第15話 演者
本当は薄々、感じていたけれど。
認めたくなかった……。
彼女と――彼の想いを。
「な……にを言って」
さすがに予想できなかった宣言を受け、追うように浮いたのは竹平の腰。
だが、続くかのえの言葉に遮られた。
「人魚は相手の心を読めるんだ。だから……竹平君もそう。勘違いだったのよ。私が好きって。淋しかったから……私と同じように、竹平君も淋しかったから、好きだって、気持ちをすり替えてたの。竹平君、私のこと、お母さんのように慕っていただけなのに」
「っ! んな話が――」
「だって、あの子のことも、そうだったでしょう? ママって呼んで」
「なっ!?」
かのえの言葉で思い起こされる、泉を「ママ」と呼んだ記憶。途端に蘇る羞恥だが、それを恋人に知られた上、恋愛感情を否定する口実として使われた日には、絶句するしかない。それでも、否定せねばと発しかけた声は、しかし、首を振るかのえに封じられてしまう。
「本当に、違うって言える? 竹平君、言ってたじゃない。お父さんから勘当同然で追い出されたけど、お母さんとは連絡取り合ってるって。お母さんっ子でしょ、竹平君は。それに、本当は家を出るならちゃんとした形で、こんな風に心配させるようなことはしたくなかったって、思っていたでしょう?」
「…………」
父親との確執や母親と連絡を取り合っている話は、確かにかのえへした憶えがある。
だが、続く本心は竹平だけが知ることのはずだった。真面目と受け取られかねない考えが恥ずかしくて、かのえには「いつかは出る家だったんだ。早いか遅いかの違いだけ」とうそぶいていた。
それをこうして語れるかのえ。隠していた己の本心を前にして、勘違いだったと判じられた恋心を、そんなことはないと言える確証はなかった。
竹平が言葉を失えば、かのえはまた「御免」と謝る。
「私ね……人魚の彼女と一緒になって、人の心の中を覗き込む能力を持ったんだ。竹平君を自分に縛りつけようとしたり、ね?」
覚えのある、かのえに見つめられては、ままならなかった身体と心。
しかし、気づきを促す口振りに、竹平は黙り込んだまま。
「でも……気づいてしまったの。私の想いは、最初から別の人にあったんだって。その人と竹平君、似ている気がしたから……無意識に、重ねてしまった……」
「…………か?」
似ていると言われるほど、似ているとは思えない名。
掠れた声で尋ねても、捉えられなかったかのえは首を傾げ、
「
はっきり告げれば、かのえの瞳が揺れた。
泣きじゃくりそうな顔で笑う。
「そっか…………分かるんだ。すごいよ、竹平君。私は……気づいてなかったのに。気づきたくなかったよ……私が殺してしまった後で、なんて」
くるりと回ったかのえは、竹平に背を向けた。
事実から目を背けるように。
だが竹平は眉根に皺を寄せて言った。
「殺したって……レージさん、事故死、だろう? しかもその日はお前、別のところで撮影だったじゃねぇか」
「…………知ってた……の?」
ゆっくり、かのえがこちらを振り向く。
頷けば、驚きが責める表情に変わる。
「じゃあ……じゃあどうして…………どうして何も言ってくれなかったの?」
落ち着いた声音が紡ぐ、勝手な言い分。
忙しくなっていた竹平を慮り、何も言わなかったのはかのえの方なのに、知っていたなら何故、言ってくれなかったのか――と。
言ったら、どうしただろう、かのえは。
竹平は考える。
(たぶん、頷いて…………でも、それで終わりだ)
辛くても、訴えることを彼女はしない、してくれない。
気遣えば、大丈夫だと答えるのだ。
電話口でも分かる、震えた声で。
素っ気ないメールでも、感じ取れてしまう悲哀を抱えて。
会えばもっと顕著に、竹平の心配を拒絶するだろう。
想像は容易かった。
それなのに、どうして今まで気づかなかったのかと、竹平の方こそ思う。
かのえの、竹平へ対する思いやり。
それは――親が子に接するモノとよく似ていた。
決して対等ではない。
心配をかけさせたくないという、庇護する対象としての扱いを今更思い知る。
「……どう言えば良かった? 安易に慰められるほど、お前とあの人の関係は浅くないだろ? それなのに……お前たちの関係からじゃ、完全な部外者の俺に……何か、言える言葉があったのか?」
最後は自問。
しかし、かのえは噛みつく。
「言ってくれれば良かったのよ! 知っていたって……だったら私、まだ……失ってないって思えたのに……理解者を」
「……何も言ってくれないお前を理解できるヤツなんて、いるのかよ」
苦く言えば、俯きかけた顔が上がった。
強い瞳で睨みつけられる。
――だが。
「いたわ! あの人はいつだって私を」
かのえが本当に見つめている先は、竹平ではない。
恨むような視線の先にいるのは――
「理解していたなら、どうしてお前が、自分が殺したって話になるんだよ」
指摘すれば、揺れる瞳がのろのろ下降していく。
これを座ったまま見つめる竹平の視界に、不意に入ってくる、生白い姿。
じーっとこちらへ向けられる、何の感慨も浮かばない、黄色く濁った眼。
無機質に見入るその感覚は、竹平のよく知っているモノに似ていた。
心の奥底へ潜り込む様でありながら、内包した表面だけを映す――
(そうか。だから俺、結構冷静なんだな)
いつもより感情的になれない自分を自覚する。
まるで別人を演じているような。
なればこそ、かのえの思いが露呈する。
彼女が最後だと言うのなら、全て聞き出すつもりで竹平は前を向いた。
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