12. 一方そのころ


 <異世界エレフセリア>



 「どうだ?」


 「ダメですねえ、うんともすんともにんともかんとも、種も仕掛けもありませんでしたね」


 轟焔将軍のリーヨウが玉座を調べている轟嵐将軍のヤアナに尋ねるもヤアナの答えは期待できるものでは無かった。


 「そうか……。しかし、魔王様は一体どこへ行ったのだ? 魔王城から一歩でも出たら人見知りで死んでもおかしくない方だから外に出ているとは思えないけど」


 「ま、そうですね。勇者も一緒というのは気になります。相打ち覚悟で消し去った、というのはどうでしょう?」


 「いや、お前、どうでしょうって……『そうだったらいいな』みたいな感じで言うな。後でバレたら殺されるぞ?」


 リーヨウが呆れた口調で片眉を吊り上げてから窘めると、ヤアナは肩を竦めて言い放つ。


 「冗談ですよ。しかし本当に困りましたね、魔王様が居ないとなると面倒ごとが増えますし」


 「だな……とりあえず、人間達は勇者が消えたことで動きはしばらく無いと思うが、問題はあいつらか」

 

 「ですねえ……。魔王様がいなくなれば首を出してくるでしょう」


 ヤアナの言葉にリーヨウは腕を組んで考える。あいつらに対抗するのは自分たちでは難しくない。が、『各国の魔王』にもこのことを知らせねば、あいつらは一気に地上に乗り込んでくるだろうと。

 

 やがて考えをまとめたリーヨウは口を開く。


 「よし、俺はここに残る。ヤアナ、ナチュラ、ロオドは他の国へ向かってくれ。俺達にとって脅威はあいつらだけだ、できるだけ迎撃態勢を取ってもらおう」


 「そうですね。では、ふたりにも伝えておきます。ナチュラさん、ロオドさん! 旅行ですよ旅行!」


 「あ、お前!? 遊びに行くんじゃないんだぞ!? ……ったく。さて、俺は俺で調べ物を――」



 仁やアサギが居酒屋で働いているなど露知らず、そんな一幕が魔王城で行われていた。リーヨウは再び消えた原因を探るため国を奔走することになる。


 そして――



 ◆ ◇ ◆



 「うっふっふ。目障りな魔王が消えたわねミール」


 「そうね、マール。あの人間に渡した剣が役に立ったわね」


 「ええ。魔族の魔力に反応して次元の裂け目を作るあの剣が……! おかげで勇者ともども葬り去れたわ」


 そう話しながら笑い合うふたりの女性の顔は瓜二つ……そう、ミールとマールは双子である。そして、地上世界を水晶玉を通して見ながらさらに続ける。


 「私達『天使』が地上征服に乗り出す第一歩を作り出した……この功績は大きいわ。大天使様もきっとお喜びになるわね」


 「それに、馬鹿な人間も協力してくれるみたいだから今後は楽になる。後は魔王以下、魔族を魔界へ引きこもらせないとね」


 「手は打ってあるわ。すぐに地上も私達天使の楽園に変わる! 人間という奴隷もでき、一石二鳥! 笑いが止まらないわ」


 「うまくいけば私達も大天使になれるかもしれないし……」


 うふふ、と笑い合うふたり。見ての通り、彼女達が仁とアサギを異世界へ追いやった黒幕である。自慢げに成功したことを、葡萄酒を呑みながら語り合う。


 「まあ、マールは少しだけ役に立ったし、おこぼれくらいはもらえるかもしれないわね」


 その言葉にピクリと反応するマールが眉を吊り上げて言い返した。


 「ミールはあの剣を作れなかったじゃない! 計画だけ立てて、後は全部私がやったわ!」


 「そんな小さいことを言うから胸が小さいのよ?」


 「あんたみたいに牛みたいなのよりはマシよ?」


 「「……」」


 しばらく沈黙したのち、ふたりは睨み合う。やがてフッと笑いあった瞬間――


 「「この……!」」


 つかみ合いの喧嘩になった。


 頭の出来はともあれ、異世界へ吹き飛ばすことができた彼女達の能力は優秀だった。


 また、彼女達『天使』はかつて自分たちが捨てた地上を取り戻す、天上に住む者達である。キレイになった地上を惜しくなった、というわけなのだ。


 それはさておき、この物語の彼女たちの出番はここで終わりなのであまり覚えなくても良いだろう。


 「「え!?」」


 地上を奔走する将軍たち。地上征服をもくろむ天使たち。彼らの戦いは始まったばかり――


 「ねえ、ちょっと嘘でしょ!? わざわざおしゃれしてきたのに!?」


 「ほ、ほら、『一方そのころ』とかで出番あるってマール」


 始まったばかりである!


 「あ、これもう出番ないやつだ!?」


 「えええええ!?」





 ◆ ◇ ◆



 「国王、勇者ジン、それと魔王フリージアが消えました」



 「そうか……。げへ……げへへ……。そうか、消えたか……。これで世界を手に入れる手はずが整った。戦争の準備をせい!」


 「い、いえ、お言葉ですが、各国も魔王が存在します。それらを排除せねば――」


 「くっくっく……。勇者と魔王が消えた理由を知らんから無理もないが、わしには天使族がついておる。いずれ共に世界を征服する同士じゃ。勇者と魔王を排除すれば世界の半分はわしに委ねてくれると約束してくれたからのう、恐らくすぐに天使たちがこの城へやってくる。そうなれば戦争の始まりじゃ! わは、わはははは!」


 「……」


 報告にきた兵は、狂った王の姿を見て一礼をして去っていく。


 いつからこうなってしまったのか、と思いながらとぼとぼと通路を歩いていく。そもそも勇者は国王が追い出した弟の息子なのに、消えて喜ぶなど正気の沙汰ではない。


 「はあ……」


 「どうした?」


 その時、兵の近くにいた男が声をかけてきた。顔を上げてぎょっとなった兵が姿勢をただして敬礼を行う。


 「こ、これは王子! ご機嫌麗しゅう……」


 「威勢の割には元気がないな? 何かあったか? ……父上か?」


 その言葉でびくっとなる兵。それを見て王子と呼ばれた男はため息を吐く。


 「やはりそうか……日に日におかしくなってくるな、父上は……。天使族と名乗る者と謁見してからなおのことだ……」


 「ええ……。この国はどうなってしまうのでしょうか?」


 「俺にはわからん。が、このままではまずい。ジンさんはまだ戻ってこないのか?」


 そう言われてバツが悪い顔をする兵。しかし黙っていてもいずれバレると、口を開いた。


 「その、勇者様は……魔王と共に、消失しました……」


 「なんだと!? それは確かか!」


 「ハッ……魔王城から勇者様も戻ってこず、いつも魔王の側近が、近くの町に負けた勇者様を教会へ連れてくるのですが勇者が消えた、と言って去って行ったそうです」


 「律儀……。い、いや、そんなことはどうでもいい!? ジンさんが居なくなったらこの国は本当に終わるぞ……。俺が何とかするしかないのか……」



 そう呟いて王子は踵を返して自室へと向かった。





 ――人間と天使と魔族。


 三種族の思惑が交差するエレフセリアの人物たちの出番は、しばらく、無い。 

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