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 やがて季節は待降節アドベントへと入って行った。主のご降誕というこの上ない喜びを祝わなくてはならないのだが、十一月の事件が尾を引いて心から喜べないのは、大坂教会の司祭団は皆同じだった。だが、思いは切り替えなくてはならない。

 折しも、大坂の町には大きな動きがあった。

 かつて関白殿下が長く戦争をしていた相手であり、ルカスの事件の時に使者を遣わして援助を申し出た三河の領主の徳川殿が自身で大坂まで来るという。これまで関白殿下は自分の妹を徳川殿の妻にし、また実の母を人質として三河まで送っていたが、徳川殿は一向に関白殿下に臣従しようとはしなかった。それがついに徳川殿が大坂に来て、関白殿下を会見するということらしい。

「三河の殿には会いたいものだ」

 オルガンティーノ師が何気なくつぶやき、それが一気に実現することになった。ジュストの口利きで、関白殿下の許しも得られた。

 オルガンティーノ師は私だけをつれて、十二月七日の日曜日、待降節アドベント第二主日のミサがあった日の午後に、大坂城内で徳川殿が滞在している関白殿下の弟の美濃守殿の屋敷に出向いた。

 徳川殿はすぐに会ってくれた。小柄で小太りの徳川殿は愛想よく我われと話をしてくれたが、私はこの殿が将来我われの教会とどのような関係になるのだろうかと、首をかしげながらその殿とオルガンティーノ師のやりとりを聞いていた。

 徳川殿と関白殿下との会見はもうこの日の午前中に終わったらしい。

 これで長く戦争状態にあった関白殿下と徳川殿は、講和が成立したと見ていいのではないかと私は思っていた。

「バテレン様方はだいぶあちこちで布教をされているようですが、我が領内に来られたという話はあまり聞きませんな」

 徳川殿はそんなことを言って笑っていた。これまで関白殿下とは敵対していた殿の領地での布教はなかなか難しい状況だったからだが、もちろんオルガンティーノ師はそんなことは口にしない。

「これからはぜひ、我が領内にも大いにいらしてください」

 徳川殿からそう言ってもらえたので、オルガンティーノ師はうれしそうに頭を下げた。

「ぜひ、そうさせていただきます。かたじけのうございます」

 関白殿下と徳川殿の講和がなったということは、今後はそれも可能なはずである。

 徳川殿はもう明日には三河へ帰るというので、我われはそんな長い時間でなく切り上げた。


 そんなことがあった後、都では年老いたミカドが十二月半ばに、その地位を孫である皇太子に譲った。帝の皇子であった皇太子はこの年の九月に三十四歳で亡くなっており、それでさらにその子、つまり帝から見れば孫が皇太子になっていたのだ。

 その皇太子が即位して、帝となった。まだ十五歳の若い帝の誕生だった。

 だが、日本の多くの民衆は、そのようなことは知らされていないようだった。

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