GHOUL GUN !! ~ Odr World Breakers ~

Planet_Rana

第0話 That's right, let's make Oyako-don!


 木漏れ日が散りばめられた苔の上。水場に一人の少年が汗を流す。


 森から調達した蔓を削いだ物を水に晒し、それを編んで道具にするのである。少年の服は純白だが、特別刺繍がされているわけでもない。

 色があまりにもついていないので高貴な身の上なのかと思えば、どうやらそうでもない。


 この辺りに住む人間は皆、同じような白い服を着て枝蔓えだつるの武器を持ち、野獣を狩り、山菜を摘み、虫を食み、果物を採り。自然と共に生きている。森の中にツリーハウスのようなものを作り上げ、樹上を主なテリトリーとする彼らだが、水を必要とする時はどうしても下へ降りる必要があった。


 そして、小道具の材料採りや獲物の下処理などの面倒ごとは、大抵が子どもの仕事である。

 黒い髪をしたこの少年もまた、その雑用を押し付けられた最中であった。


 滝つぼに落ちる飛沫が時折頬にかかる以外には、ほどよい風と、心地よい陽気が流れていく。


 削いだ蔓を水に晒す時間はかなり長いので、少年はいつもの通り待ち時間を寝て過ごすことにした。川の岸辺に杭を打ち、川の中に漬かった籠を縄で固定する。


 ほどよい湿気と日光の暖かさに少年は芝生の上に寝っ転がった。普段からこうなのだが、大人たちはこぞって木の上にあがってから寝ろと言うので少年は不思議で仕方がなかった。


 だって、この辺り一帯の大地を走る野獣は野兎か猪ぐらいの物である。それがどうして、木の上で夜を過ごさねばならない程に危惧する必要があるというのか。


 そんな訳で高を括り、見える全ての要素に旗を立てまくったこの少年は、ぐうすかその場で寝息をたて始めた。


 数刻ほどだろうか。真上にあった太陽が傾き、そろそろ沈もうかとしていた頃、少年は覚醒した。


 ――目を覚ましてみれば、それはそれは地獄であった。


 肉を抉られる様な裂傷、ほじくり返された水晶体の残骸、散らばった視界。散開する思考。骨が軋む程の頭痛。奥歯が割れる程の歯ぎしりと共に、言葉にならない叫び声をあげた。


 守り事、語られる伝承には、大抵意味がある。


 神の場に立ち入っていけないのは辿り着くまでが命を賭ける程険しい道だから。

 忠告をおろそかにしていけないのは過ち一つで死ぬ様な環境であると知っているから。


 いつも大丈夫だったから、といって、その毎日が変わらずにずっとある訳では無い。


 少年はその事を悟るには若すぎたし、それこそ運が悪かったとしか言えないだろう。


 顔面が軒並み痛く感じるので、自分の身に何が起きたのかすら理解できない。這いずって川の方へ行けば、そこで初めて真っ赤に染まる顔面が自分であることと、左の目が消失している事実に気づく。


「――っ!?」


 最早麻痺してきたその痛みを堪えながら水面の鏡の上を片目の視線で追えば、自らの愚かさが招いた珍客の姿が見受けられた。


 雄鶏の頭。蝙蝠の翼。蛇の尾。少年の背丈の倍はある巨躯。木の幹のように太い猛禽の足。

 その酷く痩せた身体には不釣り合いに、生粋の菜食主義と言われる怪鳥――コカトリス!!

 鉤爪のように湾曲したくちばしには、少年の物と思われる鮮血が滴っていた。


 少年にとってもう一つ不幸だったのは、某怪鳥の鋭い眼光に「石化の呪い」効果があったことである。


 チカッ。


 瞬きほどの短い閃光。

 光を受けた少年は、生きた石像と化した。







 最初の五年で怪鳥は森から姿を消した。


 次の二十年で森から人々が居なくなった。


 季節が百度巡ろうが森は森の形を保ち。


 しかしそれも千を超えた頃に燃やされた。


 千三百程度数えてから、森は徐々に回復したが。


 千を二度数える頃には森だった区域の五割が人里となり。


 四千を数える頃には森の元の姿を伝える者が息絶えた。


 冬と夏を繰り返し、苔むした像は風化を待つばかり。


 だが。六千年を越えた辺りで少年は叩き起こされる。

 具体的に言うと、六九七十年目の朝方に。


 文字通り頬を叩かれるようにして、少年は石から現実に還った。


「……?」


 視界を取り戻してはじめに目に入ったのは真黒のフードを目深に被ったボッサボサのツインテール。口づけでもするつもりなのか、無駄に顔が近い。


「やあ、おはよう。アタシの言葉、分かる?」

「……!?」

「何となくでいいんだよー? 敵意の有無。肯定と否定。生きる意思と死ぬ覚悟。それだけ分かれば十分だからさ」

「……!?」


 言葉が通じない以前にジェスチャーであらかたの意思疎通を図ったその姿は、少女と呼ぶには若すぎで、童女というには余りに目が死んでいた。


 月のように黄色い瞳をくりくりと動かす。ネコのような瞳孔だ。少年を見下ろす少女の目は、暗闇のそれに似て新月のような深淵を覗かせる。


 ついさっきまで石のように(最早石そのものになっていたのだが)固まっていた少年は、腕や足に貼り付いた苔を目視で認識するも疑問符を脳内に浮かべた。


 周囲には帰る道はおろか、見覚えのない草花や木々しか見当たらない。少し離れた位置に視線を逸らすと、見える範囲にあった筈のツリーハウスは木ごと消失していて、だだっ広い開けた土地だけがそこにあった。


 少年はまだ読めないが、そこには「集合住宅建設予定地」の立て札。


「ねえねえ、無視しないでよね。ね、それともなあに? 家族も同族も居ないって分かって辛いのかな? 見た目人間だものね、キミ。しかも人並みにはさとい?」


 少年は聞かれながらも答えることなく、淡々と状況を整理していく。


 見覚えのない風景に、見覚えのない服装の女性。見覚えのない場所にも関わらず、土の感触だけは同じだと自らの背中が語っている。


 眠っている間にどれだけの季節が巡ったのだろうか。


 木々が枯れ落ち、平らな土にならされるまでの間にどれだけの期間が居るだろうか。


 人が川の流れを止めるのにどれだけの労力が必要だろうか。


 空が青色から灰色に変わるにはどれだけの時間がかかるだろうか。


 色のついた服を人間が手に入れるにはどれだけの発展が要るだろうか。


 人々は恐らく、停滞を良しとせず進化したのだろう。


 ああ、どれにしても自らの寿命とは測っても釣り合わない。天秤に乗せたところで溢しておしまいだ。


 私は生きすぎたに違いない。家も家族も血縁者も全てを置き去りに、在り続け過ぎたに違いない。


 酷く悲しくて辛くて、しかし数千年という年月は長すぎて、もう誰の顔も声も思い出せはしなかった。声も顔も、あの場の香りさえ、心なしか空気が薄い気がしてならない。息がし辛いのだ。


 おぼろげな記憶の中にあるのは、鮮烈な赤色と、それを啜った怪鳥の瞳。


「……コカトリス」


 零れた言葉に、目を丸くするツインテール。


 少年はお構いなしに思考する。怪鳥への復讐方法を考える。

 ああ、そうだ、相手は鳥なのだ。鳥なのだからいっその事、捌いて食ってしまえばいい話じゃあないか――。


「コカトリス……あいつ許さん……親子共々食ってやる……」

「へ?」


 呆けた声を返したツインテールは、それから腹を抱えて笑い出した。


「あはははははははははは!! ぼっ、某怪鳥を食べたいと? 面白いことを言うなぁ! 鳥と卵の料理は数多いが――そうだ! 確か東の方にもあるよなぁ穀物に乗せる『どんもの』っての! ははっ。まあどう転ぶにせよ、あはは! 焼身しようと思ってたけど死ぬのやーめたぁ! キミ、アタシと来ない? 何だか退屈凌ぎになりそうだ!」


 何度か発音を聞くうちに何となくではあるが、女性の言葉の意味を理解した少年は口を閉じる。

 石化の期間が長かった後遺症なのか、全身は殆ど硬直して動かない。既に、唇を動かす体力も残っていない――それでも、奪われた目玉と人生に誓って、少年は復讐をやり遂げると心に決めた。


 一つ残った右目を辛うじて動かして、快諾の意を表する。


 女性はその様子を見て、非常に嬉し気に目を細める。それこそ狐が目を細めるようにというか、化け物が月型に瞼を歪めるあれである。


「そうだねぇ、それがいい。あ、そうだ。既に人間としての寿命を超えてしまっているみたいだからね。このままだとキミは直ぐに死んでしまう! 死にたくないよねぇ、復讐を心に決めたんだもんねぇ! ふふふ。じゃあじゃあ、まずは人間を辞めてみようか!」

「――」


 疑問を抱くより早く、意識が泥に沈むより速く、数千年ぶりに軟化した肌に容赦なく突きたてられたそれを、諦めと希望とでない交ぜになった不安定な全身をもって招き入れ。




 この日、彼は人として最後の夢を見た。







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