本当に死んでほしい、敬愛すべきあなたへ
無為憂
第1話
星空の綺麗さは、「星空が綺麗だ」と言って終わりにしたい。けど、それじゃ才能のある書き方はできてなくて、そんなんじゃただの小学生の作文で、私はうーんと頭を悩ませて、「君のいないまま見る夜は寂しいだろうな」と書いた。
ああだめだ。書けない。
私は項垂れて、パソコンをシャットダウンした。
「立花ちゃん、どうしたの」
部室で淹れたインスタントコーヒーを啜っていた先輩が笑いかける。
「あの……」
そこで私は言葉を濁す。その先に続く言葉を言ってしまったら、私はあの言葉を守れなくなる。私の唯一の心の支え。それにしか縋れないのだから。
「なんでもないです」
「そっか。無理はしないでよ」
先輩は優しい。田畑傑という男は、いつだって周りに優しい。でもその優しさは、彼本来のものではない。そこにいるための優しさ、というか。周りを見ているようで見ていなく、そこにいるかのようで、そこにいない。みたいな。
「先輩こそ、無理はしないでくださいよ」
部室が先輩の飲むコーヒーの匂いで充たされる。部室は、二つのデスクトップパソコンと四つの相向かいの学校机で成り立っている。あとは、私と先輩の私物がちらほら。
「コーヒーだって何杯目ですか、今日!」
先輩に釘を指しておくと、
「まだ二杯目だよ。それにこうもしないと作業が終わらない」
先輩は、限界が来そうな瞼をぱちくりさせる。意識的に目を閉じないと、いつの間にか眠ってるんだよ。前にそう言ってたような気がする。
「そっか、締切」
「そう。作業の締切だよ」
「その仕事、やめればいいんじゃないですか」
「そう簡単にやめられないよ。俺がやめたらあとの三人はどうなる?」
「そうですね、浅はかでした」
先輩は、高校生で小説を書く人の作品を掲載した月刊誌の常連だった。そこに掲載されるには高校生の域を出た小説を書く必要がある。毎月高校生たちは、その月の掲載権を争って小説を投稿する。けど、そこに載るのはほんとに僅か。そりゃそうだ、少なからずともお金をとっているんだし。高校生作家も実際世の中にいるわけだ。その人たちを全力で集めたとしてら掲載枠は埋まってしまうだろう。それを、先輩は毎回勝ち取ってきた。その業績で、先輩は数少ない連載権を獲得した。ほんとうに凄い人だ。もはやセミプロ。
そして先輩と同じく連載権を持つ人があと三人いる。才能は、本当に怖い。
「でも俺は正直、やめたいよ」
カップを机に置いた先輩が、ぐううと伸びをする。ポキポキと骨が鳴る。
「なら、」
その後は、発することなく先輩に遮られる。先輩のスマホにLINEのあの独特の着信音が鳴動する。先輩は、それを確認すると、今まで浮かべていた笑顔と疲労の色を消し、険しい表情を浮かべた。
「見てくれ」
先輩は私にスマホの画面を見せる。そこのトーク履歴の一番下には、『いままでありがとう』の文字があった。
「これは?」
先輩は何も言わない。そのまま私にスマホを押し付け、先輩は席を立つ。カップを洗いに行った。
抵抗はありつつ、私にスマホを渡したということはそういうことなんだろうなと思って、詮索を始める。
直前のトークには例の月刊誌のことが書いてあった。
『僕は凜々花が読んでくれるから楽しいよ。傑の小説も好きだし』
今画面に表示されている一番上の履歴には、そう返信がされてあった。先輩が何をトーク相手に送信したのか、それをスクロールして見るのは流石に気が引けた。そのまま、私は下に目を移す。
『まあ、僕ら四人だけ連載権を持っているのは荷が重いよね』
『あげられるものならあげたい』
先輩はそう返信している。
『それは無理だよ笑』
『冗談だよ。気にしないでくれ』
『次の小説も楽しみにしているから』
一分も空かない連続のやりとりに先輩は五分かけて、『おう』と答えていた。
そして、その数日後、先程来た『いままでありがとう』のメッセージがそこにある。
「立花ちゃんは、どう思う?」
「どうって。変です。男の人って急に感謝とか伝えたくなるものなんですか?」
「人によるかな。ちょっとおかしいとは思う」
「母の日とかでもありませんもんね」
「そうだな。まあ、ここは無難に返しとくよ」
「それが一番いいですよ。きっと」
そしてまたこの話題が出たのは、四日後だった。
「あれから返信がないんだ」
「やっぱり何かあったってことですか?」
「ああ、電話も掛けたんだが、音沙汰なしだ」
不意に部室にあった、去年の文化祭の立て看板が倒れる。
私は看板が立てた音にびくっと肩を震わす。先輩は、驚きよりも心配の感情が上回っているように見えた。
「前兆、とかではないですよね、これ」私は恐怖して、息を吸い直した。「その人、どういう人なんですか?」
「月白蓮。俺と同じ連載権をもった一人だよ」
それから先輩は、月白さんについておおまかに語ってくれた。
「残りの二人には話したんですか?」
「話したよ。でも知らないって」
「そうですか。為す術なし、ですね」
「ああ」
それから先輩は黙りこくった。私は手を止めていたタイピングの動きをこの空気に耐えきれず、再開する。小説の進捗は相変わらず芳しくない。この状況で進むわけなんて無いんだけど。ツライコノクウキ。そう打ってから空気を裂くように消していった。
ワードに文字が消えると、先輩は言った。
「立花ちゃん。お願いがあるんだ。週末、一緒に月白の家に来てくれないか?」
「私? 私ですか?」
先輩は真剣に私を見つめていた。
「──わかりました。同行させていただきます」
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