には、私たちのことは見えないけれど私たちはすぐ傍に居て、エリスを見守っている。
ドキドキする。だってもう、【私たち】の旅は始まっているのだから。もうエリスは振り返らない。前だけを見つめて、心は未来を向いていた。
『わぁ……こんなところにスイートピー! 綺麗~! 普段、村から出ないか森の入口にこんな素敵な場所があるなんて知らなかったよ。来てよかった。確か花言葉は門出とか喜びだったよね……。なんだか私を応援してくれてるみたい!嬉しい……! こんなにたくさん……誰かがお手入れしに来てるのかな?私もこれが終わったらお世話したいな』
そんなエリスに応えるかのように、森の入り口にはスイートピーが咲き誇っていた。まるで、ここが唯一無二の入り口であり、全ての【はじまり】であるかのように。
スイートピーに迎えられ、森の中に入るとしばらくは一本道で両脇を彩るスイートピーは、花道を歩いていると錯覚させるほどに素敵なコントラストが敷かれている。
その歓迎は果たして、吉兆か凶兆か。今のエリスにそれを見分ける術は無い。けれどもエリスは穏やかに、その美しい花を撫でていた。
そう、未来を見るということは今の積み重ねである。
決して、前を見ているからといって足元がおぼつかないわけではない。未来はこの先であり、今は【この瞬間】なのだから。
エリスは一晩で、何かを諦観したのかもしれない。未来へ至るのが今の積み重ねならば、その過程は幸溢るるものにしたい。
それは人が願ってやまない事。きっとエリスは、今を楽しむということを覚えた。
だからこそ、浮かべられる表情は心の表れ。世界はいつだって表情を変える。それは物理的、客観的にではない。主観に委ねられている。
エリスが幸せだと思い、愛を注ぐことを選んだなら世界は表情を変える。
たしかに一抹の不安も残っているかもしれない。けれど、臆病な自分をようやく受け止められたのだ。一緒に歩いていこうと。
さぁ、追いかけよう。
エリスは振り返らないから。置いていかれないように……。
ふとしてエリスは、足を止めた。見ると、前方に3つの分かれ道。
気が付けば両脇を飾っていたスイートピーの花道は終わっていて、木々が取り囲んでいる。
ほんのり甘く、深呼吸をしたくなるような華やかな香りから一変。手入れのされていない湿気を帯びた苦い土の匂いがエリスの鼻をつく。木漏れ日を頼りに、分かれた3つの道の先を凝視したエリス。
しかし、道はどこまでも続いていてその先を窺い知ることは出来そうになかった。
エリスは右頬に手を添えて考える。
どれが【正しい道】か、ではなく、どれが【選ぶべき道】かを。
何の情報も無いこの状況で、3つのうちのどれを選ぶかは結果の見えない選択……。ひょっとしたら白魔女が居て、出迎えてくれるかもしれない。
もしくは、この先は崖で道は無いのかもしれない。けれどエリスは漠然と思った。どれかの道を選んだら、きっと引き返すことは出来ない。
つまり、一つの道を選んだら別の道はなくなってしまうのではないかと。
なぜならば、これは成人の儀。この選択すらも儀式のうちで、結果を知ってからのやり直しは出来ない。
それが本当であったとしても、エリスの考えすぎであったとしても。これは、運命であるとか、天に任せるであるとか、そういうことではない。
全て、【自分で】選んだ道になる。
『これは、どっちに行ったらいいんだろう。これも、成人の儀なのかな……。お母様は、私らしく生きなさいって言ってた。どれを選んでも後悔のないようにしなきゃ。でも……眩しくて先が見えない……。もしかしたら、やり直しは出来ないんじゃないかな。だって、成人の儀だから……。ダメだったら次、なんて許してくれない気がする。……誰に? 白魔女に? ってことは、これもやっぱり試練なの? どうしよう……私らしくって……どうしたらいいの……』
思えば、選択を迫られることは人生において多々ある。それは仮に、今日の夕飯は何にしようかという日常的なものから、今この瞬間を逃したら永遠にチャンスを逃してしまうような究極の選択でもあるように。
しかし人は、その選んだ選択肢の先しか知ることは出来ない。選ばなかった結果は得ることが出来ない。自分が選べる道は、一つしか無いのだから。
【もしも】を想像することはあるだろう。
あの時別の選択をしていたら、自分は今頃どうなっていただろうと。自分が得た結果とは【相対的】に、別の道の解釈を結論付けることもあるかもしれない。
でもそれは、あくまで想像。自分を納得させることが出来るだけの理由に他ならない。
では、極端な例を挙げよう。ここに二つの道があったとする。
仮に、Aの道を選んだなら生還する。Bの道を選んだら死んでしまうとする。何も知らずにAを選んだなら、良かったと胸を撫で下ろし別の世界の自分を想像してゾッとするだろう。
逆にBを選んで死んでしまったなら、Aを選べば良かったと後悔するだろう。そうして相対的な極論を出してしまえば、生死を分かつ選択に慎重にならざるを得ない。
しかしここには3つの道がある。AとBとCがある。Cとは、一体……?
世界の解釈は諸説あるが、ここではこう定義する。
【人は、遍在している。】
それは時間的、世界的、主観的に。
あなたは、パラレルワールドをご存知だろうか? 人が想像し得るIFの世界。
もしも、あの時別の道を選んでいたら……。もしも、あの時こう言っていれば……。
それは後悔であり、希望であり、時に欺瞞でもある。けれど、人は遍在する。どの世界でも、自分という個人は遍在していると言える。
つまり、この【選択】というのは自分という岐路であり、人生の岐路でもあるのだ。
ここでエリスが選んだ道には、もちろんエリスの未来が築かれていくだろう。それと同時に、選ばなかった二つの道を歩むエリスも、同時に存在するということがお分かりだろうか。
Aの道を選んだエリス。Bの道を選んだエリス。Cの道を選んだエリス。
そうして人は、分岐し、枝分かれして、それぞれの世界で、それぞれの未来を刻む。今あなたがいる世界でも、時に選択を迫られ、人生を選んで来たはず。
あなたが選んだ道が、今であると思うのは、人は主観的な生き物だから。決して、遍在する自分を知覚することは出来ない。
けれど、人は遍在する。
だからエリスは、今この瞬間、人生の岐路に立たされたと言ってもいい。成人の儀が、【成長への選択】というのなら、選ぶしかない。
……【自分の道】を。
そうして、短くない時間考えていたエリスは、いつしかしゃがみ込み地面を見つめていた。
視界には土気色の顔をした自分のような乾いた砂利。反射していないのにそうと感じるくらいエリスは呼吸すらも忘れていたのかもしれない。
ハッとして顔を上げると、路が見える。服の裾についた砂を払うと、風の音に誘われるように自然と一つの道を選んで歩き出した。1歩1歩が重い気がする。怖いのかもしれない。ただ胸を張って、足を前に出すしかないのだ。誰にもこの先の事は、分からないのだから。
同時に、エリスの人生は枝分かれした。しかし、エリスが知覚することは無い。
別の世界の自分のことを、その先に何があったのかを私たちは知ることが出来ないのだから。
『……え? 誰?』
そして、エリスは声を聞いた。誰かの、声……。いいえ、【誰か】ではない。
この声は、おそらく……。耳馴染み、というと不自然だろう。
本来、人は自分が聞こえている声と、他人が聞いている声は違う。しかし、エリスが感じたのはまさに自分が普段聞こえている声だった。それが耳から伝わる振動であるか、脳内に再生されている音であるかは分からない。
それでも、エリスは戸惑いを浮かべていた。
『え……これは、私の……声? ううん、そんなはずない。だって、私……今、口を動かして無い……。よく聞いて私。目を閉じて、もう一度耳を澄ませて……。き、こえる……。これは何? 私の耳元で、私の頭の中に、私の心に向けて何かが……! ……いいえ、この声は……私が幼い頃の……』
エリスは自分の耳を疑いながら、目を閉じてもう一度耳を澄ませてみる。すると、【それ】は確かに囁くのだ。
エリスの耳元で、エリスの頭の中に、エリスの心に向けて。それはどれも聞いたことがある声だった。
なぜならそれは、エリスがかつて生んだ感情だったからだ。幼かったエリスが内に秘めた醜いエゴであり、吐き出さずに抑え込んだ懐疑心。
それが今になって、溢れ出して来きたのだ。耳をつんざくように、強い耳鳴りとなって鋭い痛みを伴った。両手で耳を塞いでも声は鳴りやまない。むしろ頭がおかしくなるくらい残響するのだ。
『どうして今なの? それはもう納得してごめんねって言った。確かにあの時の私は幼くて、納得できないこともあったよ。でも今は違う。違うの。ちゃんと自分で考えて、人として、女の子として、私は私らしく生きるって決めたの。…いいえ、私は自分勝手なんかじゃない! これも私が選んだ道なの。3つのうちのどれかを選ぶことだって、私の意志。それも、私だけが良ければいいなんて考えじゃない。私は自分のことだけを考えて、行動してるわけじゃない! やめて、私はそんなことを思ってない! 私は、独りよがりじゃない!』
……そうして、エリスは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
続いて聞こえてくるのは、慈愛に満ちた優しい声。それは紛れも無い自分の声なのだけれど、そっと自分を抱きしめてくれるような温かなもの。
昂った感情を全て受け止めてくれる、優しい自分。
『うん、大丈夫だよ。私は平気。私も涙を見ると辛いから。ありがとう。この世界に悲しい涙を流す人はいないで欲しい。もしも、先が見えなくて涙を流すしかない人が居たら、私が助けてあげたい。涙を拭いて、もう大丈夫だよって言ってあげたい。もちろん、生きていて楽しいことばかりじゃないかもしれない。でも、辛くなったら、前を向こう? きっと、私が居てあげる。それでもダメなら、一緒に落ち着くまで泣こう? 一杯泣いて、一杯躓いて、一杯挫けそうになっても。一杯笑って、一杯楽しんで、一杯遊ぼう? そうやって、みんな生きてるの。私も、あなたも。私は、そんな、あなたみたいな人になりたい』
……エリスはゆっくりと立ち上がって、目元を拭う。そして、自然と笑みを零す。
それはくすぐったいような、恥ずかしいような、あどけない笑顔。
無邪気に、それでいてひだまりの様な。その笑顔に応えるように聞こえてくる声は、普段のエリスには似つかわしくないような少し茶目っ気のあるものだった。
『そんな、やめてよ大袈裟だよ。でも、そういう風に言われるのも、嫌いじゃ、ないかも。ちゃんと今日の為におめかししてきたもん。私のこの髪は自慢だよ。長くは伸ばしてないけど、頬に掛かるくらいが一番かわいいもの。…そ、そうだよ。私の目は森の神様から授かった、美しい翠色なんだから。それに毎日ちゃんとお風呂で身体も綺麗にしてるから、川の水みたいに透き通った肌でしょう? 私は、わ、私くらいになれば……村一番の美人って言われてるんだよ。そう、エリスは美人で、おしとやかで、気立てが良くて、みんなにちやほやされてるんだから。ふふ、うふふ……』
エリスは小さく微笑むと、心なしか頬を染めて両手を頬に添えた。
【私】は、思う。人は皆、エゴイストでモラリストでナルシストではないだろうか。
それが良し悪しではなく、誰の心にも息づいているはず。本来、自己や自我というものは意識されない。
無意識下で人は自覚し、自分がどういう人間かという【パーソナリティ】を理解していく。
誰にでも、利己的に他人を顧みない気持ちを抱くことだってあるだろう。それは主張であり、蔑まれることではない。それも一つの、自分の気持ちなのだ。
誰にでも、道徳心を尊重し自愛に満ちた優しさを求めることがあるだろう。そしてそれを、誰かに与えたい、共有したいという気持ちが芽生えるのも自然な感情の一つ。
誰にでも、自己を美化し着飾ることを覚えるだろう。それは自信であり、自分の世界を広げる糧となる。やがて心の美学となる。
だからきっと、エリスの小さな心にも様々な声が去来しては、考えるのだろう。
それを単に【葛藤】という言葉で片付けてしまうのは、片目でモノを見るのも同じ。あなたはこれを、どう説明するでしょうか。
切り捨てても構いません。ただ今は、エリスの心が、あなたの目に映っていれば……。
すると、数メートル先に小さなものが見えた。
いえ、【現れた】のではないかというほどに唐突で、エリスはその存在に気づいた時に、両手をぎゅっと胸の前で握る。
その小さいものは、木漏れ日にライトアップされていてとても幻想的な雰囲気を漂わせていた。
絹を思わせるようなしなやかな毛並みに、上品な佇まい。鋭い視線はエリスの目を釘付けにする。それは、およそ想像の出来る動物であったが、その美しさはエリスの知るその生き物とは似て非なるもののようだった。
光に照らされた身体は、白い毛並みを立花さながらの白銀に輝かせ、対の碧眼は蒼穹の彼方を思わせる。
到底、猫のそれとはかけ離れていた。しかしエリスは動物が大好きで、村にいる猫も犬も、果ては家畜の羊にも話しかけるほどの心の豊かさがあった。
そんな美しい猫を前にして、エリスが目を輝かせないわけがない。けれど、【猫さん】などと呼びかけたせいか、名も知らぬ白猫は一瞥をくれるとエリスに背を向けて優雅に歩き出した。
どうやら、付いて来いと言っているようだ。
エリスは迷わず後に付いて行った。
まるで、猫に道案内されているのが楽しい旅行であるかのように自然と頬が綻ぶ。会話は出来ないけれど、エリスはとても楽しそうである。傍から見ればとても不思議な光景。幻想的なオーラをまとう白猫に、笑顔をたたえた少女の行進。
これから別世界へと誘うかの如く、現実感の喪失したファンタジックな光景だった。
そこでふいに、エリスは目をしばたたく。今度は直接頭の中に、声を聞いたのだ。それは、自分の声ではない。似ているけども、違うように思う。先ほどの、骨導音による自分の声ではなく、ひょっとしたら周りの人が聞いているエリスの声なのかもしれない。
しかし、エリスが自分の声を録音して聞いたことがなければ、それと自覚することは出来ないだろう。
だから、エリスは漠然とそんな気がしたという程度。それは、【問いかけ】だった。エリスは直感的に、この白猫からのテレパシーではないかと驚く。
しかしながら、エリスはこれまで何らかのフィーリングを感じたことは一度も無い。ひょっとしたら、自分がテレパシーという超自然能力を開眼したのかもしれない。そんなことを思ってしまう。
けれど一説には、テレパシー能力というのは、あらゆる生き物に本来備わっている自然の能力でもあるらしい。……が、ここでの説明は割愛する。
チラッとこちらを盗み見る白猫を見るに、どうやらそれは間違いではなさそうである。エリスが発現させたのか、白猫が強制的に交信しているのかは定かではないけれど。
まず、名前についての問いかけ。
次に年齢と性別の問いかけ。さらに、趣味と特技の問いかけ。ここへ来た理由、普段は何をして過ごしているのかなどなど。ちょっとした自己紹介のような問いかけに、エリスは小さく微笑むと続いて自分も問いかけることは出来るのかと思い、白猫に名前を問いかけた。
『私はエリス。エリスメルト・ロニクール。皆は私の事エリィって呼ぶよ。年齢は18歳! 見ての通り女の子だよ。今日は成人の儀だから、ちょっと不安だったんだ。でもね、村の女の子は皆経験するんだって。そう、お母さんも。だから私も頑張ってみようって。え? 趣味? 物語を読むこと、書くこと!いつもお母様が本を読んでくれたの。それから好きになって、もうお家にある本は全部読んじゃった。星のお話が好きかな。あ、特技は……動物とお話出来る!なんてね! ……猫さんは、なんてお名前なの?』
【メルトリス・エ・クロニール】。
それが、白猫の名前だという。エリスは可愛らしく呼びたいと思い、【メルト】と呼ぶことにした。
これからこの白猫のことは、メルトと呼称する。
先頭をゆくメルトは、ふいに歩みを止めた。背中越しのエリスに、少しだけ顔を傾けてこれまでと少し違うトーンで、問いかけた。
しかしその問いかけは、エリスに一瞬の動揺を与えたのだ。果たしてその問いかけは、森のざわめきを一瞬に無にするものであった。
【あなたは、自分を殺すことが出来ますか?】
『え……。ころ……? だ、ダメだよそんなの! 出来っこない! だ、だってお母様も言っていたもの……。生きなさいって! ころ……なんて絶対ダメなんだから!ど、どうしてそんなこと言うの? 猫さん……私、嫌な事言っちゃったの?もし……かして、成人の儀って……っ! 嘘……そんなのおかしいよ!』
自分を、殺す……。
それはつまり、自殺することが出来るか……ということだろうか? 先ほどから続いていた日常的な、当たり障りの無い問いかけから一変。冷たい距離を感じさせる問いかけに様変わりしていた。
しかしそれは、物理的に自らの命を絶つという意味で言ったのではない。自分を殺すということには、別の解釈がある。けれど、エリスはまだ知らない。
自殺と、自らを殺すことの境界を……。だからエリスが少し感情的になるのは、必然といえた。
メルトはというと、動じずエリスの言葉を聞き流すのみ。まだ言葉の意味を理解出来ないエリスを諭すでもなく、卑下するでもなく淡白なままであった。
ただ、答えはあなたの中にある、というように……。
【中編ーA】-allegro.- 了。
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