第37話

 血まみれのベルゼがライデルの元に戻ってきた。そのおどろおどろしい姿にライデルは一瞬顔をしかめたが、すぐにいつも通りの不機嫌そうな偉ぶった表情に戻って、


「元勇者のゴミ共は全員殺したか?」

「いや。一人、逃げられた」

「……そうか」


 何をやっている、と責めたい気持ちがあったが、それは我慢した。


 彼らの関係は対等のようで、そうではない。ライデルは聖王国の王ではあるが、彼自身には特別力はない。仮に勇者のような能力があったとしても、この男には敵わないだろう。


 ベルゼの機嫌を損ねるのは、愚策でしかない。

 上手いことベルゼを使って、魔王を殺させるのだ。


 幸いなことに、ベルゼは国の統治には興味がないようだ。魔王という一種の称号には並々ならぬ関心があるものの、魔王国を支配して自らの思うがままの国にしたい、などという俗物的な欲求はない(称号、地位といったものに拘りがあるのもまた俗物と言えなくはないが……)。


 ただ、それは今の話。将来的にどうなるかはわからない。考え方というのは、経験や時間の経過によって変わっていくものなのだから――。


 だから、理想を言えば、魔王と相打ちになって、両者とも死んでほしい。それがライデルにとってベストの――理想の未来である。


「逃げたのは、誰なんだ?」

「エイミとかいう女だ」

「ふむ……」


 エイミは勇者パーティーのリーダーであり、あの四人の中では最も強い。戦闘面に関しては、アランのように近接戦闘に特化しているわけでもないのに、彼と同等かそれ以上の実力を持っている。攻撃魔法もある程度使えるし、エレナほどではないが回復魔法も使いこなす。万能型の勇者だ。


 ただ、人格的には――これは勇者パーティー全員に言えることだが――尊敬できる要素が欠片もない。ゴミである。


 ライデルも自らが人格者であるとは思っていないが(今までに数多くの罪を重ねてきた)、しかしそれでも、彼らよりかはずっとずっとマシだ。そう思っている。それほどまでに、彼ら四人の人格は破綻している。


 どうして、あんなクズばかりが勇者となったのだろう? 優れた能力を持つ者は、その優秀さがゆえに、人格が歪んでしまうのだろうか? つまり、環境が彼らの人格を形成したのか。それとも、先天的に歪んだ人格を持って生まれてきたのだろうか?


 ただの偶然とは思えない。何らかの法則性があったりするのかもしれない。


 ともかく。

 とにかく。

 エイミを生かしておいても、メリットはない。むしろ、今の状況に陥れた元凶として、ライデルのことを憎み、殺しに来るかもしれない。デメリットばかりだ。


 エイミには死んでもらう。死んでもらわなければならない。


「一番厄介なのが残ったな……」


 ライデルは半分演技で、苦々しい顔をして見せた。


 それとなく言外に、エイミが勇者パーティーで一番の強者であるとベルゼに教えた。


 ベルゼは戦闘好きらしい。

 魔族には血の気の多い、戦闘好きが多くいるらしい。能力が高いだけではなく、戦闘的な種族でもある。きわめて厄介だ。


 戦闘が好きだなんて、馬鹿げている。戦いというのは、あくまでも何かを得るための『手段』であって、『目的』ではない。しかし、彼らにとって戦いというのは、『目的』であって、なおかつ『手段』でもある。


 実に馬鹿げている。

 戦争をしないで他国が手に入るのなら、それに越したことはない。戦争は人が死ぬし、人が死ぬということは働き手が減るということだ。


 そんなことを思う自分は、もしかしたら平和主義者なのかもしれないな。

 ライデルは心の内で、自嘲気味に笑った。


「ほう……厄介なのか? そのエイミって女は」


 案の定、ベルゼは食いついた。


 ライデルが何も言わなくても、ベルゼはエイミを殺しに向かうだろう。だが、よりやる気を出してもらうために、エイミが強者であることをアピールするのだ。


「ああ、厄介だ。お前よりはもちろん弱いが、なかなかの強者だ」

「ふうん」ベルゼが言った。「三対一で戦ったときには、他の二人と差を感じなかったけどな。逃げる体力を残すために、本気を出してなかったのかねえ……?」

「そうかもしれない」


 ベルゼが本気を出していれば、エイミに逃げられることなどなかったのだ。戦いを楽しむために、あえて本気を出さなかったのだろう。


 この戦闘狂がっ……。

 もちろん、胸に秘めた怒りは表には出さない。


「で、エイミはどうするんだ?」

「もちろん、このまま放ってはおかないさ。殺す。楽しんで殺す」


 戦いを楽しむのは勝手だが、またエイミに逃げられたなら、俺がお前をぶっ殺してやる!


 そんなことできるはずがないのに、ライデルはそう思わずにはいられなかった。それほどまでに、ベルゼに対して腹が立っているのだ。

 やはり、戦闘狂というのはどうしようもない。


 ライデルはベルゼにこっそりと、侮蔑的な視線を送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る