コスプ RE BA カップル

八乃前 陣

プロローグ 鬼気迫る 走るオタク!

「早く来い、早く来い! イヤだけど早く…っ!」

 金曜日。

 六時限目の英語の授業で、終わり際に先日の中間テストが戻されてくる。

 そして、早く呼ばれたいと願っている少年、皇上帝太郎(こうがみ ていたろう)は、決して英語が得意なわけではなかった。

 高身長に筋肉質で、ショートカットに強面な帝太郎は、英語に限らず、殆どの成績が赤点ギリギリ。

 なのにテストを早く受け取りたいのは、放課後に目的があるからだ。

「皇上、お前はもう少し真面目にやれ」

「は、は~い!」

 担任でもある初老の男性教師に釘を刺されて、返されたテストは四十九点。

 今回のテストは難易度が高くて平均点が四十八点だから、今回も何とか補修は免れた。

「よし! 後は就業のチャイムが鳴れば…!」

 点数だけ確認しつつ席に戻ると、解答用紙をカバンに押し込む。

「早く、駅前デパートに駆け込んで、今日発売のデラックス版・零ベルトを手に入れなければ…っ!」

 放課後の目的とは、鄭太郎の大好きな特撮の新番組「ドライバー零」のスポンサード・メインアイテム、いわゆる変身ベルトだ。

 放送開始は明後日の朝。多種多様なスマフォで変身するバイクヒーローのベルトで、放送前の金曜日である本日発売。

 いつもなら、こういう商品はネットで注文して。うまくいけば前日には入手している。

 しかし今回は、メーカー側の更なる販売促進の意味もあり、全国デパートでの販売分にのみ、限定スマフォ(型の、ICチップ内蔵なモナカ構造のガジェット)が貰えるのだ。

「ガジェットは先着分しかないし、とにかく駆け足だ!」

 帝太郎は、高校生になった今でも、特撮番組全般が大好きだ。

 バイクヒーローからチームヒーローから巨大ヒーロー。更には海外のヒーローに至るまで、とにかくヒーロー物には目が無いのである。

 時計を見ながらソワソワしている帝太郎にかまう事なく、テスト返却が進む。

「風間くんは今回もトップだ。しかもクラスで、ではなく学年でだ。なぜなら唯一ただ一人、百点満点なのだからな」

 解答用紙を受け取りながら、教師から褒め称えられた少女は、風間葵(かざま あおい)。

 平均的な身長に優しい垂れ目。サラサラのセミロングに、恵まれたプロポーション。

「せ、先生、そんなこと発表しないでください…!」

 みんなの前で褒められた葵は、恥ずかしそうに頬を染めて、解答用紙で愛顔を隠した。

 決して褒められない自分の点数に、決して褒められない安堵感を得ていた帝太郎は、そんな葵の仕草に思わず見とれてしまう。

「葵ちゃん……やっぱり可愛いなぁ」

 入学式で一目見て以来、ずっと思い続けている、可愛い才女。

 頭の中と小声でのみ名前呼びの帝太郎は、この時ばかりは時間も目的も忘れ、少女の姿を横目で密かに追いかけてしまう。

 誰にでも優しくて穏やかな葵は、入学早々から無数の男子に告白を受けているという。

 バスケ部の部長やサッカー部のエースストライカーから、都大会で最優秀だった文学少年、果ては剣道部の全国大会優勝者まで。

 しかし、葵からOKを貰った男子は皆無。

 一時期は、演劇部に興味を持っていたらしいとか、漫研の部室前で見かけたらしいとかの噂もあったけど、葵自身は現在も帰宅部である。

(男子には興味ないのかな)

 なんて考えたところで、オタク趣味と身長以外は全てが平均でしかない自分なんかに、チャンスがあるなんて思えない帝太郎でもあった。

 小さな駆け足で自分の席に戻った葵は、いつものように友達に囲まれ、いつものように称賛を受ける。

「葵、満点なんてすご~い!」

「で、でも久しぶりだよ~ こんな点数」

「そんな事言って、この間の抜き打ちだって九十七点だったでしょ~」

「だ、だって今回は頑張ったもん~。今日は自分にご褒美–あわわ」

 友達の質問攻めに、何か言いかけて慌てた葵だった。


 終業の鐘が鳴ると同時に学ランを翻しつつ、鄭太郎は教室からダッシュ。

 大柄だけど走ると速い帝太郎の必死な強面に、生徒たちはみな自ら道を開けていた。

「急げ急げ! 限定が無くなってしまう!」

 下駄箱に駆け込んで靴に履き替え、下校する生徒たちを追い抜いて、校門から飛び出して右に曲がる。

 走って七分な駅前の繁華街に三分とかからず到着すると、駅に隣接したデパートへ一目散。

 おもちゃ売り場がある五階フロアに到着してキョロキョロすると、レジの前に、メーカーが置いたドライバー零の等身大立て看板を発見した。

「あった! あぁ、立て看いいなぁ~!」

 つい見とれた立て看板の横の檀上には、変身ベルトが箱積みされている。

 すでに幾つか買われていて、積み上げ個数は四つだったり二つだったり。

 限定特典は、入荷数と同じだけ入ると聞いているから。

「よし、これなら間に合っただろう」

 目的の箱を一つ手に取ると、帝太郎は人目も気にせず、デコボコだった商品の積み上げを綺麗に直す。

 これもオモチャ愛の成せる行為だ。

 そんな少年に気づいて、エレベーターからオモチャコーナーへ続く通路の柱に隠れて見ている、セーラー服の少女が一人。

「あ、あの姿…クラスメイトの皇上くん…!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る