サキュバス魔女王が俺を殺しにやってきます閑話

一色姫凛

第1話 だって女の子だもん

「新しい服が欲しいわね」


 鏡の前で身体の角度を変えながら、自分のスタイルを確認しつつ、後ろに控えるサシャール達へと声をかける。


 スタイルは悪くない。

 生前でも太っていたわけではないし、顔も悪くなかったと思う。


 転生後のこの身体も、赤髪、赤目と慣れない違和感はあるものの、決してコスプレの様な作り物の違和感はなく、まるでおとぎ話のヒロインのように調和の取れた風貌だった。


「クローゼットに新しいドレスがございますが」


 サシャールの言葉に、わざとらしく大きなため息をつく。


「全部同じ黒いドレスじゃないの。M.I.Bじゃないっていうのよ。わたしは毎日違う服が着たいわ。ヘルティアナで稼いだお金があったでしょう。お金は使わなきゃ意味がないわ。あれで新しい服を買いに行きましょう」


 確かにこの白雪のような肌と、柔らかなウェーブを描きながら腰まである艶やかな赤髪に、黒いシックなドレスは妖艶さを増してよく似合う。


 だけど、毎日同じデザインの服を着るなんて、生前の記憶を引きずればこそ、耐えがたい。

 女としての格も落ちるというもの。


「確かにあの時稼いだ金はたんまりあるけどよ、どこに買いに行くつもりなんだ?」


 女の買い物など興味のなさそうなガイアが、顔を顰めながらそう問いかける。


「そんなの、一番大きな街に行くに決まっているじゃないの」


 今まで考えたこともなかったけれど、この世界にもブランドとかあるかもしれない。

 この世界の女性の流行の最先端。


 いくら魔族だからといって、ひとりの女性としてそれを知らずにこの世界で生活出来るほど、わたしの感性はまだお洒落に無頓着な魔族のようには染まっていない。


「一番大きな街と言いますと、それこそバンガイム帝国ということになりますな。しかしあそこには勇者がいるのではありませんか。危険なのでは? 」


 仁王立ちで腕を組みながら、難しい顔をしたのはロンザだった。


「関係ないわよ。ただ買い物に行くだけですもの。ヘルティアナの時のように人間に化けて行きましょう。魔力は決して使わないこと。それで上手く行くわ」


 買い物ショッピング

 我ながら女という生き物はなぜ、その言葉にこれほど心がたかぶるのか。


 生前でも散々、男どもに様々な物を買って貰ったけれど、あれはそもそも男の方の自己満足が強かった。

 本当に欲しいものは、自分で買っていたのだし。


 まさかこの世界で、衣服が初めて欲しい物になるとは思わなかったわ。

 アクセサリーや宝石店もあったら覗きたいわね。


「さあ、では行きましょうか。バンガイム帝国へ」


 高鳴る胸の鼓動に、思わず笑みが浮かぶ。

 そんなわたしにすっと差し伸ばされる手のひらがあった。

 絹のような銀色の髪の下で、海よりも深い蒼い瞳がわたしを見つめる。


「参りましょう、魔王様」


「ええ」


 細く長い綺麗な指の上にそっとを手を重ね、サシャールのエスコートの元、わたし達はバンガイム帝国の繁華街へと向かって空を切った。


 ◇


「街人に尋ねた限りでは、この店が帝国一番の人気を誇るそうでございますな」


「でっけぇ店だなぁ」


 ロンザとガイアが、店を見上げながら感嘆のため息をついた。


 東京のビルやモールほどではないにしろ、三階建ての造りのその店は、確かに奥行きもあり、エントランスを見通せるガラス張りの一階には、様々な服を着せられたマネキンが並び、女性達の出入りも多いように見える。


「さあ、行きましょう。そうね……わたしも勿論選ぶけれど、あなた達にも選んで欲しいわ」


「魔王様の……お召し物をでごさいますか? 」


 サシャールが少し目を見開いて驚いた表情をする。

 ロンザやガイアまで、互いに顔を見合わせてわたしを見つめた。


「そうよ。わたしに似合うと思う物を持って来なさい。楽しみね」


 ふふ、と小さく笑ってそんな三人を引き連れて店へと足を踏み込んだ。


 この店には様々なテイストの服が揃えられているようで、一階には主に女性冒険者向けの動きやすそうなデザインの物、二階には下級から中級層向けの女性の服、三階には上級階級向けの服装が揃えられていた。


 社交界向けのドレスも勿論、多種揃えられていたけれど、この世界に来てからドレスしか着ていなかったわたしとしては、もっとラフな服装を求めたい衝動に駆られる。


 寝る時は服を着ないけれど、何か一枚くらいあってもいいかもしれないわね。


 そんなことを考えながら、ランジェリーコーナーへ足を踏み入れ、吟味し始めた時。


「魔王様、我ら腹心、選別が終わりましてございます」


 不意に後ろから声がして振り返れば、サシャール達がそれぞれ衣服を手にして戻って来ていた。


「そう。では、行きましょうか」


 わたしの視線が指すその先へ三人の視線も動く。

 同じような造りの一人用の個室が連なった場所。


「フィッティングルームへ」


 タイプの違う三人の眉目秀麗な男達を従え、服を見て回るスタイル抜群の妖艶な女。


 彼ら自身は気が付いていなかったが、その光景は周囲の人間の目を引くには十分なものだった。


 玲奈自身の美貌もさることながら、その全身を纏う妖艶さは、通り過ぎる者達の視線を釘付けとし、鼻腔を掠める甘い香りに酔うように、男達はその場に佇み彼女に魅入ってしまう。


 妻や彼女の付き添いで訪れていた男達のほとんどが、はっと目が覚めた頃には相手の女性と修羅場になっていた。


 またその後ろを付いて歩く三人の男達も、好みは分かれるものの、儚げで色気漂う男、快活そうで端正な男、大人の色気漂うダンディな男とそれぞれが女性達の目を引き、遠巻きに見つめる女性達の瞳は熱を込めて潤み、うっとりと夢心地で吸い寄せられるように彼らの後を付いて回る始末だった。


「ではまず、サシャールあなたのからよ」


 常に傍に控える三人のファッションセンス。

 魔王城では気にしたこともなかったけれど、良い機会に恵まれた。

 一体どんな物を三人が選んだのか、とても興味がある。


 生前でも男のセンスを確かめるために、こういうことは良くやった。


 少しだけ懐かしさを感じながら、サシャールが持って来た服に袖を通す。


 それは、一本一本の糸が光に反射するほど、きめ細かな白いレースがふんだんにあしらわれた黒地のバルーンドレスだった。


 胸元が大きく開かれ、ウェストは締まり、鎖骨と胸が強調されて大人の色気を出しながらも、胸元やバルーンの部分に覗くレースのバランスが絶妙で、どこかの貴族のお姫様と言われても違和感がない。


 次にガイアの選んだ服を着てみる。


 それは決して派手な物ではなかった。

 どちらかといえば清楚。

 白地を基本とした、ワンピースだった。

 肩の部分が小さく膨らんたパフ・スリープの半袖で、腰の部分にサテンの大きなピンクのリボンが付いている。


「あのガイアが清楚系が好みだったなんて……」


 くるりと一回りしてみれば、膝丈の裾が綺麗に膨らんで広がり、そこから細い足がすらりと伸びる。

 紅い髪の毛が良く映えるワンピースだった。


 次にロンザの選んだ服を着てみる。


「これは……」


 手に取って呆然としながらも、袖を通し、鏡の前でその姿を見つめる。

 それは、全身黒いレーザーで出来たレーザースーツだった。


 何かの本革なのか合皮なのかまでは分からないけど、光沢があって、どこまでもわたしの身体の線をなぞり、フィットする。


 少しだけ胸が苦しくて、胸元のジッパーを半分ほど下げれば、押し込められた白い胸が零れそうなほどに、その隙間から覗いた。


 黒いレーザーに引き締められた身体に紅い髪が流れるその様は、格好良い大人の色気を引き出すものだった。


「ロンザ……ハードな女が好きなのかしら……」


 それぞれの好みが分かった気がして、可笑しくなり、笑ってしまう。


 着替える度にフィッティングルームのドアを開けて、三人の感想を聞いてみたけれど、どれも三人は褒め称えるばかりだった。


 唯一変化があったものといえば、フィッティングルームの周りに人だかりが出来ていたということだろう。


「これ全部買うことにするわ」


 久しぶりの買い物だったし、タイプは違うものの、わたしの魅力を引き出す物ばかりだったことに満足して、三人に向けて笑いかけると、サシャールは軽く目を見開き、ガイアの頬は少し高潮して、ふいっと視線を逸らしてしまった。


「どれも大層お似合いでございました。それが宜しいでしょうな」


 ロンザだけが腕を組みながら、真剣な顔で納得したように頷く。


 明日はどの服を着ようかなと、浮き足立つ気分でレジに向かい、そのレジカウンターを目にした途端、わたしの顔が瞬時に凍り付く。


「魔王様、いかがなされました」


「何よ、あれ……」


 レジカウンターの後ろには、大きな広告がディスプレイに映し出されていた。

 ふたりの男女がこの店の服を着て、薔薇園をバックに手を取り見つめ合うその姿。


「あ? あれ、どっかで見た奴らだな? 」


 ガイアも首を傾げながら、その広告を見つめる。


「わたくしは覚えておりますぞ。あれは勇者とその仲間でございますな、魔王様」


「ああ、ロンザ。その通りです。よく分りましたね。あれは勇者ミナトと確か……シエラと呼ばれていた女です」


 その通りだった。

 この店が人気だったのは、服だけの話ではなかったのだ。


 かの勇者ミナトとその仲間であるシエラが、その美男美女ぶりを発揮し、専属モデルとした広告を売りとしていたからだった。


「……帰るわよ! こんな店で買い物なんかするものですかっ! 」


 その場に抱えた服をぶちまけて、わたしはズカズカとレジカウンターに背を向け店を飛び出した。


「魔王様っ! お待ち下さい! 」


「おい、これどうすんだよ」


「ガイア、おまえが戻して来るのだ。我らは魔王様の後を追うゆえ」


 床に散乱した衣服を呆然と見つめるガイアに、ロンザが言い放ち、サシャールと共に急ぎ足でその場を去って行く。


「えーっ! これだから、女の買い物ってのは嫌なんだよ! 」


 情けない顔をして叫ぶガイアの声が、店に響き渡った__

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