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 コエリョ師は関白殿下との約束通り、翌日の月曜日の午後に再び筥崎の神社の、関白殿下の陣営を訪問した。

 我われがその神社の敷地に入ると、待ち構えていたように多くの武将が寄って来て我われの周りに群がった。

 彼らは信徒クリスティアーニではなく、むしろキリストの教えを知りたいと考えてきたものたちであった。

 フロイス師が彼らを日陰に誘導して座らせ、ごく簡単に公教要理カテキズモのさわりを話して聞かせた。その根幹は使徒信条クレドの内容を骨子とすれば、初めてキリストの教えに接するものにはいちばん分かりやすいことが分かった。

 そこでだいぶ時間をとった。コエリョ師は彼らに向かって、

「皆さんは我われの話を聞くのにわざわざ我われの船に乗らなければなりませんでした。我われの船もこの港に停泊しているとも限りません。姪の浜というところと行ったり来たりしています」

 とそう話し、フロイス師がそれを逐次日本語で伝えた。

「そこで私は今日これから関白殿下にお会いしますが、我われが博多の町に教会を建てるための土地はすでに頂いています。その場所に簡単な小屋を作って、皆さんにお話しができるようにしたいと思います」

 この話には、どんどん膨れ上がって集まっていた武将や平太tの喝さいを浴びた。

 私は少し安心だった。コエリョ師がこういうことを言いだすということは、彼がもう少しこの博多に居座るつもりらしいことを物語っていたからだ。

 やがて、我われが関白殿下の陣営に行き、会見を求めた時はもう日が傾き始めていた。


 まずは昨日、関白殿下が所望していたぶどう酒とエウローパの食品を進呈した。我われが自ら修道士に運ばせて持ってきたのだから本当はその必要はないのだが、関白殿下の言いつけ通り厳重に梱包して、修道会の割り印まで押して持ってきた。

「これはこれは」

 関白殿下は大喜びだった。

「昨日はたくさんの珍しい食品をこちらこそ賜り、かたじけのう存じます」

 フロイス師が代表して、まず例を言った。

「九州の国分けも完成し、博多の町の区割りもでき、これで万々歳だ。これでようやく落ち着いた」

「まことにおめでとうございます」

 関白殿下への戦勝の祝いは前にすでに述べていたが、フロイス師は再度あらためてその言葉を送った。

「また昨日は、あの珍しい船を見せてもらった。いやあ、あのような船があるとはうらやましい」

「恐れ入ります」

 そう言ってから、フロイス師はコエリョ師への通訳に入った。

「あの船ならばそう日数はかからぬかもしれないが、長崎はやはり遠い。ずっとバテレン様方もこちらにおられてたいへんであろう。そろそろ長崎に帰られても構わぬ」

「は、ありがとうございます」

 私は困った。先ほどもう少しコエリョ師たちはこちらにいるつもりなのではないかと安心したが、今の関白殿下の言葉でさっさと長崎に帰ったら私は何もできないまま大坂に帰らねばならない。

 ただ、逆にできるだけ早く帰って、オルガンティーノ師に逼迫した事態を相談した方があるいはいいのか、私には判断がつかなかった。

「わしはまだひと月くらいはこの博多にいるつもりだがのう」

 関白殿下は、ここまでは満面の笑顔だった。

「時に」

 少し関白殿下の顔が笑顔から真顔が入った。

「あれはいくさぶねのようであったが、わしが今後考えている朝鮮や明国を攻略する際に、あのような船があったら助かるのう」

「前に大坂でもお約束しましたように、その節は我われも支援致します」

 始まった。

 私は身を固くした。オルガンティーノ師がいちばん問題視したコエリョ師の発言だ。もしここでも話が大きくなるようだったら、それを止めるのが私の役目と私は身構えた。

「おお、バテレン殿は武力もだいぶお持ちのようですな」

 関白殿下は大笑いした。だがそれは、どうも恐ろしい笑いのような気が私にはしていた。

「八代でお会いするため迎えに行かせた我が手の者の話によると、長崎はほとんど城のごとく武装しているとか」

「わが身を守るためでございます」

 コエリョ師はそう言って、フロイス師が伝えた。

「守る必要があるのか?」

「はい。大村の殿と敵対していた深堀という海賊がたびたび長崎をせめて、攻撃を仕掛けてきたりします」

「何?」

 関白殿下は目を吊り上げた。そして自分の秘書の振りかえって見た。

「その深堀とやらのことをよく調べよ、場合によっては攻撃してよい」

 関白殿下は、もう一度我われの方を見た。

「そういえば、あの船は航海には適さないと申しておったな」

「はい」

「そなたたちがお国から乗ってきた船はもっと大きな帆船だということだが、その南蛮船を境までという話があったけれど、どうじゃ、この博多にもぜひ南蛮船が来航して、ここの商人あきんどどもと直接交易を致さぬか」

 コエリョ師とフロイス師は顔を見合わせた。そしてうなずき合ってからフロイス師が言った。

「我われとしても、それは大変うれしいことです。ただ、我われのナウ船という船はかなりの水深がある港でないと入れないのです。どうも見たところこの博多の港はそれほど水深はないような感じましたが」

「そうなのか」

「ただ、私どもはあくまでキリストの教えのをべ広めるためこの国に来たものであって、交易となりますとまた別のものが司っております。航海に関しましてもそれ専門の者がおります」

「この間八代に来ていた南蛮人か」

「はい。あの人々の上に総司令官とでもいうべき者が今平戸におりますが、我われのナウ船がこの博多の港に入れるかは、そのものでないと分かりません。また交易もすべてそのものが司っております」

「そうか」

 関白殿下は少し何か考えていた。

「ではその者を博多に呼んでくれ。そしてその南蛮船で来るようにと。わしはまだそなたたちの南蛮船を見たことがない。あの昨日乗った船よりも何倍も大きいというのだから、ぜひこの目でみたいものだ」

「分かりました、まずはその総司令官に手紙を送って聞いてみます。そしてこの博多への航海や入港が可能だとその者が判断しましたならば、彼はきっとそのナウ船に乗ってこの博多を訪れるでしょう」

「おお、楽しみにしておるぞ」

 それから奥の部屋に我われは通されて、夕食の接待を受けた。そしてもう暗くなってはいたが、関白殿下は以前と同様に小さな部屋で、黄金の道具を使って我われに茶を振る舞ってくれた。

 最後に、例の教会建設予定地にとりあえず布教のできる小屋の建設をお願いして、我われは関白殿下の陣営を辞した。


 フスタ船に戻ると、コエリョ師はカピタン・モールあてに今日の関白殿下の要請を手紙にしたためた。そして翌朝にはそれを持たせて、修道士を二名を平戸へと馬で出発させた。

 関白殿下からの長崎への帰還の許可は下りたものの、カピタン・モールからの返事か、あるいは自身が来るまでコエリョ師は長崎には帰れなくなった。私にとっては、『天主ディオ』から時間が与えられたようなものだった。

 平戸のカピタン・モールの乗るナウ船がこの博多の港の姿を現すのを待ってはいたが、状況的に難しいと思うのは航海については素人である我われ司祭も容易に察していた。

 ナウ船入港には、この博多の港の水深は足りない。

 カピタン・モールが博多入港を無理だと判断してコエリョ師の手紙を黙殺するようなことがあったら、関白殿下にどう申し開きをすればいいのかコエリョ師も見当がつかないようで、コエリョ師もフロイス師も毎日いらいらして船上で生活していた。

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