第7話:「魔法が使いたい」

 ある日。


 私はアイビスと一緒に草原へと来ていた。午前中に二人で依頼を複数こなし路銀を稼いだので、午後は修行をしようという事にした。


「魔法が使いたい」


 それが、今の私の本音だった。


 私は広範囲魔法しか使えない。厳密に言えば他の魔法も使えるのだが、魔力の制御が効かない為、広範囲に影響を及ぼしてしまうのだ。気軽に使えるものじゃない。


 アイビスとパーティーを組んだ以上、魔力の制御は最重要課題だ。これからもパーティーメンバーが増えないとも限らない。他の冒険者たちを助ける事もあるかもしれない。


 そう思って、誰もいない草原で魔力制御の訓練をしているのだが⋯⋯。


 ボン。


「うひゃっ!」


 側で棒を使って素振りをしていたアイビスが飛び跳ねた。


 魔法が暴発した。手のひらを上に向けていたので被害は無いが、手のひらから空に向かって火柱が3メートルくらい立った。


「⋯⋯ごめん」


「いえいえ。⋯⋯どうやら上手くいってないみたいですね、師匠⋯⋯」


 アイビスは、こちらに気を使うように言った。⋯⋯なんだか申し訳無い気持ちになってくるな。何故かは知らないけど。


 ふと、素朴な疑問が頭に浮かんだので聞いてみた。


「⋯⋯ねぇ、アイビス。一つ聞いてもいい?」


「なんでしょう?」


「⋯⋯なんで、私が『師匠』なんだ?」


 そう。アイビスの初実戦の時、彼女はいきなり私を師匠と呼んだ。それからというもの、私の事を名前ではなく師匠と呼んでくる。


「なんでって、決まってるじゃないですか」


 アイビスはさも当然、というように迷いなく言った。


「師匠は私に戦い方を教えてくれたじゃないですか。冒険者としての知識も色々教えてくれてますし。だから師匠です」


 そして断言してみせた。以前のおどおどしたしゃべり方は影も形も無い。まるで別人だ。


 っていうか、そんな単純な理由だったのか⋯⋯。アイビスは意外とおバカなのかもしれない。


「⋯⋯それに、あの時『弟子にしてください!』ってお願いしたじゃないですか」


「⋯⋯⋯」


 ⋯⋯確かにあの時言っていた。だが、弟子なんて取るつもりは無かったからパーティーメンバーになってくれとお願いしたのだが。


「⋯⋯ダメ、ですか?」


 上目使いで聞かれてしまった。黒い二つの瞳が潤んで見える。可愛い⋯⋯。


「⋯⋯い、いや。ダメって事じゃないんだ。ちょっと気になっただけだから。大丈夫」


 彼女のあまりの可愛さに、少し慌ててしまった。


「ほっ。良かったです」


 アイビスは安心したように胸を撫で下ろした。そんな姿もやっぱり可愛い。


 ⋯⋯って、いけないいけない。なごんでる場合じゃない。早く訓練を続けなくては。


 結局、アイビスは弟子となり、私は師匠という立場となってしまった。


 まぁいいけどさ。








 それからまたしばらく続けて。


 少し疲れた私は休憩する事にした。


「ふぅ〜⋯⋯。なんで制御出来ないんだ⋯⋯」


「うーーーん⋯⋯?」


 私のつぶやきの横でアイビスが首をかしげながらなにやら考え込んでいた。


 そして何かを思いついたようで。


「師匠。そういえば師匠の攻撃魔法、見た事無いです。⋯⋯見せて貰えませんか?⋯⋯あっ、ダメならいいんですけどっ」


 アイビスはいきなり攻撃魔法をお願いしてきた。まぁ周囲には誰もいないし、空に撃つくらいは良いかもしれない。


「⋯⋯分かった。空に撃つくらいなら大丈夫だろうし、良いよ」


「やった♪」


「それじゃあ少し離れて。巻き添えを食うかもしれないから」


「分かりました!」


 アイビスは嬉しそうに返事をしながら離れていった。⋯⋯ほんとに嬉しそうだな。


 アイビスとの距離を確認した後、私はハンドソードを展開して空に向けた。角度は60℃くらい。街とは反対側に向けた。


 左手を右手に添えて、脚を踏ん張る。そして一言。


「⋯⋯ファイアブラスト」


 魔法を唱えた。


 足元に魔法陣が展開され、身体中の魔力が右手の剣先に収束する。ハンドソード全体が紅色の魔力光を帯びる。そして⋯⋯。




 剣先から、巨大な炎が撃ち出された。




 撃った瞬間、凄まじい反動に襲われる。足元に展開した魔法陣は反動を吸収+足場を固定するものであるが、それを以てしてもかなりキツい。


 撃ち出された炎は空の彼方へと伸びていく。その勢いは衰える事なく、空に浮かぶ雲を撃ち抜いた。炎の先にあった雲は、その周辺の雲もろとも消え去った。


 炎は徐々に細くなっていき、やがて終息した。紅色の魔力光も足元の魔法陣も同時に消えた。瞬間、かなりの脱力感に襲われた。魔力を消費し過ぎたのだ。制御が効かない為に魔力がだだ漏れし、そのほとんどは炎に費やされた。


 魔力が制御出来るようになるまで攻撃魔法は控えよう。そう決意した。


「⋯⋯⋯⋯」


 右を向いてみると、離れたところで立っていたアイビスが呆然としていた。口を大きく開き、半ば放心状態となっていた。


 ⋯⋯やり過ぎたか。


 私はため息を吐きながら、放心状態の彼女の元へと向かった。

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