第3話 戦況図上の邂逅

「パンツを見ておいでですか」

 戦略スクリーンに描写されたいくつものカラフルな布地をじっと見つめる上官に、赤髪の少女が穏やかに問いかける。

「パンツは、いいわ」

 金髪の指揮官は、視線を逸らすことなく溜息をつくように短く応じた。

「このパンツの素晴らしさに比べれば、私たちの戦いなど些細なものなのかもしれません」

 会戦の光景を投影したリアルタイムの映像には、戦場に散りゆく敵と味方のパンツが別け隔てすることなく平等に映し出されている。

「確かにこの戦いは退屈だわ。せっかくの新鮮なパンツをこんな画面越しにしか鑑賞できないだなんて」

 はためくスカートと見え隠れする色とりどりのパンツ。

 散りゆく乙女たちの無念を象徴するかのように華々しくもどこか儚げな光景を眺めながら、司令官は首を振った。

「ご自重ください、レオナ様。今回の作戦は新入生にとっては初の実戦です。レオナ様ご自身が出陣されたのでは、彼女たちのためになりません」

「分かっているわ。セントミナ学園の件、ちゃんと報告は受けているもの。今は一日も早く使える戦力を増やすことが最優先よ」

「正直なところ、私は不安です。本来であれば、新入生の実戦投入は2ヶ月先のはずでした。いくら状況が切迫しているとはいえ、この戦いで果たしてどれほどの犠牲が出るかと思うと……」

金糸雀カナリアに鶏の餌を与え続けたところで、いつまで待っても鶏卵たまごを産むようにはならないわ。戦う才能を持たない子たちには、せめて美しく散る姿でわたくしの目を楽しませていただきましょう」

 クスクスと冷徹に笑うレオナの正面で、またひとり、可愛らしい水玉柄の綿パンツを穿いた新入生があられもない姿を晒している。

「無駄に兵を損なう作戦には賛同できません」

「わたくしには戦うなと言っておいて、ずいぶん勝手な言い草ね」

 楽しそうに笑うレオナを見つめて沈黙する副官。

「分かっているのでしょう、瑠璃るり。わたくしが戦場に出れば、この戦いの犠牲は最小限で済ませられる。でも、ここで新入生をまともな戦力に仕立てることができなければ、遠からず、我が校の生徒は根こそぎ虜囚の身に堕とされることになるわ」

 身動ぎもせず、スクリーンに向かって正対したままのレオナ。だが、彼女の両手は爪が掌に食い込むほど固く握り込まれていた。

「レオナ様……」

 上官の苦悩に今更ながら気付き、瑠璃は恥じ入るように頭を下げて膝をつく。

「あっ! 見て見て、瑠璃っ! この子、あどけない顔をしてレースのスケパンなんか穿いてるわよ!」

「レオナ様!」

 情に薄い訳ではない。ただ、パンツを慈しむ心は常に別腹なだけだ。

 悼む心と愛でる歓びを併せ持ったレオナは、まさに頂点に立つに相応しい資質の持ち主なのだろう。

 瑠璃は呆れながらも納得すると、改めてスクリーンの光景に目を移した。

「やっぱり新入生の戦闘は、初々しくって良いわねぇ」

「……楽しむのは結構ですが、指揮官としての仕事もお忘れなく」

「部隊長たちは皆よくやっているわ。わたくしのかわいい小鳥ちゃんたちは優秀よ」

 戦闘はレオナ率いるグレイネ学園第1分校の側に有利な状況で推移していた。

 兵数は敵のおよそ1.5倍。新入生が主体であるとはいえ、圧倒的に近い兵力差は容易に覆されるものではない。

 加えてレオナの言うように、部隊長を務める生徒会役員の指揮は安定しており、今のところ戦況は危なげないように見受けられる。

「……勝ったわね」

 やがて、特にレオナが指示を出すまでもなく、戦況は決着のときを迎える。

「敵右翼の一角が瓦解していきます」

「言ったでしょう。小鳥ちゃんたちは優秀だって」

「仰るとおりでした」

「もうまもなく敵左翼の戦線も崩壊するでしょう。勝敗は決したわ」

「通常であれば、掃討作戦へと移行することになりますが……」

「貴女も分かっているように、今回はここからが難しいところね」

「はい。敵戦力を極力残したまま、降伏へと導かなくてはなりません」

「予備兵力を投入するわ。つぐみとその部隊に通達して。指揮下の全兵力をもって敵本陣を強襲しなさい。無益な抵抗を一刻も早く止めさせて、無駄に兵たちが損なわれるのを食い止めなければ、この会戦の勝利も意味のないものとなってしまうわ」

 レイナの指示は、いくつかの命令系統を経由して遅滞なく迅速に予備兵力を統括する高梨たかなしつぐみの元へと伝えられる。

「命令了解いたしました。直ちに出撃いたします」

 伝令に対して速やかにそう応じた鶫であったが、その返答が実際に行動に起こされるよりも早く、事態は思いもかけぬ方向へと急転する。

「レ、レオナ様! 予備兵力が奇襲を受けています!」

 第一報がレオナの元へ届いたのは、鶫の出撃受諾回答とほとんど同じタイミングだった。

 ピクリ。レオナの眉がかすかに歪む。

 戦況図に輝く青い煌めき。

 レオナのいる本陣を示す光点のすぐ隣側、予備兵力が展開しるはずの地点と重なるようにして、未確認勢力を表す黄色い光点が瞬いている。

「思っていたよりも、面白くなりそうね」

 不敵に呟いたレオナの顔には一点の曇りもなく、ただ圧倒的な自信と活力が満ち溢れていた。


 ……実のところ、それは、のちに数多の因縁が生まれる二人の英雄――すめらぎレオナと黒風くろかぜ茶依子さよこの運命が初めて交差した記念すべき瞬間であった。

 しかし、今はまだ、その事実を知るものは誰もいない。

 ただ戦況図に映る2つの光点だけが、二人の邂逅を証明するかのようにチカチカと競って明滅を繰り返しているだけであった。

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