閉所愛好家による球体シェルター強奪事件

ちびまるフォイ

球体シェルターに入りたがる人の行方

子供の頃はよく押し入れに入っていた。

あの密閉された暗い空間にやすらぎを感じる。


それは大人になった今でも同じだった。


「さぁさぁ、うちのシェルターを見ていってください!」

「うちのシェルターは中にはいれますよ!」

「ぜひ体験してください!」


シェルター展覧会は自分のような閉所愛好家でごった返していた。


「どうです? 頑丈なもんでしょう。

 防音、防塵、防水。ここに入れば核戦争が起きても平気です」


「すごいですね。なんだか安心します」


「夫婦喧嘩して隠れたいときにも使えますよ! ハハハ」


俺はいくつものシェルターを見て回り、触れていく。

その中で目をつけたのは球体シェルターだった。


「このシェルター、面白い形をしていますね」


「お客様お目が高い。この形には秘密がありまして

 この球面に施されたコーティングがあーだこーだ」


設計者はこのシェルターの素晴らしさを語りたくて仕方がない。

話半分で聞いていたが、とにかく頑丈だということはわかった。


「球体にすることで外からの接触面が減るため

 どんなに最先端のチェーンソーでも切れませんよ」


「よしコレに決めた」

「は? なにを?」

「いえ、こっちの話です」


シェルター展覧会は俺が帰った後も続いていた。

展覧会終わりのその足で大量の備蓄食料を買い込んだ。


その日の深夜、ふたたびシェルター展覧会を訪れた。


明日も開催されることからシェルターは置きっぱなしになっている。

日中に目をつけていた球体シェルターに入って蓋を閉めた。


「はあああぁ~~。安心するぅ~~」


周囲は真っ暗闇に包まれた。

しだいに目がなれると持ち込んだ備蓄食糧を内側の壁に固定した。


外界から遮断されたシェルターに不思議な安らぎを感じる。


「きっと外じゃ大慌てになるだろうなぁ」


本来は開きっぱなしのシェルターが閉まっていたら大騒ぎになる。

強引にこじ開けようとする人もいるだろう。


シェルターの性質上、外から簡単に開けることは出来ないし

まして力技で開けようとするのは不可能に近い。


一番外から開けにくいであろうシェルターを選んだのだから。


「ぐすっ……ぐすっ……」


「……?」


暗闇に目をこらしてみると、シェルターのすみで膝を抱えている子供がいた。


「な!? ええ!? 俺以外に人がいたの!?」


「暗いよぅ……怖いよ……」


「君、いつからここに……?」


「展覧会に来て隠れてたの。

 ここに隠れてたら眠くなっちゃって……」


俺が侵入した深夜では暗くて気づかなかった。

自分ともうひとりがいる状態で閉めてしまったんだ。


「おじちゃんはここの開け方知ってる?」


「……い……いや……」


内側から閉めた以上、開け方もわかっている。

でももし開けてしまったらこのユートピアは失われる。


「誰かぁーー! 誰か開けてーー!!」


子供は内側から壁を何度も叩いた。

完全防音だから内側に響くだけで外には聞こえないだろう。


「無駄だ。外からの声はもちろん内側からの声だって届かない」


「ぐすっ……お腹すいたよう……友達に会いたい……」


さっきまで心地よかったシェルターは

他人がいるというだけで拷問部屋と貸してしまった。


自分の人生を捨てる覚悟でシェルターに閉じこもったのに。

早々に現実へと戻らなくちゃいけなくなるなんて。


いや待て。


外から中の様子は見れない。

声も聞こえない。いっそ殺してしまおうか。


備蓄食料に限界はあるし二人分だと減りは早い。

せっかくのシェルター生活を隣でメソメソされては不快。


家に迷い込んだ害虫を駆除するのと同じだ。


「おじちゃん……? なんで立ち上がってるの?」


子供の首に手をかけたとき、がくんとシェルターが揺れた。


「なんだ!?」


直後にシェルターはどこかへ運ばれているような振動を感じる。

外から開けられなくなって専門の工場へと運んでいるのだろうか。


移動が終わると今度は上へ釣り上げられてゆく。

エレベーターのような下に吸い付けられる感覚がある。


「おじちゃん。どこへ行ってるの?」


「わからないよ」


シェルターが釣り上げられたかと思うと、

今度は落とされて斜めになったまま着地した。


「いたたた……やっと収まったか」


「地震じゃないよね……?」


「こんな地震があってたまるか」


「でも、もしも外で大きな地震があって

 地面がめちゃくちゃに割れてこのシェルターが

 どこかへ落ちてしまっているのかも」


「うるさいな。それを心配してどうなるんだ。

 どうしてこの閉所を楽しむ気にならないかね」


「僕もうここは嫌だ! 誰か早く出して!!」


しだいに子供に対しての怒りがこみ上げてゆく。

同居人から俺のプライベート空間を汚す悪者に見えてきた。


半パニックになった子供は内側についている鍵へ手を付けた。


「おいバカやめろ! それはっ……!!」


子供は使い方もわからないのに鍵を開けてしまった。

真っ暗だったシェルターの蓋が開いてしまった。


「やった! 外だ! 外に出れた!」


子供はすぐに外へ出ようとしたものの、

広がっている風景に飲まれて足を止めた。


「なんだここは……シェルターの墓場か……?」


いくつもの球体シェルターが雑に積まれていた。

シェルターの山の上に、俺のいたシェルターは積まれている。


積まれたシェルターの周囲にはガラス版で四方が囲まれている。


「もしかして、外から開けられないと悟って

 廃棄シェルターの山に放ったのか?」


中に人が閉じ込められてしまっていると思い、

それをごまかすために廃棄シェルターの山にいれて捨てたのかも。


けれど、俺にとっては好都合だった。

どうしてシェルターが山積みなのかもわからない。


大勢の人がシェルターの外で待ち構えていて、

外へ引きずり出されて晒されることはないとわかったのは幸い。


「ここらへんのシェルターを足場にすれば外に出られるんじゃないか」


「ほんと? でも高くてガラスのへりに届かないよ」


「大丈夫だって。もっと背伸びすればもうちょっとさ」


「うーーん……」


子供が背を向けたのを確認してから、

俺はすぐにシェルターを閉め切った。


「やった! これで正真正銘、俺だけの場所を手に入れたぞ!」


ついに目の上のたんこぶだった子供を追い出せた。

あれだけ外へ出たがっていたし、ガラスケースなら外から見つかりやすい。


人助けをしたのと自分の空間を取り戻せて一石二鳥。

やっと自分だけの時間が手に入る。


「やっぱり一人で閉じこもるのは安心するなぁ」


山積みされていた球体シェルターの墓場。

もしかするとこのまま廃棄されるかも知れない。

それはそれでいいかもしれない。

残りの時間は楽しく有意義に過ごそう。


暗闇の中で自分が溶けていく感覚に身を委ねていると、

ふいにガクンとシェルターの揺れで飛び起きた。


「またか? でも今度は移動って感じじゃないぞ?」


1段階段を降りるような振動を感じる。


「球体シェルターの山が下がっているのか?」


何度かガクンと下がる感覚が続くと止まる。

と、思ったら10回連続で揺れたりもする。


ガラスケースに収まっている球体シェルターが

不定期に混ぜられているんじゃないかと思ったが

そもそもそんなことをする意味がわからない。


「廃棄するシェルターの順序を混ぜたりしないよな……うわっ!」


またガクンと下がる。

浴槽の栓を抜いたようにどこからか排出される感覚。


いったいどこへ行くんだ。


「気にはなるけど……開けるものか。

 俺は残りの一生をこの球体で過ごしていくんだ!」


固く意思を固めたときだった。

閉めていたはずの球体シェルターのフタがこじ開けられた。



顔を上げると、シェルターを食い入るように見ている巨大な顔があった。



「このガチャガチャはずれだわ。

 全然いい人間が当たらないよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

閉所愛好家による球体シェルター強奪事件 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ