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そしてさらにその次の日、教会を訪れたジュストは浮かない顔だった。
茶の湯の席でジュストから依頼されたとおりに宗易殿は関白殿下にルカスの一族の助命嘆願を願い出てくれたそうだ。
「なにとぞ、私に免じてあの一族のお命を」
だが、宗易殿がそこまで言ったとき、関白殿下はその言葉を手のひらを向けて遮ったという、
「それ以上は言うな。この話はもうするな」
その関白殿下の言葉で、この案は失敗に終わったということだった。
それを聞いた時の、ディオゴの落ち込み方は激しかった。
今は来客も一段落している。そこでオルガンティーノ師と私は、ディオゴが居住する部屋を訪ねた。
「あれ、バテレン様はご病気はもうようならはったのですか?」
「はい。あなたが大変な時に、私ばかり寝込んでいるわけにもいきません」
「せやけど、いたずらに日数だけが過ぎていきますな」
ディオゴはため息交じりに、オルガンティーノ師に言った。
「堺から知らせはいろいろと来ておりますがな。このたびははっきりと関白殿下からの下命によって宗札の家族六人の処刑が決まったとかあるいは処刑は延期になったとか、いろいろな知らせが飛び交ってます。ま、弟たちの嫁や小島屋さんは釈放されたようですが、財産は没収ですわ。我が家にも三万両もの金を納めろといってきたと、家内よりも知らせが届きました。もう破産しかありまへんわな」
「希望を持ち続けることは大切です。あなたの苦しみは『
「はい。希望は捨ててはおりません。小西様も動いてくれはっているようです」
「あなたは今、大きな試練の時ですね。聖パウロの手紙にはこう書いてあります。“『
ディオゴの目に、一筋の涙がこぼれた。オルガンティーノ師も泣いていた。
「わかりました。家内に
そうしてディオゴは、筆を走らせた。だいたい次のような内容の手紙だった。
「何日も
この手紙をことづけた教会の同宿が戻ってきたときに、同宿は言った。
「手紙はお渡ししまして、奥様はお読みになって涙を流さはって感動してはりました。そやけど、なんだか大騒ぎにもなっておりまして、なんでも三河の殿様のお使者がまいらはったとかです」
「三河の殿様……、徳川殿か」
ディオゴはその後すぐに、司祭館の我われ聖職者が常にともにいる部屋を訪ねてきた。
彼はその同宿からの返事のことを我われに告げ、すぐに堺に戻ると言った。
ちょうどその場に居合わせたジュストも、徳川という名を聞いてディオゴに同行して堺に行くと言い出した。
ディオゴと息子のヴィセンテはすぐに支度をして、オルガンティーノ師や私、セスペデス師にこれまでの尽力に感謝し、別れを告げた。
オルガンティーノ師は言った。
「こんな話があります。イエズス様がある村をお通りになったとき、マルタという娘はありとあらゆる手を尽くして忙しくイエズス様をもてなす支度をしました。でもその妹のマリアは手伝いもしないで、イエズス様の話を聞くのに夢中でした。それでマルタはイエズス様に、マリアが自分の手伝いをしないことに対する愚痴を言ったのです。イエズス様はおっしゃいました。“あなたはいろいろとしてくれてはいるが、するべきことは多くない。いや、一つだ。マリアは今、その一つのことをしている”と。大事なのは己を無にしてイエズス様のみ声に耳を傾けることです。自分のすべてを、イエズス様に明け渡すことです。あなた方はまだ、マルタのように非常に熱心に忙しく動いていますね」
ディオゴもヴィセンテも、うなだれてそれを聞いていた。
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