第25話
クモ姫はふと思った。
アーマイゼはどうしていつも同じ浴衣で寝るんだろう、と。
「はあ。いい湯だった」
風呂あがりも、
「坊や、こちらへおいで」
「にゃあ」
寝る前にアイスを食べるときも、
「ふああ」
眠くなってあくびをしてるときも、
アーマイゼはいつだって、浴衣を着ている。
(……ふむ)
クモ姫は大臣たちを呼び出し、大切な大会議を開いた。議題は、アーマイゼにはどの寝巻が一番似合うかについて。
「わたくしとしては、少々物足りない。意見を述べよ」
こんなことで呼び出された各々の大臣は本気で頭を抱えた。しかし、クモ姫に逆らえばなにをされるかわからない。自分たちがこうして大臣として働けるのも、家族が安定してしあわせに暮らせるのも、すべてはクモ姫が糸一本で国を治めているからである。
大臣たちは若かりし頃の妻の姿を思い浮かんだ。確かに物足りないときはあったかもしれない。思い出せ。まだ新婚時代、妻に淡い恋をしていたあのときの頃を。今では家でぐーたらしているキリギリスのような妻だが、そんな妻でも可愛いときは存在したのだ。思い出せ。寝巻か。思い出せ。
「ネグリジェなんて、いかがでしょうか。丈の短めの……」
「でしたら陛下、ベビードールのほうが良いかと! 夜の行いをするときにとてもいい……」
二人の大臣が糸によって縛られ、逆さづりにされた。大臣たちは目を丸くし、驚愕する。糸を操るクモ姫から、なんとも恐ろしい、まがまがしいオーラが放たれていたのだ。
「そんなふらちなものを……王妃に着させるとは……」
クモ姫の目が、ぎろりと光った。
「貴様ら、アーマイゼの肌が見たいがための提案か! 不潔な!」
((なんて理不尽な大会議!!))
逆さづりにされて泡を吹く大臣二人を見て、大臣たちは血相を変えて真剣に考えることにした。会議はまだ始まったばかりだ。
「クモ姫さま! ここはひとつ、お肌を隠せるパジャマではいかがでしょうか! ほら、こんなに種類が豊富!」
「馬鹿者!! これではアーマイゼのかわいさが引き立てられないではないか!!」
「クモ姫さま! バスローブなんていかがでしょうか!」
「馬鹿者!! アーマイゼが風邪をひいたらどうする!!」
「クモ姫さま! ルームウェアなんて……」
「この度スケベ!!」
「ひどいん!!」
「諸君、力を合わせるのじゃ!」
「このままでは、我々じじい大臣シルバーグループまでも被害を被る!」
「なんとかしなくては!」
「ここはボクにお任せを」
「ああ、出た!!」
「「夜の着るもの専門家、寝巻大臣!!」」
寝巻大臣がめがねをクイと上げた。
「クモ姫さま、一般的に、パジャマはセパレートタイプ、ワンピースタイプで分かれております。どちらがお好みですか?」
「アーマイゼに似合っていればどちらでも」
「クモ姫さま、アーマイゼさまはどちらのタイプでも十分お似合いになられるかと存じます」
「……と言うと?」
「クモ姫は、おそらく一般的な婦人パジャマをイメージしていらっしゃるかと存じます。しかし、パジャマは先ほども誰かが申されましたように、種類が豊富。Tシャツ短パンもあり、着ぐるみまである」
「……着ぐるみ、とな?」
「ここは毎晩一着ずつ、アーマイゼさまに着ていただいて、アーマイゼさまが一番お気に召したものを選ばれてはいかがでしょうか!」
「……なるほど」
クモ姫が命令を下した。
「全員、今すぐアーマイゼに似合うパジャマを用意せよ!!」
「「御意!!」」
その夜、アーマイゼはクモ姫にパジャマを渡された。テントウムシのプリントがされた裾が長めのTシャツ、太もも下までの短パン。アーマイゼが眉をひそませた。
「なんだか子どもみたいです……」
むすっとするアーマイゼを見て、クモ姫の頬がでれんと緩んだ。
(……かわいい)
「寝るぞ。アーマイゼ」
「おやすみなさい。クモ姫さま」
「にゃあ」
テントウムシアーマイゼが気持ちよさそうに眠りについた。
翌日の夜、アーマイゼはクモ姫にパジャマを渡された。蝶々のようなフリルとリボンで出来たネグリジェ。アーマイゼが眉をひそませた。
「わたしのような地味な女が着るものではない気が……」
おどおどするアーマイゼを見て、クモ姫の頬がでれんと緩んだ。
(愛おしい……)
「これじゃあ、クモ姫さまのお体をマッサージするときに、パンツが見えてしまいます……」
「おいで、アーマイゼ」
「あっ、ひ、姫さま……」
「貴様がどんな下着をつけているか、見てやろうではないか」
「ひゃっ、ひ、姫さまったら……。もう……」
「にゃー」
蝶々アーマイゼがクモ姫と影を一つにした。
翌日の夜、アーマイゼはクモ姫にパジャマを渡された。ホタルの着ぐるみ。お尻の部分が蛍光色の布で作られている。アーマイゼが眉をひそませた。
「まるで赤子になった気分です!」
不満そうにぴょんぴょん飛び跳ねるアーマイゼを見て、クモ姫はアーマイゼを抱っこした。
「ひゃっ!」
(なんて尊い……)
「姫さま! わたしは赤子じゃございません!」
次の日も、その次の日も、夜になると様々な寝巻を渡されたが、アーマイゼはどこか不満そうだった。しかし、一方のクモ姫はるんるん気分でパジャマを渡す。
「アーマイゼ、今夜はこれを着なさい」
「クモ姫さま、少々よろしいでしょうか」
「ん、どうした?」
「わたし……もう新しいパジャマは結構です」
「……ん」
クモ姫が首を傾げた。
「気に入らないか?」
「わたしらしくないと言いますか……どうも落ち着きません」
「……ふむ」
「姫さまには毎日とても素晴らしいお召し物を頂いてはおりますが……やっぱり……」
(ん?)
「……その……」
アーマイゼが恥ずかしそうに、目をそらした。
「いつもの……あなたさまの色で染まった……あの浴衣がいいです……」
「……」
「……姫さまの髪の色は……なかなか変わった紫色をされておりますので……あの浴衣を見つけて着たときに……なんだか……姫さまに抱きしめられているような感覚になったと申しますか……」
その頬は、ピンク色に染まっている。
「姫さまがいらっしゃらない夜でも、あの浴衣があればよく眠れるのです」
そのくちびるは、つややかに魅了してくる。
「姫さまがパジャマをご用意してくださるのはとてもしあわせなのですが、ですが、わたしは……」
「アーマイゼ、もういい」
クモ姫がパジャマを捨て、アーマイゼを大切に抱きしめた。
「いつもの浴衣を着なさい」
「姫さま……」
「わたくしもなんとなく思っていた。……どうも浴衣以外は、脱がしにくくてかなわん」
「まっ! ひ……姫さまったら!」
クモ姫が身をかがめ、そのくちびるを奪った。
「んっ」
アーマイゼのくちびるに触れると、もう、なんでもどうでもよくなってくる。くちびるを離して顔を覗けば――アーマイゼは恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めている。
「……姫さまの……えっち……」
「……アーマイゼ、今夜はわたくしが浴衣を着させてやろう」
「えっ!? そ、そんな、お手を煩わせてしまうこと……!」
「わたくしがやりたいと言っている。……お前はわたくしの腕の中で……おとなしくしていなさい」
「……姫さま……」
見つめあった二人は、再び顔を近づかせ、まるで付き合いたての恋人同士のようななんともかわいらしいキスをした。
結局、その晩からアーマイゼの寝巻は元の紫色の浴衣に戻った。城内では、ようやく平和が訪れたと、みんながみんな、胸をなでおろしたのだった。
――数日後、クモ姫は大臣たちを呼び出し、大切な大会議を開いた。議題は、アーマイゼに出すおやつの中で、どれが一番喜んでくれるか。
「わたくしとしては、毎日アーマイゼの甘い美味いと言っているとろけた笑顔が見たい。意見を述べよ」
((大会議なんてもう大嫌い!!))
大臣たちは血相を変えて、各地方にいるシェフを呼び集めるのだった。
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