第22話 遊びの終わり

「待てっ!」

 人ゴミを掻き分け、追いついてきた月並みな台詞。

 だが、誰がどんな状況で言ったとて、言われた方が行うのは、待たず、走り続けること。

 それでも人混みを掻き分けた足は、引きずる動きよりも早い。

 苦肉の策とばかりに人影から路地裏へ頭からつっ込んだ。

「おっと」

「!?」

 激突した硬さを確認する間も与えられず、向かうはずであった方角へ、無造作に引っ張られて投げ出される身体。

「――――――ぁうっ!」

 全身を強打する痛みが走り、どさりと地に崩れ伏す泉。

 仰向けの状態に甘んじていたなら、結われていた髪が掴まれ、壁に叩きつけられた。

 痛みと衝撃で声も上げられず、相手へ見せつけるように逸らされた首が痛い。

 そこを、ひやりとした外気が撫でた。

「へへへへへ……人間の分際で、俺らから逃げようとするとこが気にいらねぇ」

 言いつつ、首に這う異質な柔らかさ。

 ざらりとしていて、粘つく感触はしつこく、その内に当たる鋭さから、舐められているのだと知った。

「おいおい、眉なんか顰めるもんじゃねぇぜ? せっかく石遊びは終わりにしてやろうと思ったのによ?」

「ぁっつ」

 舌が離れ、髪からも手が離れた途端、痛む右肩が壁に押し込まれた。

 ぐりっと捻る音が服の下から鳴り、声にならない悲鳴が泉の喉をつく。

「へ、へへへへへ……痛いか、痛いよな? 何度も打たれてたもんな、そこ。ヘタに逃げるからさ。だから、痛むんだ」

 気を失う寸前で解放され、抵抗する気力を殺がれては、腹に伸びる手を認めた。

「!」

 慌てて払っても無遠慮な手は懲りず、コレを左手一本で拒み続ける泉。

「ひっ……さ、さっきと言ってること、違うっ!?」

 詰まる声を絞り出して顔を上げれば、近くに人狼とは違う下卑た顔。

 似た表情は他に二つあり、どれもが語っていた人狼とは違った。

 視線を巡らせれば、路地裏の入り口に、愉しそうな件の人狼の姿がある。

 泉を追っていたのは人狼のはずなのに、彼女の手を押し退けて弄ろうとする顔は、人狼とは程遠い。

 混乱したなら、近い影の向こうで人狼が頭を掻いた。

「言ったろ? 石遊びはお仕舞いだって。肝心の石が切れちまったんだから、仕方ねぇんだ。でもよぉ、お前を痛めつけないと、お姉様方は俺と遊んでくれないだろう? だから、別の手を使うことにしたんだ」

「い、いや――――っ!」

 遊ぶような執拗な手を払い続ければ、頬を鋭く張られてしまう。

 衝撃に息を詰め、庇うように頬を押さえたなら、この隙を狙って身体が押さえ込まれた。

軋む、骨の音が身の内から響く。

「っん……ぁ……!」

 仰け反り漏れた声に口笛が重なり、乱暴に四肢が地へ打ち据えられる。

 左右には手足を拘束する二つの顔が月影の輪郭として現れ、次いで泉を覆わんとする影が視界の下からやってくる。

 するり、痛む頬を口内へ押し込むように撫でられれば、滲む血と恐怖から喉が引きつり声も発せない。

 そんな泉をからかうような声が、視界から消えた人狼によりもたらされる。

「俺はさ、あくまでお前よりお姉様方が狙いなワケよ。でも、そいつらは俺ほど我慢強くなくてさ……ほら、お前の格好、いかにも襲ってくださいって感じの薄着じゃん? しかも苦悶の声が善過ぎるし。ならいっそ、お前で全部済ませようってのが、そいつらの狙い。も一つ付け加えるとさ」

「っくぁ!」

 人狼の言葉を合図にするが如く、石に打たれた箇所が強く押され、身体が大きく跳ねれば、四肢が地面を抉るように擦られて押しつけられた。

「そいつら、相手を極限まで痛めつけんの好きなんだ。これならお前、善がったり壊れたりしないで、痛みだけ刻みつけられるだろう? そうして俺は晴れてお姉様方と遊べるってワケさ。ま、せいぜいイイ声で啼き続けるんだな? 飽きたらどうせ喰われるんだから」

 歌うような人狼の声音に併せ、首が締め上げられる。

 遠くなる意識の直前で解放され、咳き込めば、顎を押さえつけられ、牙が首筋を這う。

 薄く裂かれる鈍い痛みは、無遠慮に腰をなぞる生々しい人間のような手と相まって、泉から悲鳴すら奪い――


「あ、見つけた」


 そんな声と共に、圧迫が一つ、泉の上から掻き消える。

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