異世界での生活

13. 勇者と魔王


 ――そして物語は冒頭へ。




 「この一か月、色々あったわね……。結局、お金が無いから美月ちゃんの部屋にいるわけだけど。ごちそうさま」


 「ああ」


 白米とたくあんの夕食を平らげたアサギはお茶をすすり、相も変わらず仁はアサギには素っ気ない態度で返事をする。結局、仁とアサギは美月の部屋に入り浸っている。

 仁は迷惑をかけたくないと出て行くつもりだったが、先立つものがないのだ。隣が空き家なのでここに住もうとアサギははしゃいでいたが、入居費用のことを美月に聞いて膝から崩れ落ちた。


 「店長も最初の一万円以外は来月だって言うし、しばらくは無理だろうな」


 「そうねー。あまりお金も使えないからご飯もこんなんだし……。うう、ハンバーガーが食べたい……」


 「ごちそうさま。魔王よ、お前あまりシフトに入っていないようだが大丈夫なのか? そんなんじゃ自分の城を持つことはできんぞ」


 二人分の食器を片づけながら鋭い目を向ける仁。彼の言う通り、アサギのシフトは週三しか入っていない。アサギは口を尖らせてから言う。


 「いーじゃん。魔王たるこの私が汗水流して働くのは性に合わないもの。それにあんたが朝晩働いているんだからすぐ貯まるでしょ? そしたらふたりで済めばいいじゃない」


 「? なにを言っているんだ? 俺は金が貯まったらひとりで出て行くつもりだぞ?」


 「え!? な、なんで!? 私を連れて行ってくれるんじゃないの!?」


 「……どうして俺が魔王にそんなことをしなければならないんだ? だから働かなくて大丈夫かと聞いたんだ」


 仁は洗い物が終わると、テーブルの前にもどりお茶を飲む。一息ついたところで、肩をプルプルと震わせたアサギが仁へと詰め寄る。


 「私も一緒に連れて行ってよ! 同じ世界から来たのってあんただけなのよ? 協力しようって気はないの?」


 「無いな」


 にべもなく返され、ぐぬぬと引っ込む。しかし、まだ諦めてはいない。


 「一緒に元の世界に帰るために、ね? 協力しましょう? ……お願いします! なんでもしますから!」


 まったく相手にする気を見せず、テレビを見ていた仁が『なんでも』という言葉に耳がピクリと動き、アサギへと向く。パァァと顔を明るくするアサギだが、続く言葉は、

 

 「なんでも、だと? なら死んでくれるか? それが嫌なら俺の前から消えろ……!」


 と冷淡な言葉だった。怒りを露わにした仁に首を掴まれ、ぎりぎりと締められるアサギ。


 「な、なんで……」


 「なんで、があるかお前のせいで――」


 「ちょっと何してるんですか!?」


 そこへ帰宅してきた美月が買い物袋を取り落としながら仁を引き剥がしにかかった。仁は美月を見てハッと正気に戻り手を離した。


 「ごほ……ごほ……」


 「大丈夫ですかアサギさん? 仁さん、どうしてこんなことを?」


 「……風呂に入る」


 謝罪の言葉はなく、仁はバツが悪そうな顔をして二人から離れて浴室へと向かう。その背中を見ながら美月はポツリと呟いた。


 「仁さん……」


 「ありがとう美月ちゃん。あー真面目に死ぬかと思った! 人間の体になっているから、あれだけでも結構きつわね」


 「魔王の時はどうだったんですか?」


 「んー、ちょっとした武器なら傷一つ付かなかったわよ。あっちで私とまともに戦えたのは、仁ともうひとりだけだったかなあ」


 「もう一人、仁さんみたいに強い人がいたんですね。というか、仁さんをとっちめないと!」


 「別にいいって♪ むこうじゃ命を狙われるのは日常茶飯事だったし。あ、仁みたいに強かった人ってやっぱり勇者だったんだけど、倒しちゃった! でね――」


 と、アサギが向こうでの話をし始めたので、美月もホッとして買ってきたお弁当を広げて会話を続ける。しかし、その話を風呂に行ったはずの仁がリビングからお風呂へ向かうドアの向こうで聞き耳を立てていた。


 「……やはりあいつが……。しかしこの世界で魔王を殺せば俺は犯罪者、か。戸籍を手に入れる前に殺すべきだった……」


 日本の知識を手に入れた仁が、忌々しいとばかりに顔を歪めるのだった。 



 ◆ ◇ ◆


 ――翌朝


 仁はこの一か月で昼間の仕事も始めたので、今朝もはよから出勤していた。仁は役所の白石さんの伝手で喫茶店のお手伝いを少し前から始めたのだ。


 「おはようございます」


 「ああ、おはよう仁君。今日もよろしく頼むよ」


 五十にはなっているだろうという風体の柔和な顔をした男性が仁の肩を叩いてにこりとほほ笑む。しかし、その時首を傾げて仁へ尋ねる。


 「どうしたんだい? 何か嫌なことでもあったかね。気配がピリッとしているようだが」


 「……いえ、そんなことはってわかるのか? ……わかるんですか、猛さん?」


 居酒屋でのお仕事の時、美月に口調を窘められていたのを思い出し、言いなおす仁。すると猛が口元にニヤリと歪めて口を開く。


 「まあ、僕くらい歳を食うと判るもんだよ。さ、開店の準備をしないとね」


 「ええ」


 仁は美月とファミレスへ行った際に気にいった黒い水……もといコーヒーを気にいっていたのでこの仕事は好きでやっていた。シックなお店の雰囲気も悪くないなと、思っている。

 そして猛に背中をポンと叩かれた後、苛立ちがおさまっていくのがわかった。


 さて、この佐々木 猛のお店”コムラード”は駅前にある喫茶店で朝はモーニング、お昼時はランチのスパゲティが人気のなかなか繁盛しているお店である。もちろんコーヒーも豆から選定しているのでぬかりはなく、お昼が過ぎた後はコーヒーを飲みながら読書をするために来店する人も少なくない。

 人気過ぎて店が回らなくなってしまうことがあるため、アルバイトを欲していたところに仁が紹介されたのだ。


 「コーヒーは僕が淹れるからね。仁君はいつも通り料理を頼むよ。朝から来てくれて、料理ができるのはありがたいね」


 「はい。こちらこそ俺みたいなよくわからないヤツを雇ってくれて感謝しています」


 朝のモーニングのトーストや目玉焼きの準備をしながら返事をする仁。


 「(早くミツキの家から出るため金を稼がないとな……)」


 笑顔の美月を思い浮かべ、彼は少し残念だがと胸中で付け加えながら、今日も一日が始まった。

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